3-1:大双壁の破城槌
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「では、”VERDIGRIS”の精製に問題はないのですね、ヴェニッタ殿?」
ウェーブのかかった銀髪を揺らし、ヴァイオレッドはヴェニッタを見据えた。
結局のところ、アイオライド魔導石製造商会における人狼族の捜索は――不発に終わった。
いや、終わらせたと言うべきか?
「”実験体”が一匹ではぶっつけ本番になるが……理論上は問題ないわ」
公国軍をアイオライド商会から撤退させ、ヴォルフケイジ大双壁に戻って来たヴァイオレッドは、逆にヴェニッタを出迎えた。
ヴェニッタを背後に控え、ヴァイオレッドが大双壁の内部を案内する。
外見同様、強固な石造りの廊下に、ふたりの足音が木霊した。
「それを聞いて安心しました。しかし、取引の現場を目撃されるとは、貴女も迂闊でしたね」
「まさか部下が覗いていようとはな」
「少々気を付けて行動していただきたいですね。わたくしが問題を揉み消すのにも、限度があります」
「”実験体”を逃す羽目になったのは、其方がアデルを砲撃した事が発端の筈だが?」
「見つかる方が悪いのです。公国軍としては建前上密入国を見過ごす訳には行きませんわ」
ヴァイオレッドの言葉に、ヴェニッタが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
彼女の話では、どうやら人間界に侵入したアデルと言う人狼族が持ち込んだ”実験体”と言うものが”VERDIGRIS”の精製に必要なものらしい。
その”実験体”と言うものが、どう重要なのかはさっぱりだが――その運び屋であるアデルを、ヴァイオレッドが撃ち落としてしまった訳だ。
だが、取引を目撃されてしまった事は、完全にヴェニッタの落ち度である。
「やはりあのペペローネと言う女はどこかの商会が”VERDIGRIS”の秘密を探る為に送り込んだスパイの可能性が高いな」
苦虫を嚙み潰したように顔を歪めるヴェニッタ。
「流石にこれ以上、軍がアイオライド商会に肩入れする訳には行きません。スパイが真相に近づかない内に、この超兵器を完成させていただきたい」
通路を進んだ先の階段を登り、鉄扉に手をかけてヴァイオレッドが押し開く。
その先は大双壁の最上階。外は激しく吹雪いており、扉の隙間から勢いよく雪が吹き込んで来る。
降りしきる雪の下、ふたりの眼前に現れたのは――一言で言えば巨大な鉄の針。
石造りの城壁の合間に造られた複雑な構造の鉄塊。そこから聳える巨大な鉄針が、空を貫いている。
一見すると、それはまるで巨大な避雷針。
だが、この鉄塊の目的はまったく逆。この砲針から、雷を放つのだ。
”魔導破城槌”と呼ばれる攻城兵器のひとつだ。
魔導石によって起動し、込められた魔法を、針の先端から撃ち出し攻撃する。
『超兵器』とは言うものの、これ自体は特別珍しい兵器ではない。ヴォルフケイジ大双壁に限らず、攻城兵器として、極一般的に使用される。
この”魔道破城槌”も、人狼領側の城壁を攻撃する為に備えられたものだ。
「だが、”VERDIGRIS”の性能と合わされば――攻城兵器を超えた超兵器と成る!」
”魔導破城槌”を見上げ、ヴェニッタは不敵な笑みを浮かべた。
彼女の言葉が本当であれば、”VERDIGRIS”を用いた”魔導破城槌”の雷は、城壁を遥か越え、グーズグレイ山脈の奥深く、人狼族の住処にまで届くと言う。
「本当にそんな威力が出せるのですか? わたくしに支給されている”VERDIGRIS”も確かに強力ですが、都市攻撃が出来る程ではありません」
自身の”魔装甲手”にはめられた緑青に輝く”VERDIGRIS”を見つめてヴァイオレッドは訝しげに呟いた。
「それはあくまでも試作品……」
自信に満ちた声で、ヴェニッタは”魔導破城槌”の”砲針”を撫でた。
「完全版が完成した暁には、公国軍は一撃の下に人狼族を焼き尽くす事を約束しよう」
「それは楽しみです。人狼族どもの慌てふためく顔が見物と言うもの」
生まれつきその身ひとつで魔法を操る人狼族は、人間を見下している。
実際、魔導石を以てしても人狼族の魔力には及ばないだろう。
だが――”VERDIGRIS”が完成すれば、その差を一撃で覆す事が出来るのだ。
「”停戦延長協定”の破棄が確定した今、再戦の刻は近い。ヴェニッタ殿には、それまでに何としても完全版の完成を成し遂げていただきたい」
「言われるまでもない」
吹雪が吹き付ける人狼領――”国境線”の向こうに霞んで見える彼らの城壁をヴァイオレッドとヴェニッタが見据える。
「さて、それではそろそろお暇させてもらおう。わたしはこれから”VERDIGRIS”精製の為に、色々とした準備をせねばならぬのでな」
先行して扉を潜り、城壁の内部へと戻るヴェニッタ。ヴァイオレッドの案内の必要も無く、スタスタと歩いて行く。
このヴォルフケイジ大双壁に、魔導石を卸しているのはアイオライド商会。その会長たるヴェニッタにとって、ここは庭の様なものだ。
通路を曲がり階段を降りて、とある一室の前で歩みを止める。
部屋の入口には大きな分厚い鉄扉。その周囲だけ他の壁とは違った強固な石材が使われている。
ヴェニッタが”マギコード”を唱え、壁に設えられた魔導石に手をかざす。
”魔道錠”が解除され、鉄扉が重い音を立てて開かれて行く。
何もない部屋の壁には巨大なアイオライド商会の紋章が描かれ、その中央には大きな碧い魔導石が埋め込まれている。そして、床には同じく大きな”転送陣”。
アイオライド商会製の”ハイパーゲート”だ。
「それでは、ヴェニッタ殿。良い知らせをお待ちしております」
扉の入口で敬礼するヴァイオレッドに、ヴェニッタは不敵な笑みを浮かべた。
「任せておけ。次のここを訪れる時には――最強の魔導石を携えている事だろう」
”転送陣”の中央に立つヴェニッタ。
彼女の発動した”マギコード”を受けて、”転送陣”がその姿を青白い光の柱で包み込む。
眩いに光の残像を残し――ヴェニッタは、アイオライド商会へと還って行った。




