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藍染のハンカチーフ

作者: 木谷日向子
掲載日:2020/01/22

〇日本民家園・中

   藍瓶から一枚のハンカチをゆっくりと取り出す村田絹子むらたきぬこ(38)。

   その横で腰を屈めながら絹子の手に引き上げられるハンカチを見る村田武むらたたけし(45)と民家園の職員.。

   藍色に染まったハンカチ。

   空気に触れ、ゆっくりと乾くと同じく色が変わっていく。

   和やかな笑顔で見つめる絹子。

絹子「わー、見て……武さん」

村田「藍染なんて初めてやったが、こんなに綺麗に色が付くものなんだな。空の青とも海の青とも違う……深

 い、深い色だ」

   藍染されたハンカチに近付く絹子と武。

   ハンカチの繊維。

絹子「私これ、宝物にします」

武「宝物って……家がすぐそこなんだからまた作りゃあいいだろう。何度も」

絹子「だって38歳の誕生日に作った藍染はこの子だけだもの。あなた、もしこのハンカチが私たちの子供

 だったら何度も作ればいいだろうなんて言えますか?」

武「うっ、それは……まったくお前は物に対する愛情がありすぎる」

   2人の会話を聴き、笑う職員。

   きらきらとした瞳でハンカチを見ながら笑顔になる絹子。

   絹子の右上の日差しが強くなり、ハンカチと絹子に逆光が差す。


〇村田家・リビング・中

T・3年後

   藍染めのハンカチを取り出し、じっと見つめたまま動かない絹子(41)。

   口を引き結んだまま手元を見つめ、速く畳む。

絹子M「夫婦生活なんて、初めの3か月が華で、後はゆっくりゆっくりと枯れていくのが定めでした。私と

 武さんも、過去に蜜を全て吸い上げられてしまった花と一緒でした」

   チャイムの音が鳴る。

村田の声「ただいま」


〇同・玄関

   玄関から靴を脱いで上がってくる村田(48)。

   手にしたビジネスケースをドアの入ってすぐの靴箱に寄りかからせる。


〇同・リビング・中

   村田、リビングに入ってくる。

村田「今帰ったぞ」

   絹子、村田の顔を見ないで洋服箪笥の方を向いたまま。

絹子「おかえりなさい。テーブルの上に今日のお夕食、ラップをかけて置いてありますから、チンして食べてください」

村田「ああ」

   村田、絹子の方は見ずにテーブルの夕食へ向かう。

   絹子、立ち上がり部屋を出て、階段を上がり2階へ行く。

   ☓   ☓   ☓


〇村田夫婦の寝室

   一つだけ並べられていた布団に村田が寝ている。

   寝入っている村田の顔。

   戸が開く。

   開いた戸から白い着物姿の絹子が現れる。

   絹子の足元、腰、胸、顔。

   冷たい顔をした絹子。

   絹子の裸足の右足が部屋に入る。

絹子「今日は少し暑かったわねえ。武さん。こんな日は、こんな日は、この着物で終わらせようって思った

 の。あなたが私を見初めてくれたこの着物で終わらせようって」

   絹子、全身が部屋に入る。

   着物の襞に手を入れると、そこから濡れた藍染のハンカチの端をつまんで広げ、一度引き伸ばす。

   ハンカチの角から雫が一つ落ちる。

   落ちた雫を見る絹子。

   瞳からは光が消えている。

   眠っている村田の枕元に正座し、見つめる。

   手に濡らしたハンカチを握りしめる。

   広げて一度パンっと音を鳴らすと、村田の顔を覆うように被せる。

   被せたハンカチを見つめると、村田の頬に挟むように手で包む。

   息が出来ず、苦しみ始める村田。

絹子「あなた、覚えていますか。このハンカチを作った日の事を。青よりも青い綺麗なハンカチ、美しいハ

 ンカチ。あなたが美しいと言ってくれたハンカチ。私が何より大好きだったこの藍染めのハンカチ」

   村田の息がどんどん荒くなり、、うめき声が漏れる。

   ぴったりとハンカチが張り付いた村田。

   絹子、村田の額に自分の額をつける。

村田「うっ……うっ……うあが……」

   絹子、悟りを得たような表情をし、目を閉じる。

絹子「苦しい? 私もずっと苦しかった。ずっと3年前に戻りたい。戻りたいって思っていました。あの陽

 の光が私の頬を濡らし、藍の繊維を光らせたあの3年前に。早く早く戻りたいって。よく人間は子宮の中

 に戻りたがるから風呂が好きなんだって言うけれど、私にとってはあの民家園の中の、藍の匂いで包まれ

 た薄暗い部屋の中が帰る場所だったのです。陽が差し、埃が粉雪のように舞っていた、あの」

村田「うが……っ、ひぬほ……っ。ひぬほっ……。ひぬほっ……。はふへっ……。ががっ……」

   体をじだばたと揺らす村田。

   その上に絹子は跨り、村田の腕を両腕の膝で押さえる。

   大きく咳き込み、体を九の字に曲げながら痙攣すると、一気に静かになる。

   張り付いた藍染のハンカチ越しにゆっくりと村田に口づける絹子。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 若干のヤンデレみ、怖くて綺麗です。 [気になる点] 名前の後の「M」はモノローグのMなのでしょうか。
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