3-5:大双壁の闘い
銀色の髪をキレイに巻き上げた長身の若い女。
公国軍の軽装鎧で身を固め、腰には片手剣。右腕に巻き付けた魔装甲手には、緑青に輝く魔導石が埋め込まれている。
「……ヴァイオレッド隊長!」
腰に手を当て、フェズたちを見据える女隊長の名を呼ぶ。
「屋上は立入禁止区域です。どうやってここに入ったのですか?」
高らかに靴音を響かせ、階段を登って来る。
「スミマセン。あたしはアイオライド商会の技術者で……魔導石のメンテナンスに来ました」
"記録結晶"の身分証を示しながら、こちらからも歩み寄る。
フェズよりも頭ひとつ分背の高い彼女を見上げ、笑って見せる。
フェズの手から"記録結晶"を取り上げヴァイオレッドはまじまじと見つめた。
これは正規の身分証だ。どこにも不自然は無い。
「……はて、どこかで会った気がしますが?」
フェズの顔をまじまじと見つめて、ヴァイオレッドが疑問符を上げる。
「覚えがありませんね。ご記憶違いでしょう」
内心冷や冷やしながら、フェズは誤魔化した。
ヴァイオレッドとは、アイオライド商会の会長執務室で顔を合わせている。
――がヴァイオレッドからすればフェズは、その他大勢のひとりだ。
覚えていないのだろう。
むしろ、思い出してくれない方が好都合である。
「まあ、良いでしょう。しかし、屋上にメンテナンスする様なものなど、無い筈ですが?」
返却された"記録結晶"をポーチに仕舞いながら、フェズは肩を竦めた。
「久しぶりに来たもので、迷ってしまいまして……――」
そこまで言いかけて、フェズは咄嗟に飛び退きルヴィを抱き抱える!
少女が立っていたその場所を、ヴァイオレッドの片手剣が貫いて行った!
一歩遅ければルヴィは串刺しである。
「何をするんだ!?」
ヴァイオレッドの鋭い眼差しがフェズを睨む。
「彼らの顔を見慣れているわたくしの眼は誤魔化せません。その娘は人狼族ですね?」
屋上にいるふたりに向かいゆっくりと階段を登って来る。
ルヴィを背後に隠したフェズに、ヴァイオレッドが眉根を寄せた。
「一応、聞いておきますが……これはヴェニッタ会長の指示ですか?」
「何だって?」
思わず聞き返すフェズ。
「その"人狼族"を連れているのは、ヴェニッタ会長の指示なのかと聞いているのです」
背後のルヴィと、眼前のヴァイオレッドの顔を交互に見つめた。
今の、ヴェニッタと"人狼族"の関りを知っているかの様な口振り。
フェズは唾を飲んだ。
この一件に、軍も絡んでいると言う事か!?
フェズは――
「さあ、何の事だか分からないな? あたしはこの迷子を人狼領に還してやろうと思っただけさ」
――とぼける。
アイオライド商会と公国軍の関係性は気になるが、今はルヴィの安全が最優先だ。無関係を装わなければ、この場にヴェニッタを呼び出される!
どの途この女隊長から逃れる事は難しそうだ。強引に突破口を切り拓くしかない!
ダガーのグリップに手をかける。
「させません!」
その動きを見咎め――ヴァイオレッドが一気に距離を詰めて来る!
鋭く射抜かれた片手剣を、ダガーの刀身で捌く!
次第に吹雪き始めた曇り空の下で、激しい金属音が響き渡った!
「ルヴィ! 表階段から人狼領に向かって大双壁を降りるんだ!」
「イヤだ! ルヴィも闘う!」
フェズの脇の下から突き出されたルヴィの両手のあいだに、複数の"光弾"が生み出された!
「"連光弾"ッ!」
甲高いルヴィの叫びとともに、"光弾"がヴァイオレッド目掛けて連射される!
「ちッ!」
舌打ちして大きく飛び退くヴァイオレッド!
魔導石を必要としない人狼族の魔法は、発動が早く、そして威力が高い!
追撃する"光弾"をヴァイオレッドが青白く輝く"魔法障壁"で跳ね返す!
あの光は―――!?
「お返しですッ!」
咆哮とともに、ヴァイオレッドの右腕から放たれる"光弾"!
単発だが、強烈な碧い閃光を纏うその灼熱球に――フェズは凍り付いた。
「こんなもの……っ!」
ヴァイオレッドの"光弾"を迎え撃つべく、ルヴィも"光弾"を放ち、打ち消しにかかる!
ふたつの魔力が接触――
「ダメだッ!」
――する前に、ルヴィを軌道上から突き飛ばす!
ヴァイオレッドの"光弾"は、自力で遥か上を行くルヴィのそれを容易く打ち破り、ルヴィが立っていた床に着弾して爆炎を広げた!!
屋上の床に衝撃で亀裂が走り、フェズとルヴィが崩落に巻き込まれる!
「きゃああッ!?」
フェズの悲鳴を掻き消し、瓦礫は轟音とともに、階下の床に崩れ落ち、粉塵を巻き上げた!
もろとも床に叩き付けられたフェズの身体が、バウンドして転がる。
「痛てて……っ!」
打撲で痛む身体を抱いて、瓦礫の中から上体を起こす。あわや崩れた落石の下敷きになるところだ。
「ルヴィは……っ!?」
慌てて暗闇の中で少女の姿を追う!
「大丈夫だよ!」
瓦礫の上に立って悠々と身構えているルヴィ。あの崩落に巻き込まれても難なく着地した様だ。
流石の身体能力である。
「今の威力は何なの!?」
天井が抜けて吹き曝しになった階段。軍靴を踏み鳴らし、ゆっくりと降りて来るヴァイオレッドを睨みつけるルヴィ。
その女隊長の右腕で緑青の独特な輝きを放つ魔導石――。
「あの魔導石――"VERDIGRIS"だ!」
ヴォルフケイジ大双壁で試験導入されているのは知っていたが、よりによってヴァイオレッド隊長が所有していたとは……!
「大人しくお縄を頂戴しなさい。どの途、わたくしは貴女方が勝てる程、弱くはありません」
冷たい目線でフェズたちを見下ろし、光を放つ"VERDIGRIS"を突き付けて来る。
その威力は――今、ルヴィの放った"光弾"をいとも簡単に撃ち抜いた事から伺える。
さらに―――。
通路の方から、騒ぎを聞きつけた大勢の兵士がなだれ込んで来た!
あっと言う間に退路を塞がれる。
「ルヴィ、動かないで!」
離れていたルヴィの下に駆け寄って、その身体を抱き締める!
だが、彼女たちの背後は壁の角隅。逃げ場はない。
袋小路に追い詰められた彼女たちの周囲を、兵士たちがぐるりと取り囲む。
涙ぐむルヴィを背中から抱いたフェズは――そっと彼女に耳打ちした。
ルヴィが頷いたのを確認して、彼女を背後に回す。
逆手に携えたダガーを構え、取り囲む兵士たちを睨みつけた。
彼らの内、何人かは魔導石を装備している。
斉射されれば、フェズとルヴィだけでは到底防ぎきれない。
――夜空舞う蛍火よ。我が途照らす光と成せ!――
「あくまでも抵抗する気ですか?」
フェズが組み上げ始めた"マギコード"を聞いて、ヴァイオレッドがため息を付く。
構わず魔力をダガーの魔導石に投射する!
「発現せよ! 照らしだせ! "照明球"!」
フェズの放った光り輝く光球は――誤ったコードによって生まれた瞬間自壊した!
凝縮されていた光が、無秩序に膨張し一帯を包み込む!
「何ッ!?」
心構えの出来ていなかった全員が――その閃光に、思わず腕で顔を覆う!
「いまだッ!」
フェズの声に応えて、ルヴィが全力を込めた"光弾"を撃ち放つ!
背後の壁に向かって!
轟音と爆炎が広がり、辺り一面を煙が覆う!
「跳べッ!」
壁に開いた大穴から、ルヴィ――続いてフェズも飛び出した! 舞い上がる煙に飛び込み、続いて身体を覆う浮遊感!
煙を抜けると――急に視界に入った地面に身体が打ち付けられる!
「きゃあッ!」
「フェズ! 大丈夫!?」
地面に倒れたフェズの下に、先に着地したルヴィが駆け寄って来る。
「大丈夫だよ。雪がクッションになったわ」
頭を振って起き上がるフェズの背後をルヴィが見上げて――
「フェズ、後ろッ!」
――ルヴィが叫ぶ!
振り向くと――壁に開いた穴から噴き出す煙幕。その中からヴァイオレッドが飛び出し来る!
重力に引かれるちからを利用した剣撃が、フェズ目掛けて放たれた!
「くそッ!」
咄嗟にダガーの刀身で受ける!
響いたのは、金属音ではなく硬い石が砕ける音!
「よくぞわたくしの剣を受け止めました」
目の前に着地したヴァイオレッドが、銀髪を掻き上げフェズを称賛した。
「お褒めに預かり光栄だね」
「ですが、その魔導石は寿命が近い様ですね?」
運悪く――フェズのダガーは、ヴァイオレッドの攻撃を魔導石で受け止めてしまっていた。
砕け散りこそしなかったが、碧い魔導石に大きな亀裂が走っている。
あと一度、使えるか使えないかと言う状態だ。
もはや勝利を確信したか、ヴァイオレッドは余裕で片手剣の切っ先をフェズの顔に向けて来る。
まだ武器としては生きているフェズのダガーなど、彼女から見ればオモチャだろう。
「愚かな事を。大人しく捕まれば、その首を斬り落とさずに済んだものを……!」
剣を両手で構え、フェズの首筋に定めた。
「止めろッ! フェズに手を出すな!」
ルヴィの怒声が響き渡る。構えた左手に"光弾"を生み出しヴァイオレッドを牽制するが……。
「そんなもので、わたくしを止められるとでも?」
冷たく一瞥して、ヴァイオレッドはフェズに視線を戻し、剣にちからを込める。
その細い首筋に、鋭い刃がめり込み、鮮血が滴る。
――その時!
「お下がりください、ヴァイオレッド隊長!」
「そこから下がれ! 人間ども!」
ほぼ同時に、ふたつの声が彼女を制した!
「!?」
はっとした表情で、顔を上げるヴァイオレッド!
慌てて周囲を見回す。
大双壁のあいだの緩衝地帯――その中央には"国境線"となる線が引かれている。
フェズ、ルヴィ、そしてヴァイオレッドの三人は、完全に人狼領側に入っていた。
人間界側では城壁の上から兵士が心配の眼差しを送り、人狼領側の城壁からは、"光弾"やボーガンを構えた人狼戦士たちが、三人を狙っている!
「しまった……ッ!」
即座に剣を納め、両腕を天高く上げて人間界側の国境までゆっくりと戻るヴァイオレッド。
人狼領側に人間が一歩でも踏み入れば、如何なる権力も通用しない。
もちろん、それはフェズも同じだ。
首筋の傷口から溢れる血を手で抑えながら、咳き込んで上体を起こす。
「そこの女! 貴様も即座に戻るのだッ!」
こちらのケガの具合も知らずに、怒声を浴びせて来る人狼戦士の男。
フェズは、座ったまま上体を反らし、人狼側の城壁に叫びかけた。
「待ってくれ! あたしはお前たちの仲間を返しに来たんだ!」
「仲間だと……!?」
思わぬ返答だったか、人狼族たちも戸惑いの色を見せる。
ゆっくりと立ち上がり、ルヴィの肩に手を置いて、城壁の上から睨みつける人狼族たちを一望する。
「この娘はあんたたちの仲間でしょ? あたしはこの娘を引き渡しに来たんだ」
「確かにその娘は我が眷族だわ」
城壁の一番高いところからこちらを見下ろす黒い髪の人狼戦士が呟く。
ヘルメットを被っていて分かりずらいが、声や外見から察すると女か?
「本当にお前の要件はそれだけなのね?」
「そうだ! それ以外の目的はないと誓うわ!」
フェズの回答に、人狼族の女は頷く。
「分かったわ。その娘を置いて下がりなさい」
その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
ルヴィの肩から手をそっと離し、両手を上げて人間側の領域へゆっくりと後退する。
「貴様の目的は、本当にあの娘を人狼領に還す事だったのか?」
横並びになったヴァイオレッドがフェズに問う。
「ああ、そうだよ」
「そんな事の為に、わざわざこんな危険な作戦を……?」
無言で頷くフェズの顔を、信じられないと言った表情で見つめて来る。
さらに何かを言おうとしたが、人狼戦士の女の高らかな声がそれを搔き消した。
「……どう言う風の吹き回しかは分からぬが――」
"光弾"を生み出した腕を構えて言葉を放つ。
「――その娘の処分、確かにうけたまわった!」
「え……?」
声を発したのは、当のルヴィだった……。
そして、発した声はそれだけだった。
風を切り裂く音を奏で、人狼戦士の腕から放たれた光の矢が――
ルヴィの胸を撃ち抜いた――!




