2-4:人狼族のルヴィ
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「わたしは……ルヴィ。人狼族のルヴィ」
少女はそう名乗った。
フェズ、ペペローネと人狼族の少女――ルヴィの三人は、アイオライド商会の裏山を抜け、近くに小川が流れる小屋に身を潜めていた。
ぱっと見は、放置されたボロ小屋だが、内部は並の生活が送れる様に、しっかりと整えられている。慣れた様子で、その小屋の中を歩くペペローネ。
フェズは、ベッドの埃を払って、ルヴィを寝かせた。額に手を当てて熱を測る。
傷が膿んでいるのか、少し熱っぽい。
「落ち着いたところで聞かせてもらおうかな。
アンタは、ヴェニッタ様が言っていた通りの企業スパイなのか?」
ベッドの少女から振り返り、背後に立っているペペローネに問いかける。今朝までの新人然とした淑やかさからは一転、冷めた表情でペペローネは、こちらを見下ろしていた。
「答えてあげてもいいけれど……まずはそいつの治療が先でしょ?」
黒いローブを脱ぎ、暑かったのか手で顔をぱたぱたと仰ぐペペローネ。
「そうだったね。お願い出来る?」
「まあ、任せなさい。
さ! そいつの服を脱がせて」
言われた通りにルヴィの服を脱がせる。
民族衣装の様な変わったデザインの毛皮は、脱がすのに苦労したが、傷痕だらけの肌が露わになる。
ベッドの横に座りペペローネは、ずれた眼鏡を直して、少女の肌を覗き込んだ。
「あらまあ……これは確かにヒドイわね」
ルヴィの体中を走る傷痕は紫に変色してはっきりと残り、ものによっては捻じれて皮膚が引きつっている。脇腹の傷は特に見るに堪えず、未だ出血が収まらない。
……まあ、それを治療したのは、他ならないフェズなのだが……。
錫杖を手に取り、さっそく回復魔法の”マギコード”を組み上げるペペローネ。
彼女の錫杖は、持ち手が木で出来た金属製のもので、先端には三日月を模したレリーフに、大小ふたつの紅い魔導石がはめ込まれている。
――乳飲み子護る其方の御手、傷付き者を抱きて口付けを――
「発現せよ、"治癒光泡!"」
ペペローネの”マギコード”に呼応し、小さい方の魔導石が紅く輝く。
傾けた錫杖の先端から、生まれた光が雫の様に滴り、ペペローネの手のひらに落ちて泡立つ。
「よし、完成!」
頷くと、ペペローネは光の泡をルヴィの脇腹にあてがい、ゆっくりとスライドさせて行く。ぱっくりと開いていた傷が、縫い合わさる様にキレイに消えて行く。
ものの数分で、フェズがあれだけ苦戦した傷は完璧に消えてしまった。
痛みが和らいだお陰か、ルヴィの息遣いも落ち着いたものになる。
「ついでに他の傷も消してあげるわ。これ、フェズが治したの?」
目線をルヴィの肌に落としたまま、ペペローネがフェズに聞いてきた。
フェズはぎこちなく、首を縦に振る。
「もう少し練習しなさい。命が助かればそれに越した事はないけれど、女の子なんだから、こんなに雑な縫合は可哀想よ?」
気楽な声でしゃべりながら、てきぱきと手際よくルヴィの傷痕を消して行く。
「ところで、人狼族のアンタがどうして人間界にいるのかしら?」
フェズはペペローネの素性に興味があったが、そのペペローネは人狼族の少女に興味を惹かれたらしい。
傷を消しながら、横たわった少女に問う。が――。
「…………」
当のルヴィは、顔をペペローネから逸らしてしまった。
「あら、イヤな反応してくれるじゃない? 誰がアンタの傷を治していると思っているのかしら?」
「……別に治して欲しいなんて頼んでない」
ルヴィの反応に、むっとするペペローネ。慌ててフェズがあいだに入る。
「その娘は、あのアデルってヤツに無理やり連れて来られたらしいんだ」
「ルヴィたちは村でいつも通り暮らしてた。そこにアデルが突然やって来て……。
ルヴィは逃げられたけど、ガーネットがまだ捕まったまま……!」
フェズの説明にルヴィがぼそっと付け足す。
ため息を付きながら、それでもルヴィの傷を消し続けるペペローネ。
不満そうな顔をしてはいるが、眼鏡のその奥の眼差しは真剣そのもので、少女の傷をキレイに消してやろうと言う集中力が伝わって来る。
「……はい、終わり!」
手のひらの光をぱっと散らし、ペペローネは両手を叩いて払う。ルヴィの傷だらけだった肌は見事にキレイに治っていた。
「ヴェニッタ様は……どうしてルヴィを手に入れようとしたんだ?」
「さぁ? 結局そこまでは分からなかったわね」
フェズの独り言を質問と受け取ったか、ペペローネが両手を大きく広げ、天井を仰ぐ。
勢いのまま背伸びをして凝った肩をほぐす仕草を見せる。
「ま、ロクでもない事なのは確かね。このご時世に人狼族と密会なんて利敵行為と取られて当然よ」
「……ペペローネは、それを調べていたのか? って事は元老院の密偵とか?」
「ハズレ~! そんな身分の良いものじゃないわよ」
口元に手を当てて、クスクスと笑う。
ベッドの淵に腰かけて、脚をぶらぶらさせながら、楽しそうに考える様な仕草を見せた。
「いいわ、ここまで関わった以上は教えてあげる!
わたしはレッドベリル魔導石製造商会の魔導師よ。アイオライド商会の発見した"VERDIGRIS"の秘密を探る為にスパイとして送り込まれたの」
「"VERDIGRIS"の製造方法を盗もうとしたって事か?」
「人聞きが悪いわね。
我がレッドリルの会長が、"VERDIGRIS"の高性能さに疑問を抱いているのよ。何か、良くない製造方法をしているんじゃないか、ってね!」
否定しかけてフェズは黙った。
ヴェニッタの事を未だ信じたい気持ちが半分、迂闊に知っている事を喋って交渉材料を失うリスクを避ける気持ち半分だった。
実際、フェズが"VERDIGRIS"について知っている事と言えば、どこで製造されているかくらいだったが……。
こちらの意図を見透かした様に、笑顔を見せるペペローネ。
「わたしは面が割れちゃったから、報告と今後の方針を相談しにレッドベリルへ戻るわ」
ペペローネはベッドから立ち上がり、部屋の隅の木箱を開ける。
中から取り出したのは、レッドベリルの紋章が入った紅色のローブと、大きな三角帽子。
徐にそれを着込むと、「出発するぞ」と言わんばかりに身支度を始める。
その様子を見たフェズとルヴィは顔を見合わせた。
「……あたしたちも着いて行くのか?」
「当たり前でしょ」
ローブの乱れを直し、襟の中に入った栗色の髪を両手で掻き上げる。
「貴女たちがアイオライドに戻って捕まったら、わたしの正体がバレかねないわ」
「ルヴィは……ガーネットを助けに行く!」
ペペローネの言葉に反論するルヴィ。
その態度に、ペペローネは腰に手を当て、苛立つ様に少女を睨みつけた。
「いいから、いつまでも素っ裸でいないで、出発する準備をしてちょうだい!
アンタひとりで、妹を助けられる訳がないでしょ!」
その言葉に、ルヴィは肩を震わせて嗚咽を上げる。
フェズはその頭を撫でて落ち着かせた。
「ぺぺローネの言う通り、いまアイオライドに戻ればお前自身が危なくなる。そしたら妹を助けるどころじゃなくなるだろ? ここはぺぺローネに従おう。な?」
しばらく沈黙したルヴィだったが、やがて納得したのか小さく頷いた。
それを見て満足げに笑みを浮かべたぺぺローネが、ぱんぱんと手を叩く。
「良し、それじゃレッドベリルへ向かうわよ。ふたりともさっさと準備して!」
ふと、思い出したようにペペローネが手と手を合わせる。
「あ! そうだった!」
「?」
不思議そうな表情をしたフェズにぺぺローネはニコニコとした表情で握手を求めて来た。
「自己紹介がまだだったわね! "ペペローネ"って言うのは偽名なの」
「偽名?」
うむと大きく頷く”ペペローネ”と言う偽名の女。
「わたしはパプリカ! レッドベリル魔導石製造商会の魔導師パプリカよ!」




