92話 シースター
嵐が過ぎ去り、大きな静寂が訪れる。
ここにいた魔物は、悪魔は、全部燃やし尽くされてしまった。
「あなた、吸血鬼だったのね」
「……バレちゃったか。上手く隠してたつもりだったんだけどね。……『銀の魔術師』なんて大層な通り名も、シースターっていう名前も教えるつもりはなかったんだけどな」
彼はこちらに振り向くと、寂しそうに笑う。まるでもうこれで終わりだというように。
「最初に会った時、あなたに人間以外のものの気配を感じたからわかったようなものよ。『銀の魔術師』なんて前にどこかで聞いた程度だったし。『反逆鬼』ならよく知ってたんだけど」
「そんなんだ。で、僕が吸血鬼だってわかったらそのままって訳にはいかないよね。できれば争いたくはないんだけど」
「なに言ってるのよ、あなたは私たちの味方でしょ? 吸血鬼とか関係ないから」
スカルは、私の言葉に驚きながらも嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ありがとうフォルメルさん」
「別に、お礼を言われるほどでもないけど」
その後もスカルは嬉しそうな顔を続けていた。
洞窟を出ると、待っていた様子の村人たちに取り囲まれる。
「ありがとうございます」、「あんたたちは俺らのヒーローだよ! 」
次々に感謝の言葉を受け、ちょっとこそばゆい気持ちになる。
「おにぃさん、おねぇさん、ありがとう」
「うん、お安い御用だよ。みんな無事でよかったね」
スカルは小さな女の子に笑いかける。女の子はとても嬉しそうだ。
「あの、よかったら今日は泊まっていってください。ボロボロで、なんのおもてなしもできないかもしれませんが」
「はい、それじゃあお言葉に甘えますね。メルさんはどうする? 」
「私も泊まっていくわ」
そこまで報告を急がなくてもいいだろう。もうすぐ日も落ちるわけだし。
その後、村人保護のために同行してもらった兵士に中で起こったことを報告し、スカルの転移陣で街へ帰ってもらう。
それから村に行く。村は崩壊気味だったが、スカルが復興に尽力し、たった数十分でほぼ元通りになった。
「いや〜なにからなにまでありがとうございました。大したお礼もできませんが、どうぞ、たくさん食べてください」
夕食は美味しそうなスープと黒パン、あとは猪……だろうか? 野生動物のお肉を焼いたものだった。
「これってなに? 」
「それは大猪のお肉だよ。近くにいたから夕食にしようと思って狩ってきたんだ」
「スカルも一緒に行ったのね」
スカルってよく働くな……あっ、これ意外といける。肉汁と香辛料の風味がマッチしていて美味しい。
「スカル様、ご飯の後一緒に遊ぼ!! 」
「こっこら、大事なお客様になんてことを言っているんだ! 」
「全然いいですよ。腹ごなしに鬼ごっことかしようか」
スカルは子どもにも好かれていた。それもそうか、彼は基本優しいし、結構有名な人みたいだし。
「おねぇさんもいっしょにあそぼ」
村の中で一番小さな子にローブの袖を引っ張られる。
「いや、私は……」
「メルさんも一緒に遊ぼうよ。いい経験になると思うよ」
「……わかったわ。遊びましょうか」
私は小さな子の頭を撫でる。
今この瞬間のご飯は、とても美味しく感じた……
私にとって貴重な経験、人間たちと戯れたのもそうだし、今の状況もそうだ。
なぜか私とスカルは同じ部屋で寝ることになった。
「なんでこんなことに……」
「あはは……なにか誤解されてるみたいだね」
スカルは頬をポリポリと掻く。
「はぁ……」
「えっと、一応言っておくけど大丈夫だよ? 僕はフォルメルさんになにかするつもりはないし、無理やりって趣味じゃないから」
「それはわかってるわ。あなたはそんな人じゃないのは見てればわかるし」
わかってはいるのだが、依然として気まずい。なにか話さないと。話題はっと……
「そういえば、スカルが『反逆鬼』って呼ばれるようになったのってなにが原因なの? 」
「それは……話すと長くなるな。あとあんまりその話題は好きじゃない」
「あっごめん……」
「ううん、全然大丈夫。そうだね……話すならちょっと場所を変えようか」
スカルは私に近づくと、手を握る。そして、足元に出現した魔法陣によって別の場所に転移する。
転移した場所は、静かな森の中だった。月明かりが木々の隅まで照らす。
「ここは? 」
「ここは僕のお気に入りの場所だよ。静かで、星が綺麗だから好きなんだ」
彼の言う通り、空は満天の星だった。息を呑むような光景に、私はただ子どものように目を輝かせていた。
「気に入ってくれたみたいで安心した」
「普段はゆっくりと空を見る機会がないから、新鮮だわ。すごい綺麗でいつまでも見ていられそう」
スカルと一緒に見たこの景色は、一生忘れることはない。どれだけ時間が経っても風化することはない。
「それで、ちょっと昔話をしようか」
彼は本題に入る。2人だけの世界で大事な話をする。
「僕は辺境の村で育った。親の顔も名前も誰も知らなかった。赤子の僕は辺境の村に捨てられたんだ。スカルという名前をつけられて」
「そう……なのね」
小さい頃から大変だっただろう。親もなく、右も左もわからないのに生き残ることを強いられる。
「幸いにも村の人たちは優しい人たちでね、なんとか生きてこられた。けど、その日常は突然壊れた」
「えっ……」
まさか悪魔に襲撃を受けたんじゃ……
「悪魔とか魔獣のせいじゃない、僕が……自分で全部壊したんだ」
その時のスカルの声はとても弱々しく、今にも消え入りそうだった。
私は言葉の意味が上手く呑み込めない。深く知ってるわけではないけど、スカルがそんなことするなんて思えない。
「僕は半分が吸血鬼だからさ、予想はつくかもしれないけど……血を欲してしまったんだ」
「あっ……」
その言葉で、全てが繋がった。
吸血鬼は生物の、特に人間の血が好物だ。定期的に血を摂取しないと思考がどんどん狂っていくという。最終的に、無差別に人を襲ってしまう程度には。
スカルも、どこかで血の誘惑にかかってしまったんだろう。
「あの時の悲鳴も、肉を裂く感触も、血の匂いも……全部鮮明に覚えてる。あの時は自分じゃないなにかが動いていた」
スカルの手はかすかに震えていた。
「僕は決して消えない罪を償うために旅を始めた。その過程で人々を困らせる悪魔や魔獣を殲滅してたら、自然と『反逆鬼』なんて呼ばれていたよ」
「そう……」
スカルはかなりのことを経験していた。私なんかが安易に同情していいものではない。
でも……
「大丈夫よ、」
口は勝手に開いていた。
「あなたは十分に償った……だから、これからは自分のために生きて。一生を贖罪のために使うなんて駄目よ」
あんなスカルを見てしまったら放っておけない。私の言葉なんかで解決するなんて思えない。けど、おもりを軽くすることぐらいはできる。
「……ありがとう、フォルメルさん」
スカルはその言葉と同時に私の方に身を寄せる。
「……ねぇ、ひとつお願いしていい? 」
「なに? 」
「メルさんって呼んでいい? 」
「別にかまわないわ。王様とかの前ではそう呼んでたんだし」
「ありがとう……メル」
不意の呼び捨てにドキリとしてしまう。スカルの顔が近いから、距離感がいつもより近いから、弱みを見せたあとだから……偶然が重なっただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「自分のため……その道はまだ見えないけど、ゆっくり考えてみるよ。贖罪で旅を続けるのはもったいないし」
「えぇ、それがいいわ。大量の敵を倒してきたんだもの、きっと届いてる」
私なんかよりずっと強くて、優しい人だ。私はそんな経験ないから……
「ねぇ、」
「ひゃっ!? 」
急にスカルに手を握られ変な声が出てしまう。
「なっなによ!? 」
「えと……手が冷えてないか気になってさ。長い時間外にいるし」
「大丈夫よ! 急に握るのはビックリするからやめて! 」
「ごめん……」
スカルはしょぼんとしてしまう。それを見ると胸がチクチクする。
(私はどうしちゃったの……? )
なぜかさっきからスカルのせいで心臓がばくばくする。相手にも聞こえてしまうほどなってるかもしれない。
(とにかく明日は天界に帰らないと。スカルとはもうお別れだし)
スカルとの別れ、その事実は私の胸を痛めつけた。
「!!? 」
ほんとにおかしい、明日カマエルさんに診てもらわなきゃ。
この時の私は自分の状況をわかっておらず、とても困惑していた。
だって今まで恋なんてしたことがなかったから……




