87話 ここは
気がつくと、空はオレンジ色だった。
急いで飛び起きる。そこは俺の知っている景色ではなかった。
「どこだ……ここ……」
辺りを見渡す。地平線までのびる緑色、心地よい風、見ているだけで心が洗われそうな草原に寝ていたようだ。
「ティタニアは、ラムレーズンは……みんなはどうなった……?」
時間が経つにつれて不安感が大きくなっていく。どこかもわからない場所で1人、その事実が最悪の考えをひきおこす。
(今考えられるのは死んだか、彼女によってどこかへ連れてこられたかだけど……どっちにしても最悪だ。……ひとまず、辺りを探索してみよう。)
今は情報がない。ここがどこかを確定させるためにも、動かないと。
「あれは……」
ふと見つけたそれは、どこか懐かしいと思えるような安心感のあるような……そんな建物だった。
人がいるかもしれない。
俺は、そこへ行ってみることにした。
近くまで来ると、建物の前には麦畑だろうか、夕日に照らされて黄金に輝く幻想的な景色があった。
そこを通り過ぎると、温かみのある木の家が出迎えてくれる。
誰もいない草原に家はこれだけ。手がかりがあるとしたらここだな。
おそるおそるドアを開けて中に入る。ドアは厚めで、少しずっしりくる。
内装は綺麗で、つい最近まで誰かが住んでいたような状態だった。テーブルにイス、インテリアの全てが手作りのようだ。家にしても自然のものだけで作ったって感じだったし、これらを作った人が近くにいそうなものなんだが……人の気配が全くしない。
部屋が他にもあるようなので、そこも探索しようと思ったその時、ふとあるものに目が留まる。
それは木で作られた小さな置物だった。一見なんの変哲もない置物なのだが、裏を見ると、かすれた文字でこう書かれていた。
『Je t’aime Fo■■■■l』
後半はほぼ読めなくなっているが、意味はなぜか理解できていた。
「ごめんな……」
いつの間にか涙が溢れて止まらなかった。なんで泣いているのか、わかっていないようでわかる自分がいることに困惑する。
「ごめん……ごめんな……」
いくら拭っても涙は止まらない。謝罪の言葉を口にする度に罪悪感で絞め殺されそうになる。
なにも知らないはずなのに……自分の罪がはっきりとわかってしまう。
なんだこれ……
「大丈夫だから……君が謝ることじゃない。」
いつの間にか俺の傍に一人の男が立っていた。
その男の優しい声でだんだん気持ちが落ち着いてくる。
ようやく涙が止まり、彼を見ることができる。彼は中肉中背で褐色肌、美しい銀色の髪で、俺と同じ赤い眼が特徴的だった。
「あなたは……?」
「僕はここを支配しているものだよ。ここは僕の精神世界だから……」
「精神世界?」
「そう、己の中にある特別な世界。己が表される世界だよ。」
彼の言葉は嘘ではないと、根拠はないが悟る。
「それはわかりました。それじゃあなぜ俺はあなたの世界に?」
「……それは運命としか言えない。」
「死んだわけではないんですか?」
「うん、君は生きてる。それだけは確実に言えるよ。ただちょっと眠ってるだけだ。」
生きてる、その四文字を聞くことができてほっとする。
「じゃあ早く戻らないと!ここからの帰り方を教えてください!」
「待って!今帰っても彼女には勝てない。……少し、ほんの少しだけでいいから……話を聞いて欲しい……」
焦る俺に、縋るような弱々しい声が手を引っ張る。
さっきまでの優しい顔から一変、今にも泣き出しそうな顔になる彼を見ると、焦りはなくなった。
むしろ助けなきゃという強い強迫観念に囚われてしまう。
「……わかりました。とりあえず座りましょう。」
沈んだ彼を座らせ、俺も対面に座る。
「そういえば名乗ってませんでしたね。俺は柊和人です。あなたの名前はなんですか?」
「僕に名乗る名はないよ。あと、君のことは既に知っている。」
彼は少しずつ明るくなってきた。落ち着いたのかな。
「知ってたんですね。どこかで会いましたっけ?」
「いや、会ったことないよ。でも君のことはよく知ってる、昔から。」
彼の話は少し不思議だ。どんどん謎が増えるばかりだ。
「それで、話というのは?」
「うん、率直に言うよ、彼女を助けてほしい。」
彼は頭をテーブルにつきそうなぐらい下げる。
「助けるってどういうことですか?」
「彼女はずっと辛い思いをしているんだ、僕のせいで。だから、大丈夫って伝えてほしい。」
「もう一つ教えてください、彼女を助ければアンヘルは戻ってきますか?」
「もちろん戻ってくるよ。だから協力してほしい。」
「……わかりました。俺にはあなたたちのことは全然わかりませんけど、なぜだか放っておけませんし、なにより、アンヘルを助けたいから引き受けます。」
「そっか……ありがとう……」
彼は儚い笑顔を向けてくる。
「それで、俺はどうすれば?」
「それはね、僕から君に1つ、贈り物をするからそれを彼女に使ってほしい。そうすればちゃんと伝わるはずだよ。」
彼が手を差し出してくる。俺がその手を握ると、暖かいものが流れ込んでくる。
そしてそれは握る手の中で形となっていく。
「君に全てを託してしまうことになってしまってすまない。でも、君ならやれるって確信がある。だって君は……そういう人間だから。」
「えっ……?」
最後の彼の言葉の意味がわからなかったが、聞き返す前に意識がとび、視界が白色に染まった。




