89話 出会い
私は落ちていく、深い深い意識の底へ。
怖い感情はなく、ただあの人にもう一度会えるという嬉しさが頭を支配する。
底まで落ちると、世界に色がついた。暖かな風が、太陽の眩しさが、風に揺られる草の音が……泣きそうな程に懐かしい世界をつくる。
「懐かしいな……」
私はその風景をうっとりと眺め、昔を思い出していた。
__これは、いつの間にか風化し、忘れ去られた物語
神話の時代、人間を脅かすものは多かった。妖や吸血鬼、悪魔がその例だ。
「フォルメル、素晴らしい活躍だ。村に巣食う悪魔どもを1人で倒すとは」
「はっ、ありがとうございます」
私たち天使は人間を保護し、神に敵対するものを排除するために動く。
その天使たちの拠点となるのは、天の矛と呼ばれる城だった。私はその中の、一つの部屋で報告を行っていた。
「この調子なら、力天使に昇格する日も近いな」
「いえ、私の力ではまだ力不足です」
私は上官であるラトザールさんに自分の意見をぶつける。
「私には力しかありません。まだ経験や知識が伴っておりませんから、昇格もまだまだ先の話です」
「いや、そなたは素晴らしい力を持っている。我ら能天使の中でもトップクラスの実力を持つラファエル様、カマエル様に次ぐ実力、それだけでも昇格できよう」
「過大評価のしすぎです。あの方々には模擬戦で一度も勝てておりませんから」
私は昇格には興味がなかった。私の中での天職は能天使だ。一番悪魔と対峙する能天使が心地よい。
悪魔をより多く倒し、世界の平和を維持する……それが私のしたいことだからだ。
「まぁ、そなたがなにを言っても昇格の話はくるだろうな。その時は是非、その話を受けてもらいたい。なにせ、そなたは期待のホープなのだから」
「……考えておきます」
「うむ、それでは午後からは非番とする。ゆっくりと休んでくれ」
「失礼します」
私は報告を終え、訓練場へと向かう。
非番だろうが訓練はしたい。もっと強くなって、もっと悪魔を倒せるようにならなきゃ。
そう考えながら歩いていると、後ろから明るい声が響く。
「あっ、フォルメルちゃんだ!おつかれー!」
私が声の方に振り向くより早く、声の主は抱きついてくる。
「あの、あまりくっつかないでくださいカマエルさん」
抱きついてきた人はカマエルさん。淡い赤色の、ウェーブがかった髪と人懐っこい性格が特徴的な人だ。容姿、言動ともに子供っぽいところがあるが、歳はしっかりと大人で、実力は能天使の中では2番目だ。
「いいじゃん減るもんじゃないし。仲良くなるためのスキンシップだよ」
「もう仲はいい方だと思いますけど」
「いや、仲がいいんだったらもっとベタベタしないと」
「いえ離れてください」
カマエルさんに絡まれると、なかなか解放されない。引っ付いてくる彼女を振りほどくのは骨が折れる。
「カマエル、疲れているものに絡むのはやめなさい」
そんな私の状況を見かねてか、清水のような透き通った声が響く。
振り向くと、そこには絶世の美女が立っていた。水色の髪に水色の瞳、豊かな胸とそれを強調する素晴らしい曲線美、掛けているシルバーフレームの眼鏡が神聖さ……というより妖艶さを醸し出していた。
この人は能天使指揮官、ラファエル様だ。
「ラファエルさん、お疲れ様です!」
カマエルさんは、ラファエル様を見るや否や元気に敬礼する。
「ラファエル様、任務が終わり、報告してまいりました」
「はい、それはラトザールから聞いています。改めて、よくやりました」
ラファエル様は柔らかな表情で微笑む。
「当然だよ!だってフォルメルちゃんは期待のホープなんだから!」
「なぜあなたが誇らしげなのですか?」
ラファエル様のツッコミにカマエルさんは「えへへ〜」と頭の後ろを掻く。
「褒められてないですよ」
「そっ、それはわかってるよ!」
「それはそうとフォルメル、任務が終わったばかりのあなたにお願いがあります」
「はい、なんでしょうか?」
「疲れているあなたに頼むのは大変忍びないのですが、これから地上に降り、とある悪魔を討伐してきてほしいのです。その名はアンドロマリウス、かなりの人間を襲い、力をつけています。お願いできますか?」
ラファエル様からのお願い。それに加えて悪魔の討伐……断る理由はない。
「わかりました、必ずや成し遂げてみせます」
「ありがとうございます。それでは気をつけて、神の加護を」
「はい」
「フォルメルちゃん頑張ってね!怪我したらいつでも私のところに帰ってきていいよ、治してあげるから」
「ありがとうございます、カマエルさん。では、行ってまいります」
私は2人に一礼すると、急いで地上に向かう。
外へ出ると、転送の門を通り、目的地近辺の空に出て、羽を使って空を飛ぶ。天界を後にし、雲の合間を縫ってどんどん高度を下げていく。
すると、ひとつの村が目についた。上空から見た感じだと人が1人も見当たらないし、所々ぼろぼろの家が多数ある。
(どうやらあの村はかなりの被害を受けたみたいね……)
とりあえず降りてみよう。私はふわっと着地をし、村を探索してみることにした。
「誰もいない……」
人の気配が感じられない。それに魔族の気配もない。
私は一番近くの家に入ってみた。
そこには食べかけのシチューがテーブルに残っていた。匂いからして腐っていないようだ。
どうやら悪魔に連れ去られたみたいね。それもかなり最近。
「でもどこへ……ここの近くには洞窟や森があるから手がかりがないと絞れないな」
私は他の手がかりを探すために全ての家を調べた。魔力痕や足跡にも注意したが、なにも見つからなかった。
「こんなに綺麗なのはおかしい……外の崩壊具合からもっと手がかりがあってもいいはずなのに……」
どうやら隠蔽されたらしい。これでは最悪取り逃がす可能性もある。
「……ひとまず洞窟へ行ってみよう。森より拠点にするのには向いてるし、防衛もしやすいだろうから」
そう判断して飛び立とうとした瞬間、ある気配に気づく。
いきなり現れたそれは、地下にいた。
私は、急いでもう一度この辺りを調べた。すると、倒れていた家具の下に階段を見つけた。
もしかして生存者かも……そう思いながらも警戒を緩めない。
階段を降りると、松明の照らす通路が続いていた。私はゆっくりとそこを歩く。罠に注意しながら。
やがて、1つの部屋の扉の前に行き着いた。
「なに……ここ」
この奥にいるようだ。1回深呼吸を挟むと、扉を蹴り破り、魔力で剣を錬成する。
「!!?」
そこにいたのは、銀髪と燃えるような赤い瞳が特徴的な美青年だった。フード付きのローブを着込んだ彼は、格好からして魔術師のようだ。
「あなたは一体誰なの?悪魔……ではなさそうね」
「あっ、えと……僕は旅の途中でこの村の惨状を知って……それで悪魔退治を約束しちゃったからいるんだけど……決して怪しいものじゃないよ!?」
彼はおどおどした様子で答える。こいつの気配って……
「私はフォルメル、フォルメル=エーリスト。能天使戦闘部隊所属よ。ひとまずあなたを信じるわ、よろしく」
「うん、ありがとう。僕はスカル、その……ただのスカルさ。僕は旅をしている魔術師ってところ。よろしく、フォルメルさん」
彼はニコッと笑うと手を出してくる。私はその手を握る。
これが私と彼とのファーストコンタクトだった。
ここから数話、主人公出てきません




