79話 憂鬱
三賀日の最終日、俺にとって憂鬱な出来事がやってきた。
今日は朝から千華と一緒に出かけている。それも和服で。
千華の着物姿はとても似合っており、美しかった。
電車に揺られ、奏町の方までやってきた。奏町というのは、柏崎市の隣にある東雲町、の方には行かず、その反対方向に進んだところにある町だ。
「和人、こんなところになんの用があるの?」
奏町のとある駅で降りると千華が不思議そうに聞いてくる。
俺は少しの間どうしたものかと考え込んでいた。千華をここに連れてきた理由って言いにくいんだよな。
でも、遅かれ早かれ必ず話さないといけないし、長くなってもいいからどうにか説明しよう。
「まずはごめんな。なんの説明もなしにいきなりここまで連れてきちゃって。」
「いや、別にそれはいいわよ。あんたがたくさん悩んだ末に出した答えだって知ってるし。」
「あー読まれてたか。」
ほんとにその能力便利だな。とっても大変そうだけど。
「それで、肝心の理由は?」
「あぁ、それはな……簡単に言うと顔合わせなんだ。」
「顔合わせ?」
千華の顔がわかりやすく、?の表情になる。そうなるのは予想通りだった。俺だって事情を知らなければ絶対その顔になるし。
「……歩きながら話そうか。」
目的地までの距離は少し遠い。それだけに、説明の時間は十分にあった。
「まず、うちは昔からの名家でさ、柊グループって聞いたことある?」
「もちろんあるわよ。柊グループっていったら柏崎、伊川グループに並ぶ有名企業グルーブよね。……もしかして、」
「うん、今想像したことで間違いないよ。うちは柊グループの本家と親戚関係にあって、今向かってるのはその本家だよ。」
「まじなんだ……道理であんたの家大きいわけだわ。って、私そんなところに行って大丈夫なの?」
「大丈夫、っていうか行かないと不味いことになるんだよ。」
今から話そうとしていることは、口にするだけで嫌になる。
「柊家は古くからの由緒正しいところなんだけど、ある代から少し変わってさ、歪んじゃったんだよね。」
「なんか嫌な予感してきたわ。」
「エリート思考が強くなりすぎたのか学校は常に一流、成績だってトップ層をとらないとかなり冷遇される様になっちゃってさ。一旦冷遇されたら最後、もう見向きもされない状態になっちゃうんだよね。」
「あーやっぱり。予想当たった。」
千華は「当たってほしくなかった」といわんばかりの顔でため息をつく。
「それで、うちは残念ながら見放された家だから特に交友してるわけじゃないんだけど、腐っても柊家の一員だから毎年顔見せによばれるんだよね。」
「まぁそれは建前で、ただなにか問題を起こしてないかの確認作業なんだけど。」と続ける。
その話を聞いた千華はとても嫌そうな顔をする。
「面倒くさすぎるわねそれ。憂鬱になってきたわ。」
「そして千華を連れてきた理由だけど、本家の方から恋仲ができたら顔合わせの時に連れて来いって前々から言われてたから。多分品定めするためだと思う。」
「……それ聞きたくなかったわ。だから私たち和服なのか……」
本家はかなり厳格なので、今日に関しては基本は和服じゃないといい顔をされない。例外はあるけど。
「ごめん、千華には苦労をかけちゃうな。」
「別にこのくらいいいわよ。……あんたと一緒にいるためでもあるんだし。」
千華がそっぽを向きながら言った言葉に、素直に嬉しくなる。憂鬱な時間の前に充電ができた。
「さっ、そろそろ着くよ。」
俺たちは残りわずかな目的地までの道をゆっくりと歩いた。
「うわでか……」
本家に着くなり、千華が目の前の屋敷を見てそうこぼす。
それもそのはず、本家の屋敷はうちと比べてひとまわり以上大きく、かなりの敷地面積をとっている。
俺は早速玄関の呼び鈴を鳴らす。すると間もなく戸があき、中から見知った女性が顔を出す。
攻撃的な目が特徴的な50代、60代の女性だ。
「あーようやく来たかい。あがりな。」
そして千華の方をちらっと一瞥して、「その子、金目当てじゃないだろうね?」と聞いてきた。この人は相変わらずのようだ。
柊由恵、柊グループ現社長の妻であるこの人は自分の優秀な子どもには甘く、劣等と判断したら人には一気に冷たくなるわかりやすい人だ。
さっきの言葉も見放されてる俺が連れてきた彼女などたかが知れてるってことだろうな。
「違いますよ。この人とは真剣にお付き合いさせていただいてます。」
「そうかい。でも決めるのは私たちだからっていうことは覚えておきなよ。まっ、あんたにそんな労力さきたくないけどね。」
俺は由恵さんの言葉を聞き流して中に入る。あの人の言葉にいちいち反応してたら疲れるし。
由恵さんに案内されたのは客間だ。そこには長テーブルの上に料理が並べられていて、ティタニアが喜びそうな光景があった。
「あんたらの席は……わかってるね?」
「下座ですよね。」
俺は千華を出入口側に座らせる。理由は簡単、最小限ここの人間に近づけないようにするためだ。ここの人間が彼女の隣に座ることなんて許せない。
「正座とかあまりしたことないから不安だわ。大丈夫かしら……」
「辛かったら足崩していいから。そのぐらいは問題ないし。」
緊張気味の千華に優しく話しかける。このぴしっとした雰囲気に加えて、慣れない着物で長時間正座ってかなり辛いだろうな。フォローしないと。
「他の人たちっていつ来るの?」
「社長は一番遅いけど、その息子たち含めた参加者はもうすぐ来るよ。ほらっ噂をすれば……」
出入口の方に目を向けると中年のおじさんが入ってきた。彼は柊家の一員で、本社の下請けの会社のひとつの社長だ。
また、俺に対する態度はそこまで冷たくない。(だからといって、関わりすぎると不味いことはわかっているのであまり話しかけてこないが)
その後も続々と参加者が集まってくる。元気なおじちゃんに苦労してそうなおばさんなど、みな会社は違えど柊家の人間だった。
さて、そろそろめんどくさい人間が来る頃だから警戒しておかないとな。
「うぃーす」
て思ってたら来た。
男は軽いノリで客間に入り、上座の方に来るとどかっと腰を下ろす。
男の名前は柊弘幸、本家の長男であり、次期社長だ。能力はあるのだが、母親に甘やかされて育ったせいか基本的に人をなめている。
その証拠に彼の服装はこの場にはあってるとは言えないもので、千華は首を傾げている。
それもそうだ、彼はここの例外だからあんなのでも許される。本家の人間はどの格好でも問題ないらしい。あいつ髪染めてるしネックレスしてるのに許されてるんだよな。
千華が彼の容姿にぎょっとしていると、もう1人入ってくる。
今度はぴしっとしたスーツに身を包み、整った黒髪の男性だ。外見は整っているため誠実そうな印象を受けるが、その中身は長男と大差ない。
彼が次男の柊真斗であった。
「ねぇ……あの2人って本家の人間なの?」
「そうだよ。あのチャラチャラしてるのが長男の弘幸。そしてあのキッチリしてそうだけど中身ハズレなのが次男の真斗。どっちとも関わらない方がいいよ。」
俺たちは小さな声でボソボソと会話をする。こんなこと聞かれた瞬間どうなるかわからないしね。
「おっ、なんだよ和人〜彼女できたのかよ。」
「えぇ、まぁ。」
「見たとこかなりのかわいこちゃんじゃん。俺がもらってやろうか?」
「いえ、結構です!」
弘幸は千華の体を舐めまわすように見ると、そんなことを言ってきた。なので強めにお断りした。
「ふん、どうせその女いいのは外見だけだろ?エリートの道から外れたお前ではその程度の女しか捕まえられないだろうからな。」
そして真斗がむかつくことを言ってくる。思いっきり殴りとばしたいけど、やったら駄目だから抑えろ……
俺が怒りを抑えていると、由恵さんと男が入ってくる。男の方は本家の社長だ。
これで参加者が全員揃ったことになる。
「それじゃあ今年も新年会を始めるわ。みんなグラスを持って……乾杯!」
そして、由恵さんの音頭によって憂鬱な新年会、もとい顔合わせが始まった。




