3-4:ふたりの侵入者
「スイマセン、魔導石の点検に参りましたぁ!」
わざと威勢の良い声で――フェズは怪訝な顔をしている門番に手を振った。
パプリカたちレッドベリル魔導石製造商会のキャラバンが、正面の”大城門”前で正規の入城手続きをしている隙に――フェズとルヴィは、その端っこにある小さな通用口前に回り込んだ。
扉の前で警備していたふたりの屈強な兵士が、一瞬顔を見合わせた後、手にした槍を交差させ、行く手を阻む。
「ちょっと待て! あんたらアイオライド商会の魔導師か?」
「今日、点検があるなんて聞いてないぞ?」
口々に、疑問をぶつけて来る。
早速の不穏な空気に怯えたか、ルヴィがフェズのローブを掴んで来る。
「いや、そんな筈はないですよ。ほら、これを見て――!」
口早に言いながら、フェズはウェストポーチを漁って取り出した"記録結晶"を門兵の眼前に掲げる。
空間に投影したのは、ヴォルフケイジ大双壁からの『修理依頼書』。
「四階の扉の"魔道錠"と"ハイパーゲート"!」
フェズが差し出した"記録結晶"を、門兵たちが覗き込む。
彼らに示した『修理依頼書』は――もちろん嘘っぱちだ。
これは以前、正規に依頼された時に受け取った『修理依頼書』を加工した偽物である。
しっかり調べればすぐに偽造だと分かるのだが――
「ね? 間違いないでしょ?」
なるべく可愛らしく微笑んで首を傾げるフェズ。
若い娘の笑顔に、再び顔を見合わせる門兵ふたり。
「なるほど。とりあえず修理が必要ならさっさと片づけてくれよ、お嬢ちゃん!」
何が「なるほど」なのか知らないが、門兵は笑顔で"記録結晶"を返してくれた。
「一応、身分証を見せてもらおうか?」
「良いよ」
"記録結晶"の見取り図を消し、今一度”マギコード”を唱えて身分証を表示する。
フェズの顔、名前、所属等が記された映像が表示される。もちろん、印字されたアイオライド商会の商号も正規のものだ。
事実上追放された身である今、立派な経歴詐称である。
「そっちのチビは?」
指差されて、フェズの後ろに隠れるルヴィ。
「助手よ。新人なんでまだ身分証がないんだけど……あたしが保証するよ」
「そうか……まあ、いいだろう」
フェズの後ろに隠れた動作が逆に初々しく見えたのか、門兵たちも強くは指摘しない。その正体が人狼族だと知ったら、子どもであろうがまったく対応が違うのだろうが……。
わざわざ通用口の扉まで開けてくれた門兵たちに、笑顔で手を振って――
――無事に大双壁内に侵入を果たした。
「ここまで入れれば、もう勝ったも同然よ」
ルヴィの手を引いて、堅牢な石造りの廊下を進んで行く。
大双壁の内部は典型的な出城だが、"壁"と言うだけあって奥行きはそこまでではない。
ランプの光で薄暗く照らされた石造りの通路を、少し進むと曲がり角に突き当たる。その先には覗き窓が等間隔で開いた通路が更に伸びている。
窓の大きさは人間の頭程で、石の壁に丸く彫り抜かれており、覗き込むと人狼領側の城壁を望むことが出来た。射撃用の狭間を兼ねた覗き窓だ。
「見えるかルヴィ?」
屈強な男が使う前提の覗き窓は、ルヴィの身長にはやや高い。
少女の身体を抱き上げ、外を覗かせる。
人狼領側の大双壁で渋い顔をした人狼戦士たちと――城壁の間に設けられた"国境線"が見えた筈だ。
「緩衝地帯の真ん中に、横線が一本、ずーっと引いてあるだろ?」
「うん」
「あれが、"国境線"だ。あれを一歩でも越えれば、人間界側からは手出ししてはならない事になっている」
「あれを越えればいいんだね?」
頷いてルヴィを床に降ろす。
乱れたローブを直す彼女を見下ろし、フェズは親指で上の方を指し示した。
「城壁の向こう側に出るには屋上まで登らなきゃならない」
「上がって行けるの?」
「まあ、着いて来て!」
手で合図して、フェズは通路を先に進む。
通路脇の階段を登ると、行き止まりに鉄扉。すぐ横の壁には、扉を封じている"魔導錠"の碧い魔導石が埋め込まれている。
解放する権限があるのは、大双壁の兵士とアイオライド商会の魔導師だけだ。
手をかざし、魔導石に魔力を流して開錠する。
当然、アイオライド商会の技術者用の”マギコード”による不正侵入である。
重い音を立てて鉄扉が開く。
扉の先には薄暗く広々とした空間。壁伝いに階段が上へと続いている。
「ここを登って行けば屋上に出る」
ルヴィの手を引いて、階段を登って行く。
向かう先に、僅かな木漏れ日が輝く。屋上への扉から漏れる外の明かりだ。
これも開錠し――いよいよ表に出る。
扉を押し開くと、ふたりの顔を粉雪が吹き付けた。
「きゃっ!?」
ルヴィが小さい悲鳴を上げる。
「屋上は風が凄いから飛ばされるな!」
フェズの言葉に、ルヴィがしがみついて来る。
「何これ!?」
声を上げたのはルヴィだった。
屋上に出たふたりの目の前に現れたのは――巨大な鉄の針!
"魔導破城槌"だ。
城壁の頂に備えられた、天を衝く巨大な"針"。
「魔法で攻撃する攻城塔だ」
粉雪の中に冷たく聳える黒鉄の針を見上げる。
「これで……人狼族を攻撃するつもりなの……!?」
声を震わせたのはルヴィ。怯えた表情で巨大な鉄針を見つめる。
「…………」
フェズは黙った。
確かにこれは人狼族を攻撃する為に、彼女が所属していたアイオライド商会が造り上げたものだ。
建造されている時は、この兵器に対して大した思い入れもなかった。
だが、今フェズはその攻撃目標である人狼族の娘の手を握っている――。
「行こうルヴィ! 表階段を降りれば"国境線"はすぐそこだ!」
「……うん」
呆然とするルヴィの腕を引いて、屋上へ進もうとしたその時――!
「そこで何をしているのですか!?」
鋭く甲高い牽制の声が、階段の下から鳴り響いた。
「!?」
振り向いて見下ろせば――靴音高らかに階段を登って来る、銀髪の女剣士がひとり――!




