7話 クラスマッチの準備~後編~
その日は穏やかな晴れの休日だった。
天気予報によると梅雨明けをしたらしい。
これから暑くなっていき、夏をむかえる。
俺は朝食を終えると、スポーツウェアに着替える。
なんのために着替えているかって言ったらランニングにいくためだ。俺は体をなまらせないように定期的にランニングにいっている。それも健康に気をつけて、起きてすぐではなく一時間ほど時間をあけて。
半袖じゃ少し心もとないので上に薄いパーカーを羽織る。
「ちょっと待って!私も行く。」
いざ外に出ようとしたところで葉月に呼び止められる。
葉月はすでに着替えていて、見るからにやる気がみなぎっていた。
「急にどうしたんだ?」
いつもならこの時間帯は葉月は寝てるはずなのだが、今日に限って起きている……不思議だ。
「そりゃもちろんクラスマッチのためだよ。少し動いとかないと本番の時心配だし。」
「あ〜そういうこと。」
葉月の返答を聞き俺は納得してしまう。
「それじゃ、そろそろ行くか。」
「おおー!」
朝から元気のいい葉月と共に家を出て走り出す。
最初は少しゆっくり体をならすように走り、だんだんペースを上げていく。
「あっそうだ、和人、今日は私の行きたいコースを走ってもいい?」
走りながら葉月が聞いてくる。
「いいけど、どこ走るんだ?」
「まぁまぁ、それは走ってのお楽しみってことで。」
葉月は楽しそうに言った。
まだ序盤ということもあり、余裕な感じをみせている。
にしてもどこ行くんだろう?
俺達はいつも学校への登下校や遊びに行くときに利用している西園駅を通りすぎ、河川敷の方へと走っていく。
そして、河川敷をまっすぐ進み、道路にでたところで右に曲がり、商店街へと続く道を商店街の手前まで進み、左に曲がる。
そこからはまっすぐ行ったり、右や左に曲がったりと複雑な道を行ったりしたがやがて、ある場所にたどり着く。
そこは、運動公園だった。ここの運動公園はかなり広く、サッカーコートや野球場の他にウォーキングコースや大きな池がある場所だった。
葉月は俺を連れて、運動公園のある場所にやって来た。
そこはフェンスに囲まれたバスケットコートだった。そう、皆さんご存知ストバスのコートに俺達は来ていた。
現在、近くの自販機で買ったスポーツ飲料をベンチで飲んで休憩中であった。
「ごめんね?飲み物奢って貰っちゃって。」
「気にすんなよ、お前財布忘れたんだし。」
葉月は“ぐっ”と苦い顔になる。彼女は財布を忘れて奢られたのを強く気にしているようだ。
葉月ってこういうことで奢られるのは嫌みたいなんだよな。
「てかこんなところまで走ってきて何するつもりなんだ?」
とりあえず話題を変えようと、今まであった疑問を投げ掛けてみる。
「あ~その事?何するってちょっとここで待ち合わせしてるんだ。」
「待ち合わせって誰とだ?」
「ふふん、これを聞いたら和人はきっと驚くよ。なんと!その人とは……」
葉月はいかにも得意気に話す。彼女のアホ毛は風のせいなのか、ぴょこんぴょこんと揺れていた。なんか面白いな、愛嬌が増す感じがする。
葉月が待ち合わせの人物について言及しようとしたときだった、
「あっいた、お待たせ~~。」
どこか聞き覚えのある明るい女性の声が響く。
なんか声だけで誰かわかってしまった。
「お姉ちゃん!久しぶり~!!」
「久しぶり葉月、あと和人も。」
「久しぶりです、千歳さん。相変わらず元気みたいですね。」
葉月からお姉ちゃんと呼ばれたこの人物は、藤崎千歳さん。俺達の二つ年上の先輩だ。黒髪で葉月より少し身長が高く、活発な感じの美少女だ。葉月は千歳さんをお姉ちゃんと呼んでいるが、二人はもちろん姉妹なんかではなく、ちょっと謎だった。葉月いわく、「千歳さんってお姉ちゃんみたいな感じがするからそう呼んでいる」らしい。
千歳さんはスポーツウェアを着てきているが、パーカーと帽子を着用し、肩掛けのバック等を使い、一気にオシャレなコーデに仕上がっていた。小さいところにも気を遣ってるんだろうな~と思った。
「ということで、今日は久しぶりにお姉ちゃんと遊ぶためにこっちに来ました~イエーイ。」
葉月はテンションを高くして言う。こいつ自身、千歳さんに久しぶりに会えるのが嬉しいんだろうな。
「よしっ早速勝負しようか葉月。」
千歳さんはそう言うと、腕に抱えていたバスケットボールを指に乗せて回し始める。
「よーし、今日は負けないからね。」
こうして千歳さんと葉月のバスケ勝負が始まる。
俺は荷物の番をしながら二人の様子を眺める。どちらも運動神経抜群なのですごい見ごたえがある。今なんて葉月が一気になかに切り込んでからダブルクラッチをしてるし。
「葉月すごいね!それじゃあ私も……」
千歳さんも負けじと華麗なドリブルでボールをとらせないようにしつつ、葉月と距離ができると横にとんだ。体は横に流れつつもシュートフォームは恐ろしく綺麗で、打った瞬間入るのがわかる。
いやすごいな千歳さん。
「おぉーお姉ちゃんすごい……。」
葉月も感嘆の声を漏らす。
てかこの二人、やってることがすごいんだが。
二人は軽くやってるようだが、同年代のほとんどの女子には無理な動きだった。
ほんとにすごくて見ていて飽きない。ずっと見てられる気がする。
俺はしばらく二人の1on1をじっと眺めていた。
「いやー楽しかったね~。」
あっという間に時間はすぎ、現在ちょうどお昼だ。お腹すいた。
「うん!最高だった!またやろうね。」
葉月はまだ少し興奮ぎみで言った。
「これからどうしようか?どこか食べに行く?それとも解散する?」
「うぇーそれはつまんない!もっとお姉ちゃんと一緒にいたい!……そうだ!!家でご飯食べようよ!」
お昼をどうしようか相談していると葉月が笑顔で提案してくる。その笑顔はとても無邪気で見ていると自然に気持ちが安らぐ感じがする。
「おぉいいね。和人の家にお邪魔しちゃおうかな~?和人は大丈夫?」
千歳さんは悪戯っぽい笑みをうかべて俺に問いかける。
「問題ないですよ。」
別に断る理由はないし、歯切れよく返事をする。
その瞬間葉月の顔はパァーっと明るくなり、千歳さんは小さくガッツポーズをする。もしかして千歳さん、うちのお昼ご飯すごく食べたかったのかな?
そう考えた後、苦笑いをする。まさかな……。多分うちでなんかやりたいんだろうな。
「よしっ!早速移動しよー!」
楽しそうな千歳さんの声と共に、俺達は歩き始めた。
「お腹空いたからはやく帰るよ!」ダッ
……訂正、千歳さんが走ったのでその後を追うように走り始めました。
「やっほい!和人の家だー。」
運動公園から走ること約15分、途中で千歳さんがガチダッシュしたり妨害してきたことはさておき、ようやく家に着いた。
「おじゃましまーす。」
千歳さんは家の中に入ると、居間の座布団の上にうつ伏せに寝転がった。
「やばい、和人のとこの居間すごい落ち着く。」
そんなことを言いながら足をバタバタさせる。
俺はそんな千歳さんを横目で時折見ながらお昼ご飯を決める。何がいいかな?卵あるし豚肉あるしタマネギあるしご飯炊けるし………、
「あのっお昼カツ丼でいいですか?」
「もちろんいいよ~。」
「私も大丈夫だよ。」
そうと決まれば早速カツ丼作りを開始する。まずはカツからだな。
「そういえばお姉ちゃん、大学はどんな感じなの?」
「そうだね~なんていうか高校と比べてすごいゆるい感じかな?時間に関して少しルーズな感じ。でも、油断してると単位取り逃しちゃうからそこは注意しないと。」
ご飯ができるまで暇なのか、葉月が千歳さんと話していた。
「はえー楽しそう。あと、サークル活動は?どんな感じ?」
「楽しいよ。自分の好きなことについてやれたり、同じサークルに入ってる人とはわりと趣味なんかは合うし。」
「ふむふむ。」
「今度は私からいい?そっちでは最近どんなことやってるの?」
「えっとね~、最近は風紀委員長とお話ししたり、和人が理事長によばれたり、クラスマッチの準備したりしてるよ。」
「おぉ~なんかすごいね。和人なんかやらかした?」
「いや、なにもやってませんよ。」
不思議そうな顔をして聞いてきた千歳さんにそう返す。確かに理事長によばれることなんて普通考えてないことだけども。
「それにしてもクラスマッチか~楽しそうだね。」
「今年は特に楽しいと思うよ。だって和人が本気でやってくれるみたいだし。」
「まてまて!俺はそんなこと一言も言ってないぞ!」
俺が強く否定すると、葉月は「冗談だよ」と言ってクスッと笑う。こいつ、人の反応見て楽しんでやがる。葉月の分のご飯だけ少し減らしてやろうかな。
「でも和人の本気、私はみたいな。」
「私も見た~い。」
「いやあのっ千歳さんまでなんで賛同してるんですか?」
「だって単純に興味あるし。」
千歳さんは笑顔でそう言う。
「和人は本気出せばきっとスポーツ上手いと思うんだけどなー。運動できるんだし。」
「とは言ってもな……俺は大体のスポーツはルールは知ってるけどやったことないんだぞ。そんな俺はなんにもできないよ。」
ご飯を作る手を素早く動かしながら言う。
そうなのだ、俺はスポーツ経験が全くない。やったことがあるスポーツといっても、去年から今年にかけての授業でやった野球やサッカー、卓球、バスケをそれぞれ5~10回程度だ。
お荷物になる予感しかしない。
「まぁ、当日はおもいっきりやってみたら?別に和人が変なことしない限り笑わないし。」
「そうそう。もしかしたら大活躍するかもだし。」
「そうは言ってもな……。」
「和人が活躍したらなんか奢るし。紙パックのジュースとか。」
「物で釣ろうとしてないか?」
「…まさか。」
そう言う葉月の目は少しおよいでいた。おい幼なじみ……。
やがて、お昼ご飯を作ると、みんな一心不乱に食べ進める。どんだけお腹空いてたんだ……。
「美味しい~やっぱり和人の作るご飯はいいわ~。これを毎日食べてる葉月が羨ましい。」
「でしょ~。和人と一緒だと、毎日美味しいご飯食べられるし栄養バランス考えてくれるからほんとにありがたいんだよね。」
「ねぇ和人、あんた私の弟やめて夫になって。」
急にそんなことを真顔で言われたので、俺は思わず吹いてしまい、むせる。
「急になに言ってるんですか!?」
「いやだってご飯美味しいし?性格面もいいと思うし、良物件だと思って。」
「それは私も思った。」
「なんで葉月まで同じこと思ってんの!?」
千歳さんは葉月と視線を合わせると、両手でハイタッチをして、
「ナカーマ。」
と言った。
千歳さんと葉月はどちらも笑顔だ。
「いやとにかく、俺は千歳さんの夫になる気はないですからね。」
「それは初めから知ってたから大丈夫。いいと思うのは本当だけど、夫になっては冗談だし。」
「でしょうね。」
千歳さんは悪戯っぽく笑って言う。この人元々からかい癖があるし、冗談だろうとは薄々思ってはいたが当たりのようだ。
そこからはある程度談笑しながらカツ丼を食べる。友人についての話題やファッションに関する話題などを二人が中心となって話していく。
そして、ご飯を食べ終わると後片付けをし、一段落着いたところで座布団に座っていた千歳さんが、
「そういえば和人、あんたなんか顔つき変わったよね?」
そんなことを口走る。
「はえ?そうなのお姉ちゃん?」
「うん、なんかちょっっとだけ前より人間味増してる気がする。」
「そう?私にはいつもと同じに見えるよ?」
「なんか最近大きな出来事あった?」
「はぁ……?」
千歳さんの指摘に思わずハテナマークを頭上に出しながら首をかしげる。自分でも全く気付かなかった……ちょっと変わったのかな?
「うーん、最近で言えば和人が理事長と話したことかな。」
「あーあの和人がやらかしたやつ?」
「いや、やらかしてないですからね。」
「その時どんなことがあったの?」
「えっとそれなら___」
俺は前に天夜さんと話したことを自分の父親に関する詳細な情報を伏せて話す。あんまり父さんのことは知られたくないし。
そして、俺が話終えると千歳さんは「ふむふむ…」と小さく頷いて考え込む。なんか……これだけ真剣な千歳さんは初めて見るかもしれない。
「なるほどね……つまりはその理事長さんはあんたらの事を全力でバックアップするから、やりたいことや進路について気軽に相談してくれということであってる?」
「はい、大体あってます。」
「なんかすごい話だね。……でも納得した。」
「何がですか?」
「和人が理事長さんと話したお陰で少しずつ変わってきてるってこと。」
千歳さんは穏やかな笑みで言った。
「……そんな変わってきてますかね……俺って……。」
「変わってるよ。前まではなんていうか自分じゃない誰かになろうとしてたって感じだけど、今はちゃんと将来なりたい自分を決めてそれに向かって努力しようとしてる。」
「あっ……」
「もうちょい具体的に言うならさ、前はあんたは晴哉そのものになろうとしてたって感じだった。」
千歳さんの口からその人物の名前があがったとき、俺はハッとする。
確かに、俺はあの時、あの人に憧れて、あんな風に生きてみたいと思った。
だが、いつの間にかあの人そのものになろうとしていたみたいだ。
「和人の人生は誰のものでもなく、あんたのものなんだからそれでいいんだよ。人の人生を参考にしながらも自分にしか進めないみちを進めばいいんだからね。」
千歳さんはそう言って花のような笑顔を俺にむけてくる。
「まぁこれで前からあった私のなかのモヤモヤも消えたからよかったよ。」
「すいません、迷惑かけちゃいましたね。」
「私の可愛い弟の為だし問題なし!」
「あはは……」
苦笑いをしながらも、俺は心のなかで千歳さんについて思う。そういえばこんな人だったな。基本はからかい癖があって元気で、周りをふりまわしちゃうところもあるけど……こんだけ温かい人なんだよな……。
「てかよくわかりましたよね。俺が少し変わったこと。」
「ふふん、そりゃそうでしょう。こんな変化も気づけなきゃ、あんたらの姉なんて名乗れないしね。」
千歳さんはウインクして言う。
「そういえばさ、もう一つ気になることがあるんだけど。」
「?、なんですか?」
「いやさ、あんたらいつ付き合うの?」
千歳さんの爆弾発言を聞いた瞬間、俺と葉月は同時に吹いてしまう。
「ちょっ、なんでそうなるんですか!?」
「そうだよ!なんで私が和人と付き合う話になってるの!?」
「え~私はお似合いだと思うけどな~。二人とも仲良いし。」
「「だからってそれはないでしょ!!」」
「うおっ……シンクロ……」
この人急にもとの調子に戻ってからかうのがなければもっといいんだけどね。
「てか和人は好きな人いるし!」
「おい待て葉月!今俺に好きな人はいないんだけど!」
「「うえっ、マジで!?」」
「なんで二人揃ってんだよ……」
もう頭痛くなってきたかもしれない。
「いや待って、好きな人はいないけど気になる人はいるっていうのは?」
「それだー!!」
「いやそれだじゃねぇ!」
「それじゃあ和人は気になる人いないの?」
「いやそれはだな……」
葉月からの質問に口ごもる。
あれ?なんでここでいないって即答できないんだろう?
すぐさま答えられない俺を見て、千歳さんはニヤリと笑い、
「その反応はいるってことだな、お姉ちゃんに教えなさい和人!」
そう言って俺にひっついてくる。
「ちょっ、なんでひっつくんですか!?」
「教えてほしいから。」
「教えませんよ!」
「加勢するよお姉ちゃん!」
「葉月まで来るんじゃねー!」
最終的に葉月まで来て、俺は頬を引っ張られたり、擽られたりして、まぁ……なんていうかボコボコにされた。
こういうドタバタな日常は楽しいと思うけど、こんな感じのが毎日は流石に勘弁と思った。体がもたなそう。




