4-4:ルヴィの作戦
「おい、あんた―――!」
「なんだ、お前は?」
ギルド『タンザナイト』の本部の入口前で、暇そうにしている守衛らしき男。
公国軍の様なビシっとした装いとは対照的に、軽装鎧を着崩している。
それにぶっきらぼうに声をかけるフェズ。
「あたしはロズって言うんだ。こっちは相棒のペペローネさ」
背後に立つパプリカを指で差す。
勝手に偽名を使われたパプリカは渋い顔。
若い女が近づいて来たとあって、男は舐め回す様に上から下まで目を通す。
その視線の動きに、ルヴィはげんなりした。
「ふむ……で、お嬢さん方、このグリニッジ様に何の用だい?」
「あんた、ヴェニッタ様とアデルさんを知ってる?」
その名を聞いてグリニッジの目つきが変わる。若い女と見下した目から、商売人の目つきに――。
「ロズって言ったな? お前、ヴェニッタさんところの者か?」
「あまり顔を知られてないみたいね。何度かここには来た事あるんだけど……?」
これは本当の事らしい。
フェズの肩に手を置いて、グリニッジが笑う。
「そいつはすまなかったな。……で何の用だ?」
「コイツを見れば分かるだろ?」
言って、フェズはルヴィを前に突き出した。
その両腕はロープで硬く結ばれ、猿ぐつわを噛まされている。
ふっと笑って、フェズはルヴィの赤い髪を掻き分け、その長い耳を強引に引っ張った。
「ヴェニッタ様に頼まれてた届けものさ」
「なるほど、ヴェニッタさんの仕事って訳か!」
「目立ちたくないんだ。中に入れてくれないか?」
フェズの言葉に、一瞬考え込んだグリニッジ。
だが、目の前にいる本物の人狼族の説得力が効いた様だ。
「いいぜ。着いてきな」
手を振って『タンザナイト』本部へと案内する。
グリニッジが通したのは予想通り正面入口ではなく、裏口の様な目立たない位置にある扉。見た感じ、来客用ではなく、従業員用の勝手口である。
「ヴェニッタさんなら、入った先の通路を右に曲がった部屋で打ち合わせ中だ」
聞いてもいないのに、ご丁寧に教えてくれる。
「ああ、案内ありがとう!」
手の甲に、フェズのキスを受けて、まんざらでもない表情で、グリニッジは引き上げて行った。
それを見届け、扉を閉めて、続く奥の従業員用通路を進む。
適当な物置らしき場所を見つけ、三人はそこに滑り込んだ。
「オッケー! 思った以上にうまく行ったわね」
それまで黙っていたパプリカが眼鏡を直しながら笑顔を浮かべる。
ルヴィはフェズに拘束を解いてもらった。けっこう本格的に縛っていたので手首が赤くなってしまっている。噛んでいた猿ぐつわも外してもらい、口に溜まった唾をぺっぺっと吐き捨てる。
「こんな事、二度とさせないでくれよ?」
「へへ……、でもうまく行ったでしょ?」
耳を引っ張った時に乱れた髪を整えてくれるフェズに、笑顔で答える。
「しっ!」
ふたりの会話を、パプリカが指を立てて止める。
三つ又になった廊下の向こうから響く、複数の足音と、声。
少なくとも、ヴェニッタの声は聞き取れた。
「……今回作成する”VERDIGRIS”は、今までのものを遥かに上回る計算ですわ」
「それは期待できますな。公国軍に売ってしまう予定なのが惜しい」
薄暗い廊下に影が伸び、やがてヴェニッタが数人の男女を引き連れて、通路を横切って行く。
ヴェニッタとバリス以外は、見慣れないローブ姿。パプリカの言う通り、複数の商会の人間が絡んでいる様子である。
「後を着けるわよ」
先頭を切ってパプリカが足音もなく廊下の曲がり角へ進んで行く。
慣れた動作で身を屈めながら、壁の角越しに廊下の向こうを覗き見る。
「流石スパイさん。動きがプロだね」
「……アンタも中々言う様になったじゃない?」
クスクス笑うルヴィに呻くパプリカ。
「階段を地下へ降りて行ったわ」
パプリカが通路の先を見据えたまま、手を振って前進を促す。
彼女に着いて進んで行くと、そこには確かに上下階に通じる階段があった。階下から、いくつもの階段を踏み鳴らす音が木霊している。
やがて――――
ガシャン! 、と大きな音が響いた。鉄の扉が開閉する様な音だ。
三人は顔を見合わせて、階段を駆け下りた!
果たしてそこには、分厚い石材で造られた強固な通路と、いかにも頑丈な鉄扉。そして、壁に備えられた、碧い魔導石――確か”魔導錠”。
「これって……”ハイパーゲート”?」
ルヴィはフェズを見上げる。それに彼女が頷く。
「ああ、ウチの商会が造った”ハイパーゲート”だ」
パプリカが顎に手を当てて頷いた。
「なるほど。魔導石製造工廠があるにしては狭いと思ったけど……更に別の場所に移動していた訳ね!」
さっそく、フェズは”魔導錠”に手をかざし、魔力を注いで”マギコード”を組み上げる。
しかし、彼女の編んだ構文は、途中で意味を失い空中に無散してしまう。
「暗号化されてる。あたしの権限じゃ開かない!」
フェズが歯ぎしりする。
「じゃ、わたしの出番ね!」
フェズと場所を変わり、瞳を閉じてパプリカが”マギコード”を構成して行く。
「ちょっと時間かかるけど……何とか解除出来そうよ!」
時間にして三十分程か――何度もトライアンドエラーを繰り返した後――
ガチャリと重い音が響き――扉が軋んで開く!
ローブのスカートをたくし上げて――パプリカがその扉を蹴り飛ばした!
盛大な音を立てて、その向こうの光景がルヴィたちの眼に飛び込んで来る。
「!?」
扉の向こうにまだ残っていた者たちが、一斉にこちらを向く。
そこそこの広さがある無機質な石造りの部屋は、もはや見慣れた”ハイパーゲート”。
転送中である事を示す青白い光の柱が”転送陣”に立ち昇っている。
その手前にヴェニッタとバリス、そして――
「君たちは……!?」
驚きの表情でこちらを見つめる、黒い鬣と金色の瞳が特徴的な人狼族の男。
アデル!
そして、そのアデルが肩に抱えている、探し求めていた妹の名をルヴィは叫んだ!
「ガーネットっ!」
ようやく探し当てた妹は、目を閉じたままぴくりとも動かない。
「これは驚いた。どうしてここが分かったんだい?」
半身で振り向いていた姿勢を立て直し、アデルがルヴィを見つめる。
その背後でヴェニッタが頭を振り被る。
「やれやれ……フェズ。スパイのペペローネをここに引き連れて来るなんて。とんだ裏切り者ね!」
「……あたしの命を狙ったのは、ヴェニッタ様の方だろう?」
そんなフェズとヴェニッタのやり取りを無視し、ルヴィは前に出た!
「ガーネットに何をした!? ガーネットを返せ!」
吠えて飛び掛かろうとしたルヴィを、フェズが後ろから抑える。
背中のガーネットを背負い直し、アデルはケラケラと笑った。
「魔法で眠らせているだけだよ。……それに、”返せ”はこちらのセリフだなぁ!
キミは元々、ボクのものだよ? キミの方こそ……帰って来てもらわないとね」
ぬらりと光るアデルの眼に見つめられ、思わず身を引くルヴィ。
そのアデルを後ろに下がらせ、バリスが前に出る。
「ヴェニッタ様、アデル! ここは俺に任せて、製造工廠へ移動して下さい!」
ローブを翻し、魔導石をはめた腕輪を見せ、身構えるバリス。
「バリス!」
フェズが非難の声を上げても、彼はまったく気にしていない。
「いや……」
そのバリスにガーネットを押し付け、アデルがゆらりと前に出る。
「この”VERDIGRIS”だけは、必ず完成させなければならない。
念には念を入れて―――ボクが相手をするよ!」




