2-5:レッドベリル商会のパプリカ
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「じゃあふたりともこれを羽織ってちょうだい」
ペペローネ――改め、パプリカが両手で広げたローブ。彼女が着るものと同じ、レッドベリル魔導石製造商会の紅のローブだ。
そこは、首都チャロ・アイアの片隅にある裏通り。フェズたちは、パプリカの案内で五日かけて首都まで辿り着いていた。
運が良かったかパプリカの案内が適切だったか。ここまでのところ、ヴェニッタたちに追跡されている気配は感じられない。だが、首都に入れば大勢の人間の眼に留まる。
アイオライド商会の人間に発見されるリスクは格段に上がるだろう。
既に夜は更け、人々が寝静まる時間帯。レッドベリル商会の”ハイパーゲート”を抜けてしまえば、レッドベリル領はすぐそこだ。
それでも、念には念を入れて、町の片隅で女三人がこそこそと変装の準備をしている訳である。
「これを着るの……?」
ローブを広げ、身体に当てて眉根を寄せるルヴィ。
なるべく小さめのものを選んだのだろうが、十三歳の彼女の身体にはそれでも大きい。
「まさか商売敵のローブを羽織る事になろうとはね……」
ため息を着きながら、アイオライドの藍色のローブを脱ぎ、手渡された紅いローブを羽織る。
素材は似たようなものだが、ひどく着心地が悪い感じがした。ルヴィの方は予想通りだぼだぼで、ローブに着られている感が強い。
その様子を、満足そうに眺めるパプリカ。
「あら、ふたりとも似合うじゃない。これで首都をうろうろしていても怪しまれはしないわ」
彼女の言う通り、今のままでは、この一行は目立ち過ぎた。
人狼族のルヴィの容姿は、人間のそれとは異なる。
腕やうなじを覆う体毛や、長く尖った耳。|深紅の瞳に細長い瞳孔。そして紅と黒の二色が入り混じったメッシュな髪。
とは言え、ローブで身体を覆ってしまえば、気になるのはメッシュの髪の毛くらいだ。これさえ染めていると言ってしまえばそれまでである。眼や耳の特徴は、ぱっと見では分からない。
何より、ルヴィに関しては追手も彼女が同行している事を知らない。周りの人間に、人狼族である事を悟られなければ、問題はないだろう。
どちらかと言えば、気を付けなければならないのはフェズの方である。
彼女はアイオライドの追手に顔を良く知られている。必要以上にこそこそする事はないだろうが、かと言って堂々とアイオライドのローブを着込み、歩き回る訳には行かない。
現状、メンバーの中で一番追手の眼に付きやすいのは彼女だ。
そこで、パプリカが首都チャロ・アイアにあるレッドベリル商会の支店からローブを二着、借りて来てくれたと言う訳だ。
「オッケーね! それじゃあ、”ハイパーゲート”でレッドベリルへ向かうわよ」
パプリカに先導され、レッドベリル商会のテナントへ向かう。彼女の話では、レッドベリルの”ハイパーゲート”はテナントの敷地内にあるらしい。
深夜とは言え、首都の大通り。人の出入りは多い。しかし、道行く三人の魔導師を気に留める者は誰もいない。
やはり三人で同じローブを纏っていると不自然さがないので、安心して歩き回れると言うものだ。
時間が時間の為、レッドベリルの支店は既に店じまいがなされていた。アイオライドと同じく首都の大通りに店舗を構えるレッドベリルの支店は貸しテナントに入っているので、店の外観はよく似ている。
真っ暗な店内を通り抜け、裏庭に。
そこにも、アイオライドと同じ石造りの頑強な構造物が建っていた。入口の鉄扉をパプリカが解放し、中に入る。
壁のレリーフに埋め込まれた赤い魔導石と、床に彫り込まれた大きな”転送陣”が目に入った。
”ハイパーゲート”。
魔導石の魔力を使って、離れた空間を繋ぎ、物体を移動させることが出来る。
アイオライド及びレッドベリルの両商会が開発した空間移動システムだ。
将来の長距離移動手段として注目を集めているが、現状ではまだまだ発展途上のシステムであり有効に活用出来てはいない。
運用には技術的にも金額的にも極めて高いレベルを要求され、それでいて人ひとりを運ぶのにも、そこそこの時間を要する。
距離にもよるが、例えばこの三人をレッドベリルへ移送するのに、ひとりに付き数分を要する。
だがそれでもその利便性は高く、首都と各主要都市を繋ぐ公共機関として運用されている他、公国軍も使用している。
「まず、フェズから先に行って。わたしが最後に移動するわ。断っておくけれど、先に行って変な事しないでよ?」
「……しないよ」
パプリカに促され、"転送陣"の上に立つ。
陣からはみ出さない様に気を付けて、パプリカに合図をする。
パプリカが壁の魔導石に手をあてがい、”ハイパーゲート”を起動する。"転送陣"に赤い光が注ぎ込まれ、複雑な紋様を満たして行く。
光は柱となってフェズの姿を包み込み――その姿を遥かな地へと誘った。
思っていた通り、時間にして数分程だろうか――。
ぼんやりとしていた意識がはっきりして来ると――フェズは、転送先の"転送陣"の上に立っていた。
そこそこの広さがある石造りの壁に囲まれた部屋。
背後の壁には、やはりレリーフで飾られた魔導石が光り輝く。そのレリーフが埋め込まれた壁には、クリスタルを模した紋章が鮮やかな紅色で描かれている。パプリカから借りたローブと同じ紋様。レッドベリル商会の紋章だ。
部屋に窓はなく、無機質な石の壁には同じ紋章が描かれたタペストリが飾られ、片隅には管理者の作業スペースであろうテーブルやら本棚やらが纏められた作業場がある。
そこに数人の女がおり、各々テーブルに向かって何かの作業をしている。
全員とも同じローブを纏っている、レッドベリル商会の魔導師たちだ。
「転送待ちです。"転送陣"から離れて下さい」
その内のひとりがやおら顔を上げ指示して来る。
それに従い、"転送陣"から離れて次の転送が始まるのを待った。
「……見かけない顔ですが?」
魔導師の女がテーブルに向かったまま、フェズを眺めて来る。
その言葉に、他の女たちも反応し一斉にこちらに視線を送って来た。
「……パプリカの知り合いだよ。後から彼女が追って来るわ」
その言葉に納得したか、それ以上は追及してこず彼女たちは作業に戻る。
数分後、ルヴィが転送されて来る。
恐らく、”ハイパーゲート”を使うのは初めてだろう人狼族の少女は、げんなりした表情でフェズの下へと寄って来た。
「……気持ち悪い……」
「何回かやれば慣れるよ」
再び現れた見知らぬ顔に、女魔導師たちの視線が集まる。気にしないで~、と手を振って彼女たちに合図するフェズ。
パプリカが来ないと居心地が悪い事この上ない。
「レッドベリルの会長が話の通じる相手だといいな」
「……ルヴィには関係ないよ」
壁に寄りかかり時間潰しにルヴィに語りかける。少女は如何にも不機嫌そうな表情で、フェズの横に座り込んでいた。
「まあ、そう言うなよ。お互い宿無しだ。ここはしっかりゴマ擦らないとな」
ようやく、パプリカが光の中から姿を現す。
部屋の隅で作業していた女たちが、パプリカの姿を認めて一斉に立ち上がり、頭を下げる。
「あら? 大人しく待っていたのね?」
「流石に他所で好き勝手|出来る程、大胆じゃないよ」
「それならいいわ。さぁ、着いてきて。我が商会の主人に会ってもらうわ!」
パプリカが歩く先を見越して、他の女たちが部屋の鉄扉を重そうに開く。どうやらそこそこの立場には、いるようである。
「ほら! 早く早く!」
後ろ手を振るパプリカに招かれ、フェズはルヴィの手を取って――レッドベリル商会の敷地へと脚を踏み入れた。




