4-1:ルヴィの意志
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「……で、結局ルヴィを連れて逃げ帰って来たと言う訳か」
レッドベリル魔導石製造商会。その会長マゼンダの執務室。大きなイスに深くもたれかかり、頬杖を付いて大きくため息を着くマゼンダ。
デスクを挟んで、ルヴィとフェズは彼女に対面していた。
アテナの授けてくれた"ハイパーゲート"の転送先は、近くの町のフリーゲートに通じていた。
騒動が巻き起こり事態を察したアテナの進言で、キャラバンが帰投中にふたりを拾ってくれ――どうにか無事にレッドベリル領まで戻って来る事が出来た。
執務室にはマゼンダの他、離れた壁際にパプリカ、そしてアテナの姿もある。
「まさか……こんな事になるとは思っていなかった」
「……まあ、そうだろうな」
肩を落とすフェズに同意して、マゼンダはその背後のルヴィに視線を移す。
「ルヴィ、お前は人狼族の”掟”がある事を知っていて、フェズにこの様な危険を負わせたのか……?」
問われてルヴィは小さく首を横に振る。
「……知らなかった……」
これは本当だ。
人狼族にそんな掟があるなど知らなかった。だからこそ、本気でルヴィの身を案じてくれるフェズの心意気に、彼女も応えようとしたのだ。
そもそも、ルヴィには彼らの言う『人間の臭い』が気になった事などなかった。
フェズやパプリカが纏う香水の甘い香りを心地よく感じる事こそあれ――マゼンダのそれは若干キツイ香りだが――吐き気を催す事などない。
多分……一族から追放された事には、子どもの自分には分からない理由があるのだろう……。
いずれにせよ、ルヴィはこれで帰る場所を失った――。
その少女の頭を、アテナが近寄って来てぽんぽんと撫でる。
「でもルヴィちゃん無事で良かったわ!」
「何が良かったわ! ……よ!」
アテナの言葉にむっとした表情で突っ込んだのはパプリカ。
腕組みしたまま、こちらを睨みつける。
「お陰で公国軍とはひと悶着起こるし! 大双壁の”ハイパーゲート”は壊しちゃうし! 無関係を装うの大変だったんだから!」
「あのヴァイオレッド隊長に一泡吹かせたのは痛快ではあるがな!」
声を上げて笑うマゼンダ。
「さて……」
ひとしきり笑うと、やおら姿勢を立て直し、手にしたパイプを呑んで、ふっと煙をひと息吐く。
「フェズ、わたしはお前の要求を呑んだぞ。結果がどうであろうと、今度はお前がわたしに協力する番だ」
その言葉に、フェズがちから強く頷く。
「分かってる。あたしもヴェニッタ様たちがアデルで手を組んで何をしようとしているのか知りたい」
満足そうに頷くマゼンダ。
「良い答えね」
壁際にいたパプリカが肩を竦めてフェズの下へ寄って来る。
「ならば早速教えて欲しいわ。"VERDIGRIS"がどこで製造されているのかを……」
「少し待て、パプリカ」
制したのはマゼンダ。
前に出て来たパプリカに少し下がる様に、指で合図する。
「その前に確認しておく事があるだろう」
その切れ長の眼が、フェズの背後に向けられる。
全員の視線が――ルヴィに集まった。
「さ! ルヴィちゃん」
肩に手を置いていたアテナに促され、前へ出た。
フェズと並んで、マゼンダの前に立たされる。彼女の眼を見る事は出来ず、紅い絨毯を見つめて俯く。
その様子を一段高い壇上のデスクから黙って見下ろしていたマゼンダだが、再びパイプを吹かして頬杖を付いた。
「ルヴィ、お前はどうする?」
既に語った筈の事を蒸し返して来るマゼンダ。
「……ルヴィは妹を助けに行く。もう、ルヴィにはガーネットしかいない」
視線を逸らしたまま、当然に同じ答えを返す。
「それは分かっている。前にも聞いた」
パイプを手にした腕を伸ばして、その切っ先でルヴィを指す。
「わたしが聞いているのは、どうやって助けに行くのか?、と言う事だ」
マゼンダが何を問うているかは、分かっていた。
隣に立つフェズの手に、自分の指を絡ませる。フェズは――しっかりと握り返してくれた。
その手応えに確信を得て、ルヴィはしっかりと顔を上げる。
「……ルヴィひとりじゃ、助けられない」
ルヴィから引き出した言葉に、マゼンダは唇の端を上げた。「それで…?」と続きを催促する。
「手伝って欲しい……!」
マゼンダの顔をしっかりと見据え、ルヴィがはっきりと伝える。
「ガーネットを連れて行ったアデルが"VERDIGRIS"に関わっているなら、フェズたちの行こうとしているところに絶対ガーネットはいる……!
……だから一緒に連れて行って欲しい!」
隣でフェズが黙って頷いた。
その横では、アテナが期待の眼差しをマゼンダに送っている。
パプリカは――天井を見上げて渋い顔。「また面倒事が増えたわ」と言いたげな表情。
「良いだろう!」
この場にいる全員に、自分の意思を伝える様に大きな声色で応えるマゼンダ。
「お前がフェズ、パプリカとともに行動し、妹を助けに行きたいと言うのであれば、目的を果たすまでのあいだ、我が方でその身を預かろう」
「やった!」
何故か飛び上がってルヴィに抱き着くアテナ。
「それで相違ないな、フェズ?」
こちらに向けられたマゼンダの視線に、フェズは即答した。
「ああ、問題ない。ありがとう」
「パプリカ?」
会長から問われ、大きくため息をつく仕草をして眼鏡を直すパプリカ。
「会長がそう仰せられるなら、わたしも従います」
ちらりとルヴィを見下ろす。
「それに、目的地が一緒なら、別々に行動しても鉢合わせる可能性があるし……想定外に騒ぎを起こされたらわたしの任務にも差し支えますから」
言うだけ言うと、パプリカはマゼンダに深々と一礼して身を翻し、会長室を後にした。
「あらら、先輩行っちゃった!」
だからと言ってあまり気にしてない、と言う軽快な口調でアテナが言う。
「相変わらず堅物だな、アイツは……」
凝った肩をほぐす仕草を見せ、マゼンダが呆れた表情を見せる。
どかっと音を立てて椅子の背もたれに深く寄りかかり――
「それじゃマゼンダ会長。早速だけど――」
マゼンダの前に歩み出たフェズを、マゼンダが手で制する。
「その話は明日にしよう。お前たちも疲れた筈だ」
眠たそうにマゼンダが頬杖を付く。
「分かった。それじゃ、明日また宜しく頼む」
一礼し、ルヴィの手を引いて執務室を後にしようとするフェズ。
その彼女の手を払って、ルヴィはマゼンダの目の前に立った。
「?」
不思議そうな顔でルヴィを見下ろして来るマゼンダ。彼女の顔をしっかりと見据えた。
いま、この場で言っておかなければならない――
「マゼンダさん……ありがとうございます!」
――言葉を口に出して、深々と頭を下げた。
ルヴィのその頭を、マゼンダの手が優しく撫でる。
「フェズが待っているぞ」
「うん!」
差し伸べられたフェズの手を取って、ルヴィは執務室を後にした。




