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3-1:大双壁の破城槌

 ***


「では、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の精製に問題はないのですね、ヴェニッタ殿?」

 ウェーブのかかった銀髪を揺らし、ヴァイオレッドはヴェニッタを見据(みす)えた。


 結局のところ、アイオライド魔導石製造商会(ベンダーズ)における人狼族(ヴエアヴオルフ)の捜索は――不発に終わった。

 いや、終わらせた(・・・・・)と言うべきか?


「”実験体”が一匹ではぶっつけ本番になるが……理論上は問題ないわ」

 公国軍(グランドアーミー)をアイオライド商会から撤退させ、ヴォルフケイジ大双壁に戻って来たヴァイオレッドは、逆にヴェニッタを出迎えた。


 ヴェニッタを背後に控え、ヴァイオレッドが大双壁の内部を案内する。

 外見同様、強固な石造りの廊下に、ふたりの足音が木霊(こだま)した。

「それを聞いて安心しました。しかし、取引の現場を目撃されるとは、貴女(あなた)迂闊(うかつ)でしたね」

「まさか部下が(のぞ)いていようとはな」

「少々気を付けて行動していただきたいですね。わたくしが問題を揉み消すのにも、限度があります」

「”実験体”を逃す羽目(はめ)になったのは、其方(そなた)がアデルを砲撃した事が発端(ほつたん)(ハズ)だが?」

「見つかる方が悪いのです。公国軍(グランドアーミー)としては建前上(・・・)密入国を見過ごす(ワケ)には行きませんわ」


 ヴァイオレッドの言葉に、ヴェニッタが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 彼女の話では、どうやら人間界に侵入したアデルと言う人狼族(ヴエアヴオルフ)が持ち込んだ”実験体”と言うものが”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の精製に必要なものらしい。

 その”実験体”と言うものが、どう重要なのかはさっぱりだが――その運び屋(デリバラー)であるアデルを、ヴァイオレッドが撃ち落としてしまった(ワケ)だ。


 だが、取引を目撃されてしまった事は、完全にヴェニッタの落ち度である。

「やはりあのペペローネと言う女はどこかの商会が”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の秘密を探る為に送り込んだスパイの可能性が高いな」

 苦虫を嚙み潰したように顔を歪めるヴェニッタ。

流石(さすが)にこれ以上、軍がアイオライド商会に肩入れする訳には行きません。スパイが真相に近づかない内に、この超兵器(・・・・・)を完成させていただきたい」


 通路を進んだ先の階段を登り、鉄扉(てつぴ)に手をかけてヴァイオレッドが押し開く。

 その先は大双壁の最上階。外は激しく吹雪(ふぶ)いており、扉の隙間(すきま)から勢いよく雪が吹き込んで来る。

 降りしきる雪の下、ふたりの眼前に現れたのは――一言で言えば巨大な鉄の針。

 石造りの城壁の合間に造られた複雑な構造の鉄塊。そこから(そび)える巨大な鉄針が、空を貫いている。

 一見すると、それはまるで巨大な避雷針。

 だが、この鉄塊の目的はまったく逆。この砲針(・・)から、(いかづち)を放つのだ。


 ”魔導破城槌(トール・ハンマー)”と呼ばれる攻城兵器のひとつだ。

 魔導石によって起動し、込められた魔法を、針の先端から撃ち出し攻撃する。

 『超兵器』とは言うものの、これ自体は特別珍しい兵器ではない。ヴォルフケイジ大双壁に限らず、攻城兵器として、極一般的に使用される。

 この”魔道破城槌(トール・ハンマー)”も、人狼領側の城壁を攻撃する為に備えられたものだ。


「だが、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”の性能と合わされば――攻城兵器を超えた超兵器と成る!」

 ”魔導破城槌(トール・ハンマー)”を見上げ、ヴェニッタは不敵な笑みを浮かべた。

 彼女の言葉が本当であれば、”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を用いた”魔導破城槌(トール・ハンマー)”の(いかづち)は、城壁を(はる)か越え、グーズグレイ山脈の奥深く、人狼族(ヴエアヴオルフ)住処(すみか)にまで届くと言う。


「本当にそんな威力が出せるのですか? わたくしに支給されている”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”も確かに強力ですが、都市攻撃が出来る程ではありません」

 自身の”魔装甲手(ガントレツト)”にはめられた緑青(ろくしよう)に輝く”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”を見つめてヴァイオレッドは(いぶか)しげに(つぶや)いた。


「それはあくまでも試作品(プロトタイプ)……」

 自信に満ちた声で、ヴェニッタは”魔導破城槌(トール・ハンマー)”の”砲針”を()でた。

「完全版が完成した(あかつき)には、公国軍(グランドアーミー)は一撃の(もと)人狼族(ヴエアヴオルフ)を焼き尽くす事を約束しよう」

「それは楽しみです。人狼族(ヴエアヴオルフ)どもの慌てふためく顔が見物(みもの)と言うもの」


 生まれつきその身ひとつで魔法を操る人狼族(ヴエアヴオルフ)は、人間を見下(みくだ)している。

 実際、魔導石を(もつ)てしても人狼族(ヴエアヴオルフ)の魔力には及ばないだろう。

 だが――”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”が完成すれば、その差を一撃で(くつがえ)す事が出来るのだ。


「”停戦延長協定(シース・フアイア)”の破棄が確定した今、再戦の(とき)は近い。ヴェニッタ殿には、それまでに何としても完全版の完成を成し遂げていただきたい」

「言われるまでもない」

 吹雪が吹き付ける人狼領――”国境線(ボーダーライン)”の向こうに(かす)んで見える彼らの城壁をヴァイオレッドとヴェニッタが見据える。


「さて、それではそろそろお(いとま)させてもらおう。わたしはこれから”VERDIGRIS(ヴエルデグリス)”精製の為に、色々とした準備をせねばならぬのでな」

 先行して扉を(くぐ)り、城壁の内部へと戻るヴェニッタ。ヴァイオレッドの案内の必要も無く、スタスタと歩いて行く。

 このヴォルフケイジ大双壁に、魔導石を(おろ)しているのはアイオライド商会。その会長たるヴェニッタにとって、ここは庭の様なものだ。


 通路を曲がり階段を降りて、とある一室の前で歩みを止める。

 部屋の入口には大きな分厚い鉄扉。その周囲だけ他の壁とは違った強固な石材が使われている。

 ヴェニッタが”マギコード”を唱え、壁に(しつら)えられた魔導石に手をかざす。

 ”魔道錠(マギロツク)”が解除され、鉄扉が重い音を立てて開かれて行く。


 何もない部屋の壁には巨大なアイオライド商会の紋章が描かれ、その中央には大きな(あお)い魔導石が埋め込まれている。そして、床には同じく大きな”転送陣(ゲート)”。

 アイオライド商会製の”ハイパーゲート”だ。


「それでは、ヴェニッタ殿。良い知らせをお待ちしております」

 扉の入口で敬礼するヴァイオレッドに、ヴェニッタは不敵な笑みを浮かべた。

「任せておけ。次のここを訪れる時には――最強の魔導石を(たずさ)えている事だろう」


 ”転送陣(ゲート)”の中央に立つヴェニッタ。

 彼女の発動した”マギコード”を受けて、”転送陣(ゲート)”がその姿を青白い光の柱で包み込む。


 (まばゆ)いに光の残像を残し――ヴェニッタは、アイオライド商会へと還って行った。

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