2-6:レッドベリル商会の当主
「……なるほど。”VERDIGRIS”の精製法について何か分かればと思ったが……そこまで大事に至っているとはな!」
帰還したパプリカの説明を受け、レッドベリル魔導石製造商会の当主は、大きく頷いた。
マゼンダ=レッドベリル。
チャロ・アイア島の西側『レッドベリル領』を支配するレッドベリル家の現当主である。
ライバル商会の当主の顔は以前から知っていたが、こうして本人を前にするのは初めてだ。
その様相は、ヴェニッタとはまた違ったタイプのキャリアウーマン。
肩から胸元まで大きくさらけ出したワインレッドの布地に金の刺繍が施された緩やかなドレスを纏い、その上から緋色のヴェールを肩にかけている。そのドレスの色合いに負けぬ程の燃える様な赤い艶やかな髪を腰まで下ろしていた。
それ以外にも赤い宝石をあしらったアクセサリーを額に、胸元に、腕に、指に至るところに散りばめている。
年齢は四十代半ばと聞いているが、素地が良いのかしっかりとした化粧の為か、その年齢よりもはるかに若く見える。
その背後には、従者か秘書であろう。若い娘がひとり、ニコニコした表情で佇んでいる。
”ハイパーゲート”の入口は、レッドベリル魔導石製造商会本館の中にあったらしく、そのまま館の中を案内され、会長の執務室へ通された。
途中の部屋や通路は消灯されていた為、暗くてよく分からなかったが、いずれも金をかけた立派な造りであることは伺えた。
「人狼族のアデルと言う男が、何らかのかたちで関わっていると思われます」
大きなデスクに座ったマゼンダに向かい、パプリカが三角帽を脱いで答える。
「わたしの予想通り、きな臭くなって来たな。ところでパプリカ……」
マゼンダは、ゆっくりと視線をフェズに向けた。
「それにも増して気にかかっているのだが……知らぬ顔ぶれを連れて来たな?」
きりっと整えた細い眉をしかめ、鋭い視線を注いでくる。
「はい。こちらはフェズ、アイオライド商会の魔導師です。わたしとともに、ヴェニッタと人狼族の密会を目撃し、追われる身となっています」
パプリカが半身を逸らしてフェズを前に立たせ紹介する。
その彼女を品定めする様にマゼンダは眺め、顎に片手を当てて頷いた。
「なるほど。……フェズと言ったか?」
「はい」
「念の為に聞いておくが……貴公は”VERDIGRIS”の精製法について知っている事はあるかな?」
フェズは即答を避けた。
パプリカの言う通り、既にアイオライド商会から追われる身となっているのは事実だが、それでも重大な機密である事には変わりない。
それに、交渉のカードをわざわざこちらから提示する理由もないのだ。
「……知っている事もあるし、知らない事もある」
「なるほど、良い答えだ」
くすくすと笑ってイスの背もたれに大きく寄りかかるマゼンダ。
「では、その話は後の楽しみに取っておくとして……次の問題を片付けようか?」
マゼンダが首を逸らして目線を変える。
その先にいるのは――フェズの背後に立っていたルヴィだった。
我関せずと言った様子で会話に参加せず、独り離れた壁に寄りかかっている。
「お前は人狼族の娘だな? どう言う理由で人間の領域にいる?」
マゼンダの問いにルヴィは答えない。
明らかに不機嫌な表情で、そっぽを向いている。
「……この娘はルヴィ。
パプリカの話にあったアデルって人狼族の男に攫われて、アイオライドに連れて来られたんだ。この娘は何とか逃げ出したんだけれど、妹がまだ――」
変わってフェズが答える。
マゼンダがパプリカに視線を送り、フェズの言葉の真偽を確かめる。パプリカは、頷いて肯定のサインを送り返した。
「ルヴィとやら。
貴様は知らぬかも知れんが、人間と人狼族の接触は禁じられている」
ゆっくりと立ち上がり、デスクに手を着いてマゼンダが前のめりに語り続ける。
「お前に長居をされて、要らぬ疑いをかけられても迷惑極まる。早々に人狼領へ帰ってもらおう」
「……ルヴィは帰らないよ」
ようやく口を利いたかと思えば、吐き捨てる様に言い放つルヴィ。
マゼンダと対峙し、睨みつける様な視線を送る。
フェズはため息を着いた。その背後でパプリカも頭をかいている。
「ルヴィは妹を助けなきゃならない! ガーネットを残して、ひとりで逃げる訳には行かないんだ!」
ありたけ叫ぶと、身に着けていたローブを赤い絨毯の上に脱ぎ捨てる!
「心配しなくたって、フェズたちの事は何も喋らないよ。ルヴィが関わっている事を、アデルたちは知らないだろうしね」
ふんっと鼻を鳴らすと、きびすを返して出口の方へと向かってしまう。
その少女の前に、パプリカが立ちはだかった。
「……何よ?」
顔を上げて睨みつけるルヴィ。
ぱん! ――と乾いた音を響かせ、パプリカの平手がルヴィの頬を叩いた!
大きくバランスを崩して横っ飛びに倒れるルヴィ!
「おい――ッ!?」
フェズは慌ててルヴィを抱き起す!
少女の頬は赤く腫れ、唇の端を伝って血が顎から滴った。
「何するんだッ!?」
激しい剣幕で怒鳴るルヴィ。涙が溜まった目で、パプリカを睨む!
掴みかかろうともがくが、フェズがその身体をがっしりと抑えて動かさない。これ以上、自分の立場を悪くさせたくなかった。
「礼儀って言うものを教えてあげたのよ?」
パプリカが、腰に手を当てて睨み返す。
「この……ッ!」
手の甲で血を拭い、何か叫ぼうとするルヴィ。
「まあ、いいから。あたしに任せろよ」
そのルヴィを自身の背後に回して、フェズはパプリカとのあいだに立った。
視線を、そのさらに背後で相変わらず怖い視線を送って来るマゼンダに向ける。
「マゼンダ会長。ルヴィはあたしが責任を持って、ヴォルフケイジ大双壁まで送り届けたいと思う」
「何を言うの!? ルヴィはガーネットを助けに行きたいって言ってるでしょ!」
叫んでフェズの腕を振りほどこうとするルヴィ。
その両肩をがっしりと掴み、腰を落とす。
視線を少女の顔の高さに合わせて、フェズはその瞳を見据える。
「いいかルヴィ? 残念だけどお前だけじゃ妹を助けるのは無理だ。独りじゃアイオライドまで辿り着く事だって出来ないだろ?」
フェズの言葉に、少女の眼が涙ぐむ。掴んだ肩が震えるのが伝わって来た。
「今は、人狼族の仲間のところに戻って、お前の安全を確保するのが先決だ。
あたしが大双壁までお前を送って――何とか人狼領側に連れて行ってやるよ!」
「勝手に話を進めないでもらおう」
黙ってフェズの言葉を聞いていたマゼンダが腰を折って来る。
依然としてデスクに両手を着いたまま、厳しい顔つきでこちらを睨んでいた。
「お前に好き勝手に行動されては困る。万が一お前の身がアイオライドに渡れば、我がレッドベリルの暗躍が奴らに知られる事となるのだ」
一拍置いて言葉を溜める。
「……それにだ、わたしはその娘の不遜な態度が気に入らぬ。
ひとりで出て行きたいと言っているのを、無理に引き留める必要もあるまい?」
腰を上げ、フェズはマゼンダを見据える。ルヴィの手は強く握って離さない。
「ルヴィの無礼な態度は、あたしが謝るよ。
それにまだ子どもだ。ひとりで放り出す訳には行かないよ」
マゼンダが口角を上げる。
貴様も子どもだろう、と言いたげに眉根を寄せた。
「そこでだ。あたしがルヴィを人狼領に返すのを手伝ってもらえないかな?」
「何だと?」
「貴女は”VERDIGRIS”の秘密が知りたいんだろ?
手伝ってくれれば、あたしの知っている情報を教えるよ」
不敵に笑ってマゼンダを見据える。
「……一応、どんなカードを伏せているか聞こうか?」
「例えば、"VERDIGRIS"製造工廠の場所とか?」
フェズの言葉に、マゼンダが視線を逸らす。
向かった先はパプリカだ。彼女は、真剣な眼差しで頭を横に振る。
”ペペローネ”を名乗っていた時、"VERDIGRIS"製造工廠の場所について、知らない素振りを見せていたが、あれは本当だった様だ。
これは、フェズの持つ情報が交渉材料として充分である事を意味している。
ため息をついて――マゼンダがイスに深く座る。
「ルヴィとやら。フェズがともに行動していた事に感謝するんだな」
「…………」
微妙な表情でフェズを見上げるルヴィ。
笑顔を作って首を傾げてやると、不器用な笑みが返って来た。
「お前の条件を呑もう。我が方から、このパプリカを貸そう」
「は?」
名指しされ、間抜けな声を上げるパプリカ。
「何でわたしが?」
「大双壁までの道中、こいつらに我がレッドベリルの”ハイパーゲート”を好きに使わせるのか?
お前はこいつらとそこそこ関係が出来上がっている。案内役として適任だろう」
「……はい……」
がっくりと肩を落とし答えるパプリカ。
その彼女に近寄って、肩を叩く。
「まあそう落ち込むなよ! 世の中やりたい仕事ばかりじゃないって!」
「…………」
半目で睨みつけるパプリカの視線を他所に、フェズは更なる交渉の為、マゼンダのデスクへと歩み寄って行った。




