奇跡
それは誰にとっても突然のものだった筈。
何故だろうか。
何の前触れも無く私たちは唐突に存在しだす。
母親の体に痛みをもたらして、産声を在らん限り響かせて。
その心臓が動きだす。
息を吸って、吐いて。
栄養を求める。
快適さを求めだす。
不快を泣いて示す。
やがて自ら動きだす。
意思を持つ。
舌足らずな、曖昧な世界の中でたしかに何かを伝えようとする。
地を這う。
歩きだす。
走る。
それはいつだって突然の出来事。
呼吸。
飲食。
排泄。
睡眠。
対話。
物真似。
感情もまたきっと突然だった。
誰かが笑ったから私たちは笑った。
誰かに不快をもたらされたから泣いた。怒った。
笑う。
怒る。
泣く。
悲しむ。
そして紛い物の愛を知る。
確かな本物を知らないでそれらを信じる。
言葉に頼らざるを得ない私たち。
馬鹿みたいに走っていつか心臓は止まる。
その年月を、私たちは奇跡と呼んだ。