3-2:会長秘書のアテナ
***
「マゼンダ様の秘書をしているアテナと言います!
よろしくお願いします!」
元気よく自己紹介し、少女は大きく頭を下げた。
レッドベリル魔導石製造商会に到着した翌日の朝。
食堂に案内されたフェズとルヴィに挨拶したのは、アテナと言う少女だった。
昨日、当主マゼンダの背後でニコニコと控えていた少女である。
「今年、レッドベリルに入った新人で、マゼンダ様の付き人をしているわ」
と、彼女を紹介するのはパプリカ。
黒い髪を短く整えた活発そうな可愛らしい娘。
今年新人で入会って来た――と言う事は、十九歳だろう。
緋色のワンピースの上から革製のジャケットを身に着け、更にその上をレッドベリル商会の紋章が織り込まれたローブを羽織っている。
左の手首には、細かい細工が施された本体に一粒の紅い宝石があしらわれた腕輪をはめている。これが彼女の魔導石だろう。
「何かご要望があれば、わたしにお伝えください」
笑顔を絶やさずお辞儀をし、パプリカの隣に座って同じテーブルを囲む。
対面して座るフェズとルヴィ。
テーブルの上にはパンとサラダ、それにスープ。
「さあ、いただきましょう」
胸の前で印を結び、両手を合わせてパンを手に取るパプリカ。上長に従いアテナ、フェズも食事に手を伸ばす。
「ルヴィちゃんも遠慮しないでどうぞ?」
アテナに促され、やっとルヴィがパンに噛り付いた。
食事を摂りながら、フェズは食堂の様子を眺める。
一番窓際の席から望む食堂は――アイオライド商会のそれ程ではないがゆったりと広く、彼女たち以外にも多くの魔導師たちが、各々食事をしている。
その多くが女だ。
アイオライド商会でもそうであった様に、魔導師は完全な女社会である。
ルヴィの様にその身ひとつで魔法を扱える種族も、人間の様に魔導石を介して魔法を扱う種族も、「魔力を操れる者」が女に偏っている点において共通する。
魔導師全体の七割か八割が、女で占められているともされていた。時として魔導師が「魔女」と呼ばれる所以だ。
何故そうなのかは分かっていない。
女の方が魔力のコントロールに長けているからとか、魔導石と精神の共鳴に優れているからなど、様々に言われているが、推測の域を出ていないのだ。
その彼女たちを支えるレッドベリル商会。
本館を訪れたのはこれが初めてだが、やはり立派な建屋である。
複雑な彫刻の施された柱とアーチ状の梁が天井を支えるヴォールト形式を基本とした構造をしており、どの素材も高級なものを使用している事が伺える。
紅いカーテンが設えられたアーチ窓からは、本館裏手に広がる森と――その更に向こうに広がる紺碧の海が一望出来た。その海に悠々と浮かぶ大きな船。
レッドベリル商会の紋章が白抜きで描かれた紅の帆が特徴の大きな貨物船。
内陸に位置するアイオライド商会と異なり、自前の貿易船を所有しているのが、この商会の大きな特徴だ。
「それで――キャラバンは何時出発するんだ?」
「三日後です。わたしも参加しますよ」
フェズの問いに、にこやかに答えるアテナ。
今後の作戦についてである。
まず、最優先はルヴィを故郷の人狼領に戻す事だ。
お互いの接触が禁じられている以上、必要も無く人間界に留めておく事は、ルヴィにとっても人間にとっても利益がない。謂れのない理由で危害を加えられる恐れもある。
最も、ルヴィ本人は妹を残して還る事に不満がある様だが……。
ルヴィを還すルートはずばり、人間界と人狼領の出入り口であるヴォルフケイジ大双壁だ。
公国軍の支配下にあり監視も厳しい。
しかしグーズグレイ山脈周辺の険しい山岳地帯を行くよりは遥かに安全だ。そして何よりも、あそこはアイオライド商会の得意先である。
フェズ自身も営業や魔導石の修理、検査で度々訪れた事があり、内部構造も良く知っていた。
アテナがナプキンで手を拭き、テーブルの上に"記録結晶"を置く。"マギコード"を組んだ手のひらをかざして起動させると、ヴォルフケイジ大双壁周辺の地図が空間に投影された。
「まず、大双壁の近くの町に"ハイパーゲート"で移動して集合し、キャラバンを組みます」
指で地図上をタップし、町の位置に光点を打つと、細い指をしならせて大双壁までのルートを描く。
「二日かけて途中の町や村を経由しながら大双壁へ向かいます」
キャラバンの目的は、所謂飛び込み営業だ。
大双壁は元より、その周辺はアイオライド商会の勢力が強い地域。そこに攻勢をかけようと言う訳である。その中で、目玉となるのがヴォルフケイジ大双壁だ。
「ライバル商会の切り崩し営業に同行する事になるとはね……」
肩を竦めるフェズに、アテナはクスクスと笑う。
「大双壁に着いたら、わたしたちレッドベリル商会の魔導師がいつも通り営業活動を行います。わたしたちに注目が集まっているあいだに、フェズさんとルヴィちゃんは大双壁に潜り込んで下さい」
「そっから先は、貴女に任せるわよ?」
コーヒーを嗜みながら、視線を落としてパプリカが合いの手を入れる。
「本当にそいつを連れて、大双壁に潜り込めるの?」
「そいつは任せてくれ。あたしは何度も仕事で大双壁に行ってる。内部の事は良く知っているよ」
「それなら安心ね」
カップをテーブルに戻し、パプリカが口元を拭く。
「約束は忘れないでよ? そいつを人狼領に還したら、"VERDIGRIS"について知っている事を荒いざらい話してもらうからね?」
「分かっているよ。どの途、あたしもヴェニッタ様が人狼族と組んで何をしているのか知りたい。それに、誘拐されているルヴィの妹――ガーネットも助けなくちゃならない」
フェズの言葉に、隣のルヴィが期待と不安を混ぜた微妙な眼差しを送って来る。
「首尾よく貴女の考える通りに事が進んだとして……そいつの妹は、どうやって人狼領に還すつもり?
下手をすると、その頃には"停戦延長協定"が切れて、戦闘が再開されている可能性もあるわよ?」
「そこはほら、また何とか言ってマゼンダさんにお願いするさ」
「調子がいいわね……」
軽く笑って見せるフェズに、パプリカは嘆息した。
「よし、それじゃあそこら辺も合わせて、今後の事をもう一度、マゼンダさんと話をさせてもらおうかな?」
テーブルを立つフェズの姿をルヴィが視線で追う。
「ルヴィはどうしていれば良い?」
「悪いけど、部屋で大人しく待っててくれるか?」
部屋と言うのは、アテナが用意してくれた宿舎だ。空いている部屋を間借りさせて貰える事になった。
「分かった……」
何となく不安そうな表情のルヴィにアテナが助け舟を出す。
「わたしがルヴィちゃんの面倒を見ましょうか?」
「……アテナ」
しゃしゃり出て来た後輩を、ジト目で睨むパプリカ。しかし、アテナはそんな事もお構いなくケラケラと笑う。
「いいじゃないですか。わたしはおふたりのお世話をする様に、マゼンダ様から申し付けられてます」
「お願い出来るか?」
「はい!」
フェズの言葉に元気よく頷くアテナ。
中々元気な新人であるが、マゼンダの側近として付いている娘である。おそらく生まれや才能に恵まれた少女なのだろう。身なりや容姿も良く、良家の娘であることを想像させる。
フェズたちに付き添っているのも、マゼンダの命令ではあるのだろうが、そうした利害なしにルヴィの面倒を見てくれそうだ。
彼女なら、ルヴィを任せても良さそうである。
「ルヴィはどうだ?」
「……うん!」
小さく頷くルヴィに、うんうんと大きく頷いて席を立つアテナ。ルヴィに近寄って手を差し伸べる。
「よし! じゃあお姉さんと一緒に少し館内を見て回ろうか!」
ぎこちなくアテナの手を取り、立ち上がるルヴィ。
「じゃあ、頼むよ」
「了解です!」
フェズにぴしっと敬礼し、ルヴィと一緒に歩いて行くアテナの後ろ姿を見送る。
「まったく調子がいいんだから……」
「いや……助かるよ」
フェズはフェズで、ぶつぶつ文句を呟くパプリカの後を追って――マゼンダの下へと向かう事にした。




