77話 大晦日~後編~
時刻は午後6時を過ぎ、そろそろ夕食の支度をし始める頃、2人はまだ帰ってこない。どうやらまだコスプレをやっているようだ。長いな……
まぁそんなことは気にせずに年越しそばを作っていくわけなんだが。
「先輩、私も手伝います。なにすればいいですか?」
「今日は大丈夫だよアンヘル。そばなら簡単に作れるし、休んでて。」
アンヘルのありがたい申し出を今回は断って、1人で作る。
ていってもただ麺を茹でて具材を乗せるだけだからめちゃくちゃ簡単なんだけどな。
ぐつぐつと煮立った鍋に麺を投入してほぐしていく。その最中、廊下が騒がしくなったことに気づく。ようやく終わったのか。
「見てください、葉月ちゃんが私の髪を編んでくれました。」
来たのは上機嫌なティタニアと、こっちもまた上機嫌な葉月だ。よほどコスプレを試せたのが嬉しいのか鼻歌交じりに帰ってきた。
ティタニアは葉月に編んでもらった髪を見せびらかすようにくるくる回ったり、感想待ちと言わんばかりに体を左右に揺らしている。
「わぁ可愛いですね姉さん。ちょっと大人っぽく見えますよ。」
「えへへ〜ありがとうアンヘル。和人くんはどうですか?今の私ならお姉ちゃんと呼べるのでは?」
「似合ってるとは思うけど姉とは呼ばないからな。」
「うぅそんな〜」
俺に姉とは呼ばれず、ティタニアはへこんでいた。まだ言ってたんだなそれ。
「和人がティタニアのこと姉なんて言わないと思うけどね。」
「そうですかね……?」
「えぇ、だってあんたすぐドジるし。どっちかって言ったら妹でしょ。」
「千華ちゃんにまで同じこと言われました〜!」
ティタニアは、さっき俺に言われたことを千華にまで言われたことがとどめになったようで、アンヘルに泣きつく。アンヘルはそんな彼女をよしよしと宥めていた。
「あれ見たらさらにそう思っちゃうわ。」
「わかってても言わない方がいいぞ。あいつへこむから。」
「そうね、言いすぎるのもよくないしやめておいた方がいいわね。あの子ドジるけど素直だし、いいとこあるもんね。」
「確かに。」
千華の言葉に葉月が同調する。
「あっそうだ、みんな揃ったことだしご飯にしよっか。」
「ご飯!」
俺の発言にいち早く反応を示したのはやはりというべきか、ティタニアだった。食いつきすごいな。
「今日は大晦日だからそばだぞ。」
「おそばですか!?私大好きです!」
さっきまでのへこみ具合はどこへやら、すっかり回復したティタニアはしっぽを振って待っていた。
俺はそんな彼女の様子を見て苦笑しながらも、今年最後の夕食を並べる。
そして、
「いただきます!ズルズル……おいひい……」
目を輝かせていたティタニアが真っ先にそばに手をつける。からの至福の顔。
「幸せそうだね。」
「だな。」
あの顔を見るとついつい和んでしまう。それはみんなも同じなようだ。
「年越しそばを食べるともう年末なんだなって改めて思っちゃうよね。あー美味し。」
「それはわかるわ。」
「千華って去年までどんな年越しそば食べてたの?」
「私はカップそば食べてたわ。親があれだしね。」
「あー確かにそれは想像できる。」
葉月は苦笑いで返す。
「でも親があれだったから和人と一緒に住めてるんだもんね。世の中わからないね。」
「まぁそうね、そこだけは感謝してるわ……そこだけは。」
「あの〜すみません、おかわりってあります?」
「早いな。おかわりはないからみかんで我慢してくれ。」
いつの間にかティタニアはそばを綺麗に完食しており、おかわりがないとわかるやいなや、みかんの入っている籠……ではなく、台所の一角に設置されているダンボールの方からみかんを大量に持ってくる。
「これで年越しの瞬間まで耐えます。」
「姉さん持ってきすぎじゃないですか?ピラミッド作れちゃってますよ。」
ティタニアの隣に座るアンヘルが驚いた表情で積まれたみかんを見る。俺からも近いのでかなり心配だ。
「それ大丈夫か?そばに落ちたりしない?」
「はい、大丈夫だと思います!」
ティタニアは元気にこの返答だが、俺の不安は払拭されなかったので、
「……早く食べちゃお。」
この結論に至った。当然である。
「私もそうしないとですね。」
アンヘルも同様にいつもより早く食べ進める。
そうして夕食は終わっていく。
夕食が終わるとあとはもうダラダラしながら年越しの瞬間を待つ。
「今年も1年色々あったね〜」
「そうですね〜私は沖縄行ったの楽しかったです。ジンベイさんも買えましたし。」
「それずっと気に入ってるよな。結構抱いてること多いし。」
「当然ですよ、だって可愛いですから!」
ジンベイさんを抱きながらドヤ顔で言うティタニア。留学生がこんな子で助かったよ、打ち解けるまでもっと時間がかかると思ってたし。なにより気兼ねなく話せるし。
「千華はもちろん和人と付き合えたことが一番の思い出だよね?」
「まぁそうだけど……急に来たわね。」
「千華がうちに来てから2人の幸せそうな顔ばっか拝んでるからね、絶対そうだろうと思って言ってみたんだよね。」
「和人もそうだよね?」といわんばかりの視線をこっちに向けてくる。もちろん俺も同じだけどね。
「アンヘルは今年の思い出ってある?」
「あっはい、私は先輩と一緒に星を見たことですね。」
「あっそうなんだ。……確か誕生日の時か。」
「ふぇっそんなことしてたの?私も見たかった。」
「むぅ……」
アンヘルの発言に千華がヤキモチ?を妬いているみたいだった。今度千華とも一緒に見ようかな。
「んじゃ最後は葉月だな。思い出は?」
「私は文化祭!あのステージは楽しかった。またやりたいよね。」
葉月の言葉に俺と千華は頷いてしまう。人前にあまり立ちたくない俺ですらも、ノータイムで楽しいと思える瞬間だったからだ。
「私もやってみたいです!次やる時は誘ってください!」
「うん、もちろんいいよ!やるとしたらボーカルになるけどね。」
あのステージに触発されたのか、かなり食い気味で話をするティタニアに、葉月も合わせる。
「そうすると何色になるかな?」
「オレンジ。」
「確かに。みかんだね。」
葉月はノートを取り出すと、ティタニア みかん と書き足した。
「あっもうすぐ紅白始まりますよ。」
「おぉいいね。見よー」
紅白を見ているとどんどん今年の時間が少なくなっていることを実感する。この番組も言ってしまえば今年の音楽の振り返りのようなものだし。
紅白は終始ティタニアがルンルン気分で見ていた。時折ジンベイさんや自分自身で踊っていて、なんというか……和んだ。
葉月はティタニアと一緒に流行曲を口ずさみ、楽しそうにしていた。
他の2人も年の暮れを楽しんでいて素直によかったと思う。
こうして、今年は終わっていく。
「それにしても凄かったわね、年越しの瞬間。」
「だな、まさか葉月とティタニアがジャンプして、年越しの瞬間地面にいなかったをやるとは思わなかったけど。」
年が明け、あとは寝るだけとなった俺たちはそれぞれ部屋に戻った。
年が開ける際、葉月とティタニアは年越しの瞬間ジャンプし、俺がその写真を撮らされたことは驚いたが。今年最初の写真がこんなんでいいのか?
「にゃーお」
「どうしたんだ、ラムレーズン。」
こちらにすり寄ってくるラムレーズンを撫でる。一緒に寝たいのかな?
「にゃ〜♥」
「なにこのバカ猫、発情期?」
「ぐるにゃー!!」
「ちょっなによ!?」
艶のある声を出したラムレーズンに千華がツッコむと、ラムレーズンが怒って彼女に飛びかかる。
その後、少しの間格闘を繰り広げ、
「こいつ一緒に寝たいんだって。寒いの嫌らしいわ。」
「あっそうなんだ。」
ラムレーズンの要求を千華が教えてくれる。お疲れ様、千華。
「それじゃあ一緒に寝ようか。」
「えっいいの?こいつ入ったら狭くなるんじゃ?」
「いいよ。じゃっ、電気消すよ。」
俺は電気を消して布団に潜り込む。その後に続くようにラムレーズンも布団に入る。
そして俺は千華に密着して、彼女を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと和人!?」
「こうすれば大丈夫だろ?狭いのには変わらないだろうけど。」
「……バカ」
呼吸をする度に千華の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。幸せがどんどん大きくなっていく。
「……やっぱりあんたの匂い嗅いでると落ち着くわね。」
「俺もだよ。千華の匂いを嗅ぐと落ち着くし、幸せになる。……ねぇ千華、愛してるよ。」
「うん、私も愛してる。……今年もよろしく。」
「うん。」
「にゃー……」
ラムレーズンの「甘ったるいな」と言いたいような声を聞いて、俺たちは眠りにつく。
新しい年が始まった。今年もたくさんの思い出ができますように……




