43話 勧誘
修学旅行も目前に控えたある日、俺は生徒会室に呼び出される。
俺としてはなにも問題を起こしていないはずなのだが、なぜか呼ばれた。俺なんかしたっけな……?
「失礼します。」
そう言ってから生徒会室内に入る。
そこには会長だけしかいなかった。今、会長はなにかの書類に目を通しているところだった。
会長の湊さんは俺を見るなり書類を机に置き、こちらを凝視する。
「よく来たな柊、今日はお前に話があってここまで来てもらった。」
「はい、そうみたいですね。」
俺はかなり緊張してしまう。今この場には俺と会長しかいないからだ。
この人、久木野瀬先輩と似た威圧感があるんだよな。
「それで、話ってなんですか?」
「あぁ、それはだな……率直に言えば生徒会への勧誘だ。次の役員選挙に立候補しないか柊?」
会長の口から出たのは生徒会への誘いだった。
「いえ、そういうのは遠慮しておきます。」
俺は生徒会には興味ないのですぐさま断る。
「即答だなお前は。やはり興味ないか。」
「まぁ、そうなんですけど……どうして俺なんですか?他に適任がいそうですけど。」
「理由としては単純だ、お前が生徒会にふさわしいと思ったから、それだけだ。」
会長は表情を変えることなく話す。
俺って会長とそんなに接点ないはずなんだけどな……どこを見てそう思ったんだろ。
「疑問の目だな。自分のどこがふさわしいのかわからないってところか。」
「正直わかりません。生徒会って俺が入れるようなところじゃない気がするので。」
「そんなことはない。お前はあの問題児たちの部活で抑止力として働いてるんだ、自分で思ってるより優秀だ。」
「それに、」と会長が続ける。
「お前は周りがちゃんと見えてるから、サブリーダーには向いてると思うぞ。」
「……ちょっと過大評価しすぎだと思うんですけど。」
なぜか会長からいい評価を受けていたことに驚きを隠せない。ちょっと戸惑っちゃうな。
「まぁ、俺は柊のことを高く評価しているんだ、そこまで自分を低くみなくていい。それより、選挙に出てくれると助かるのだがな。」
「いやいや、俺には無理ですって。」
「やはり断られるか。それなら他にあたろう。」
会長は机の上にある書類に目を通す。おそらく候補の生徒がチェックされているのだろう。
「もしかして何枠か足りないんですか?」
「まぁそんなところだ。どうしても副会長の枠が1つ足りなくてな。」
「そうなんですね。」
「今年はなぜか副会長をやりたがる奴が中々いなくてな、少々困っている。」
「だから俺や他の人を誘ってるってわけですか。」
会長自ら動いてるなんて驚くな。そういうのって先生が動くもんだと思ってた。
「会長と副会長はやはり他のメンバーより信頼できる奴にやってほしいからな。」
頬杖をつきながら書類を睨みつける会長。この人は学校と生徒のことを第一に考えている、そんな当たり前のことを改めて実感する。
それと同時に、なにか別の感情も動いているんじゃ?っと思ってしまう。
「あの会長、間違ってたら申し訳ないんですけど、もしかして前会長となにかあったんですか?」
「……どうしてそう思った?」
「特に理由はないです。なんとなくってやつです。」
会長は俺をまっすぐに見据え、動かない。
そこから数十秒、会長はなにかに負けたように目を閉じ、息を吐く。
「柊、お前の勘は当たっている。確かに俺は前会長から頼まれ事をされた。去年の役職の引き継ぎの時にな。」
あっ、当たってたんだ。
「その時頼まれてな……次の会長としてこの学園を、生徒を導いてほしいって。」
会長は缶コーヒーを開けてぐびっと飲む。
「だから俺はその言葉に従うように生徒と学園のために尽くした。あの人を追うようにしてな。」
「なるほど……確かに会長の働きぶりはすごかったと思いますよ。それこそ前会長と遜色ないくらいに。」
「馬鹿を言うな、俺は前会長を、耀音さんを超えたことなんて1度もない。あの人はとんでもなく遠い存在だからな。」
俺の言葉に、会長は冷静な言葉を返す。
「会長を超えていたなら俺に物足りないという言葉は集まらない。それがなによりの証拠だ。」
「まぁ、確かに前会長は優秀でしたからね。色々な状況を想定してあらかじめ先手を打ってたり、要所での指示が早くて的確だったり、人望もカリスマ性もありましたからね。」
「あぁ、それでいてとても魅力的な人だ。あの人に出会えてよかったと思う。」
会長はどこか懐かしむような目をしながら缶コーヒーに口をつける。
「あの、1つ聞きたいんですけど、やっぱり会長は前会長のこと好きなんですか?」
「……」
俺の言葉を聞いた途端コーヒーを吹き出す……ことはせず、缶コーヒーに口をつけたままジト目でこちらを見る。
「柊、お前までそんなことを言うのか。」
「えっと……すみません、つい気になってしまって。」
「あの噂の影響か?」
「噂の影響っていうか、さっき会長が前会長のことを話してた時に気になっちゃったんですよね。」
「はぁ……なんでだ?」
「だって……その時の会長はどこか嬉しそうな顔をしてましたから。」
俺は口元に笑みを浮かべながら会長にそう話す。
そうだ、いつもは冷静な会長が、さっきのあの瞬間はまるで愛おしい相手を思うかのように笑っていたからだ。
「だからといって聞くことはないだろ。会長は前会長のことが好き、そんな噂がたってからはそのことをよく聞かれるからうんざりしてるんだが。」
「うっ……すみません。」
「まったく、噂の出処はどこなんだろうな。俺は迷惑してるんだがな。」
「えーっと、それ多分葉月だと思います。確かその噂がたつ前に言ってたことがあったんですよね、会長は絶対前会長のこと好きだよ!って。多分それが誰かに聞かれて広まったんじゃないかな〜っと。」
「緋色か……あいつとあとで話さないとな。今まで起こした問題含めて色々と言っておかなければいけないこともあるしな。」
会長は見るからに怒っていた。怒りマークが出そうなほど顔を強ばらせ、握っている右手は力の入れすぎかプルプル震えていた。
葉月……ご愁傷さま。近々長い説教があるぞ。
「それはそうと柊、お前にも言っておかなければならないことがあるんだがな。」
「なんでしょうか。」
「お前はもう恋人がいるのに他の異性とあそこまで距離感近くていいのか?相手もいい思いをしないだろ。」
「あっ、えっと……すみません。」
反論の余地もないので謝ることしかできない。
確かに葉月やティタニア、冬なんかと距離感近かったかもしれない。千華は言わないだけで不満持ってるかもしれないな……ちゃんと話してみよう。
「まぁそれについては当人どうしで話し合え。とりあえず話は以上だ。」
「はい、ありがとうございました。」
俺は会長に一礼してから生徒会室を出る。
さて、部室に行かないとな。
足早に廊下を歩き始める。
今の時間、この階の廊下には俺以外の姿はなく、夕日に照らされた少し眩しい廊下を1人で歩く。
ここは静かだ。聞こえてくる音は遠くからのものしかない。
吹奏楽部の演奏の切れはしや運動部の声、あとは、自分の呼吸音と歩く音しか聞こえない。
ふと窓の外を見ると、夕日に照らされたグラウンドで野球部やサッカー部が練習に励んでいた。
「もう、選挙なんだな。」
俺は誰へともなく呟く。あの会長はもうすぐ引退してしまう。
そこからは早く、すぐ卒業してしまう。無論、他の3年生の先輩方もだ。
「なんか、早かったな。この8ヶ月間。」
思えば去年の月日の流れよりずっと早かった。1年生が入部して、久木野瀬先輩と知り合って、新しい友達ができて……今考えるべきではないのに考えてしまう。
この夕日と人気の無さのせいだろうか。
「……なに考えてんだろ俺。」
ブンブンと頭を横に振り、この辛気臭い空気を払拭する。
今考えるべきは会長や久木野瀬先輩はもちろん、葉月たちとどんな思い出を作りたいかだ。
「まずは、もうすぐおとずれる修学旅行を楽しまなきゃな。千華と自由時間に散策する約束だってしてるわけだし。」
こうして頭の中を切り替えていく。
「先輩2人に対してはあとで葉月と相談してやること決めよ。あいつの事だからノリノリで食いついてくれるはず。」
やがて、部室の前まで来る。
俺は一度、深呼吸をはさんでから部室の扉を開ける。
「お疲れー」
俺はいつもと変わらぬ様子で部室に入り、みんなと話す。
千華が隣に来て、葉月やティタニア、花火、秋穂がお菓子を食べながらテンション高めで話している。
睦月と冬は、俺たちと世間話に花が咲く。
こういう何気ない日常が楽しくて貴重なんだなって思えた今日の日であった。




