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2-4:人狼族のルヴィ

 ***


「わたしは……ルヴィ。人狼族(ヴエアヴオルフ)のルヴィ」

 少女はそう名乗った。


 フェズ、ペペローネと人狼族(ヴエアヴオルフ)の少女――ルヴィの三人は、アイオライド商会の裏山を抜け、近くに小川が流れる小屋に身を潜めていた。

 ぱっと()は、放置されたボロ小屋だが、内部は並の生活が送れる様に、しっかりと整えられている。慣れた様子で、その小屋の中を歩くペペローネ。


 フェズは、ベッドの(ほこり)を払って、ルヴィを寝かせた。(ひたい)に手を当てて熱を測る。

 傷が膿んでいるのか、少し熱っぽい。

「落ち着いたところで聞かせてもらおうかな。

 アンタは、ヴェニッタ様が言っていた通りの企業スパイなのか?」

 ベッドの少女から振り返り、背後に立っているペペローネに問いかける。今朝(けさ)までの新人然(ルーキーぜん)とした(しと)やかさからは一転、冷めた表情でペペローネは、こちらを見下(みお)ろしていた。


「答えてあげてもいいけれど……まずはそいつの治療が先でしょ?」

 黒いローブを脱ぎ、暑かったのか手で顔をぱたぱたと(あお)ぐペペローネ。


「そうだったね。お願い出来(でき)る?」

「まあ、任せなさい。

 さ! そいつの服を脱がせて」

 言われた通りにルヴィの服を脱がせる。

 民族衣装の様な変わったデザインの毛皮は、脱がすのに苦労したが、傷痕だらけの肌が(あら)わになる。


 ベッドの横に座りペペローネは、ずれた眼鏡を直して、少女の肌を(のぞ)き込んだ。

「あらまあ……これは確かにヒドイわね」

 ルヴィの体中を走る傷痕は紫に変色してはっきりと残り、ものによっては()じれて皮膚が引きつっている。脇腹の傷は特に見るに()えず、(いま)だ出血が収まらない。

 ……まあ、それを治療したのは、他ならないフェズなのだが……。


 錫杖(ロツド)を手に取り、さっそく回復魔法(リカバリ)の”マギコード”を組み上げるペペローネ。

 彼女の錫杖(ロツド)は、持ち手が木で出来た金属製のもので、先端には三日月を模したレリーフに、大小ふたつの(あか)い魔導石がはめ込まれている。


 ――乳飲み子護る其方(そなた)御手(みて)、傷付き者を(いだ)きて口付けを――

発現せよ(マテリアライズ)、"治癒光泡(パナケイア)!"」


 ペペローネの”マギコード”に呼応し、小さい方の魔導石が(あか)く輝く。

 傾けた錫杖(ロツド)の先端から、生まれた光が(しずく)の様に(したた)り、ペペローネの手のひらに落ちて泡立つ。

「よし、完成!」


 頷くと、ペペローネは光の泡をルヴィの脇腹にあてがい、ゆっくりとスライドさせて行く。ぱっくりと開いていた傷が、()い合わさる様にキレイに消えて行く。

 ものの数分で、フェズがあれだけ苦戦した傷は完璧に消えてしまった。

 痛みが(やわ)らいだお陰か、ルヴィの息遣いも落ち着いたものになる。


「ついでに他の傷も消してあげるわ。これ、フェズが治したの?」

 目線をルヴィの肌に落としたまま、ペペローネがフェズに聞いてきた。

 フェズはぎこちなく、首を縦に振る。


「もう少し練習しなさい。命が助かればそれに越した事はないけれど、女の子なんだから、こんなに雑な縫合は可哀想(かわいそう)よ?」

 気楽な声でしゃべりながら、てきぱきと手際よくルヴィの傷痕を消して行く。


「ところで、人狼族(ヴエアヴオルフ)のアンタがどうして人間界にいるのかしら?」

 フェズはペペローネの素性(すじよう)に興味があったが、そのペペローネは人狼族(ヴエアヴオルフ)の少女に興味を()かれたらしい。

 傷を消しながら、横たわった少女に問う。が――。


「…………」

 当のルヴィは、顔をペペローネから()らしてしまった。

「あら、イヤな反応してくれるじゃない? 誰がアンタの傷を治していると思っているのかしら?」

「……別に治して欲しいなんて頼んでない」


 ルヴィの反応に、むっとするペペローネ。慌ててフェズがあいだに入る。

「その()は、あのアデルってヤツに無理やり連れて来られたらしいんだ」

「ルヴィたちは村でいつも通り暮らしてた。そこにアデルが突然やって来て……。

 ルヴィは逃げられたけど、ガーネットがまだ捕まったまま……!」

 フェズの説明にルヴィがぼそっと付け足す。


 ため息を付きながら、それでもルヴィの傷を消し続けるペペローネ。

 不満そうな顔をしてはいるが、眼鏡のその奥の眼差しは真剣そのもので、少女の傷をキレイに消してやろうと言う集中力が伝わって来る。


「……はい、終わり!」

 手のひらの光をぱっと散らし、ペペローネは両手を叩いて払う。ルヴィの傷だらけだった肌は見事にキレイに治っていた。


「ヴェニッタ様は……どうしてルヴィを手に入れようとしたんだ?」

「さぁ? 結局そこまでは分からなかったわね」

 フェズの独り言を質問と受け取ったか、ペペローネが両手を大きく広げ、天井(てんじよう)(あお)ぐ。

 勢いのまま背伸びをして凝った肩をほぐす仕草を見せる。

「ま、ロクでもない事なのは確かね。このご時世に人狼族(ヴエアヴオルフ)と密会なんて利敵行為と取られて当然よ」


「……ペペローネは、それを調べていたのか? って事は元老院の密偵とか?」

「ハズレ~! そんな身分の良いものじゃないわよ」

 口元に手を当てて、クスクスと笑う。

 ベッドの淵に腰かけて、脚をぶらぶらさせながら、楽しそうに考える様な仕草を見せた。


「いいわ、ここまで関わった以上は教えてあげる!

 わたしはレッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の魔導師よ。アイオライド商会の発見した"VERDIGRIS(ヴエルデグリス)"の秘密を探る為にスパイとして送り込まれたの」

「"VERDIGRIS(ヴエルデグリス)"の製造方法を盗もうとしたって事か?」

「人聞きが悪いわね。

 我がレッドリルの会長が、"VERDIGRIS(ヴエルデグリス)"の高性能さに疑問を抱いているのよ。何か、良くない製造方法をしているんじゃないか、ってね!」


 否定しかけてフェズは黙った。

 ヴェニッタの事を()だ信じたい気持ちが半分、迂闊(うかつ)に知っている事を(しやべ)って交渉材料を失うリスクを避ける気持ち半分だった。

 実際、フェズが"VERDIGRIS(ヴエルデグリス)"について知っている事と言えば、どこで(・・・)製造されているか(・・・・・・・・)くらいだったが……。


 こちらの意図を見透かした様に、笑顔を見せるペペローネ。

「わたしは(めん)が割れちゃったから、報告と今後の方針を相談しにレッドベリルへ戻るわ」


 ペペローネはベッドから立ち上がり、部屋の(すみ)の木箱を開ける。

 中から取り出したのは、レッドベリルの紋章が入った紅色のローブと、大きな三角帽子。

 (おもむろ)にそれを着込むと、「出発するぞ」と言わんばかりに身支度(みじたく)を始める。


 その様子を見たフェズとルヴィは顔を見合わせた。

「……あたしたちも着いて行くのか?」

「当たり前でしょ」

 ローブの乱れを直し、襟の中に入った栗色の髪を両手で()き上げる。

「貴女たちがアイオライドに戻って捕まったら、わたしの正体がバレかねないわ」


「ルヴィは……ガーネットを助けに行く!」

 ペペローネの言葉に反論するルヴィ。

 その態度に、ペペローネは腰に手を当て、苛立(いらだ)つ様に少女を(にら)みつけた。

「いいから、いつまでも素っ裸(す ぱだか)でいないで、出発する準備をしてちょうだい!

 アンタひとりで、妹を助けられる(ワケ)がないでしょ!」


 その言葉に、ルヴィは肩を震わせて嗚咽(おえつ)を上げる。

 フェズはその頭を撫でて落ち着かせた。

「ぺぺローネの言う通り、いまアイオライドに戻ればお前自身が危なくなる。そしたら妹を助けるどころじゃなくなるだろ? ここはぺぺローネに従おう。な?」

 しばらく沈黙したルヴィだったが、やがて納得したのか小さく頷いた。


 それを見て満足げに笑みを浮かべたぺぺローネが、ぱんぱんと手を叩く。

「良し、それじゃレッドベリルへ向かうわよ。ふたりともさっさと準備して!」


 ふと、思い出したようにペペローネが手と手を合わせる。

「あ! そうだった!」

「?」

 不思議そうな表情をしたフェズにぺぺローネはニコニコとした表情で握手を求めて来た。

「自己紹介がまだだったわね! "ペペローネ"って言うのは偽名なの」

「偽名?」


 うむと大きく頷く”ペペローネ”と言う偽名の女。

「わたしはパプリカ! レッドベリル魔導石製造商会(ベンダーズ)の魔導師パプリカよ!」

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