帰り道
高校二年生の冬の時期って凄く大事だなって今でも思います。
「お前ってほんと、夢ないこと言うよな」
ブレザーを少し着崩した黒髪の短髪のサトルがまたいつもの口癖を言う。
「うるさい。黙れ。お前が毎回毎回夢物語ばっかり語るだからだろうが……ったく」
「いやいやヒカルが毎回毎回リアリティばっかり話すからだろ?夢みて何が悪いんだよ」
そうこれはいつものやり取り。
俺はため息を吐いてズレた黒縁メガネを少しあげ、腕時計に目を向ける。
時刻は夕方の四時半を少し回ったところ。
周りには下校途中の同じ学校の生徒や、スーツを着たおっさん、おばあさんに妊婦、おばちゃんが道を歩いている。
「……で。今回はどんな夢なんだ?」
「いやさ。俺もそろそろ子供じゃないし、お前がいつも言うように少し現実に目を向けていこうと思ってな」
「ほう。殊勝なことで」
内心ようやく理解したのかとほっとするが叩くの憎まれ口。
自分の性格が嫌になる。
「俺らもさ来年には高校卒業するわけじゃん?でさぁ俺もちゃんと将来?……まぁ考えたわけよ」
「それで?」
俺にはこれといってまだ就きたい職なんてわからない。
とにかく父親のように呑んだくれて母親に負担をかけるようなバカなオヤジのようにはなりたくないとは考えている。
取りあえず勉強をしっかりしておけば母親は安心しているし、成績がよければ特待生という枠で進学で親に負担をかけることもない。
大学に入らなければいい職なんてつけないし、職についたからといってそれが自分がやりたいことなのかもわからない。
やりがいがあればそれはそれでいいとは思う。
なければやりながら見つけていこうとは思う。
今までもそうだった。
勉強を強いられてきたけど、今では勉強して理解できる喜びみたいのがあるから勉強するのも嫌いではなくなった。
頭が悪ければそれだけ自分が苦労することになる。
父親の背中を見てきたからこそわかる。
なぜ母親があの男と結婚したのかなんてわからないけれど。
「なぁ?それで聞いてた?」
サトルがやけに興奮気味に聞いてくる。
「ん?始めだけな?」
「ひっど!てか今回はガチで考えてお前に話したのにさ。聞いてないって何?」
これはいつものやり取りのようで本気で怒っているようだった。
「……いや。いつものかと思って……聞き流してたのは謝る」
「……今回は真面目に凹んだわ」
「すまん……」
駅に向かう道中がやけに長く感じた。
サトルは早足になってどんどんと遠くに行っているのに、俺の足が重くて枷でもついているかのような感覚が襲う。
なんとか追いつけるように息を切らすけれどサトルはさらに加速をつけて歩いていく。
「……なぁ、っま、待てって。歩くの早過ぎ……」
走ったつもりはないのに苦しい。
授業の時でもテストの時で緊張をしたことはあるけれど、ここまで心臓の音を間近に聞くようなこともなかった。
振り向いたサトルの目頭が赤くなっていた。
「いや。お前が悪いわけじゃないよ」
嘘をつく時の鼻を擦る仕草。
その後は毎回ニカッて目を瞑って笑う。
「ほんと、ごめん。マジで謝るから」
サトルの表情を見るのが怖い。
頭を下げるけれど、目を離したらどこかにいってしまう気がしてならない。
「……頭あげなよ。俺さ。お前がそうやって謝ってさ、こっちの顔色伺うような視線嫌いだっていったろ?謝るんなら頭下げとけよ。見るなら対等の目線でみろよ」
本当に俺は変わってないな。
こうやって対等になったつもりで夢を否定して。
バカみたいに明るいサトルに救われてきたのに。
「ごめん」
「俺たちダチじゃん。いつもみたいに軽口叩いてみろよ」
何か言わなきゃならないのに何を言えばいいのか頭が回らない。
いつものやり取りから始まったのに今回はどこか違った。
やり直したいと一瞬思った。
けどいつも自分が話すこと。
現実を見ろよ。
時間は元には戻らない。
進むだけ。
「言い訳は後で聞くわ。今日お前塾だろ?ここで別れようぜ」
「あ、いや、塾だけど、それより、待ってくれ。なぁ。待てよ。待ってくれよ!」
サトルは遠くにいってしまった。
その日を境に。
あの日から俺の時間は止まったままだ。
今でも。
ただ一つはっきりしていることはある。
俺があいつの夢を叶えてやればあいつが笑ってまた現れる気がするんだ。
お前は凄いな。やっぱり俺のダチだわって。
それも後少しで実現する。
それがあの日の帰り道から始まった俺の夢。
けれどそういってもらったら貰ったでなんだかおかしい気もしている。
あいつの夢を叶えたらってあいつがいなければ意味がないんだってこと。
だからどちらかと言えば
「なんでお前が俺の夢を叶えてんだよ。俺の夢だろ?」
なんて言って殴りにくればいいと思っている。
それが俺の最大の友であり、最高のライバルだから。