37話 文化祭1日目
今日、明日のために忙しい日々を過ごす。クラスでも家でも、それぞれこの行事のために時間を費やした。
中学校ではこの行事の思い出はないが、高校ではきっといい思い出ができるだろう予感がした。
朝の教室には、いつもと違った空気が漂っていた。一人一人がこれから始まることへの期待を胸に、落ち着かない様子で過ごしていた。
この光景を見ると、「いよいよ文化祭が始まるんだなぁ」っと思ってしまう。
「おはよう、いよいよ今日だな。」
「おはよう。あぁ、そうだな。まぁ、僕にとっては別にどうでもいい行事だがな。」
俺は教室に入ると、三宅と話す。三宅は勉強以外に興味はないのか、文化祭には無関心だった。
「柊はステージ発表にでるそうだな。」
「あぁ、葉月に頼まれてな。今日は結構緊張してるよ。」
「そうだろうな。まぁ、応援してるよ。」
三宅からそう言われる。人から応援されるのは嬉しいものだ。
柏崎学園の文化祭は、2日間行われる。1日目は学校のみで行われ、外部の人は参加できない。外部の人が参加できるのは2日目だ。
また、ステージ発表は1日目、2日目ともにあるが、俺たちのグループは1日目しかやらない。理由としては、葉月曰く「2日目もやると校内を回る時間がなくなるから」らしい。
俺たちは朝のホームルームが終わると、すぐさま体育館に移動する。
体育館は全校生徒が集まっており、文化祭前のせいか騒がしかった。
だが、司会の生徒が話し出すと、しんっと静まり返る。そのままスムーズに開会式が進行し、諸注意、実行委員長の言葉と進んでいき、いよいよステージ発表へとうつる。
最初は吹奏楽部による演奏だ。吹奏楽部は最近流行った曲や鉄板曲を3曲演奏して、会場を盛り上げた。
そこから、合唱部の合唱や演劇部のロミオとジュリエットなど、文化部の発表が続く。みんなのボルテージが少しずつ上がっていくなか、ついに有志団体の発表にうつる。
まず先陣をきるのは野球部、ギャグを交えた演劇を披露していく。次にきたのは柔道部、ダンスを披露する。
そのあとは、1年生グループののキレキレダンス、3年生の女子2名の歌、2年生の男子数名によるラップからのダンス……etc、と楽しい発表が次々にでてくる。
そして、3年生の女子1名のピアノ演奏がきたとき、俺たちは準備のために体育館の裏側に移動する。
「いよいよだね。緊張するけど楽しみー。」
「私は緊張しかないわ。なんであんなに人いるのよ。」
「全校生徒集まってるから、しょうがないよ。」
「私上手くできるかしら。」
3人娘はそんな会話をしている。千華はとても緊張している様子だった。葉月はワクワク顔で、冬は表情からは緊張は読みとれなかった。
「大丈夫、いつも通りやればいいんだよ。」
緊張した様子の千華に笑いかける。
「まぁ、そうね。」
千華はいつもの調子に戻ったようだ。これなら大丈夫そうだ。
いい忘れていたが、俺ら全員すでに衣装に着替えていた。女子はクールなドレス系で男子は貴族を彷彿とさせるような衣装だった。衣装の一部にメンバーカラーをいれており、個性が出ている気がする。
ちなみに、この衣装は葉月が全部作ってくれた。「このぐらい余裕」と言いながら5着を1ヶ月程度で作ってしまう幼なじみに、これほど驚愕を感じ、称賛をおくりたくなったのは今回が初めてだろう。
「それにしても、この衣装一番似あってるの千華だよね。クールな感じがさらに引き立ってるし。」
「あーわかる。すっごい似合ってる。」
「まぁ……ありがと。」
照れている千華を見ると和む。やっぱりこの子可愛い。そう思ってたら睨まれた。
「葉月先輩、そろそろ出番みたいです。」
「おっけ、みんな準備はいいね?」
睦月の言葉によって葉月がみんなに確認をとる。葉月が全員の顔を見渡す。それが終わると、葉月は笑顔になる。
「よしっ、それじゃあ『fruit cats』出陣だよ。頑張ろー」
「「おおー!」」
葉月の言葉にみんなでこたえる。このすぐあとに俺らの出番がやってきた。
(うわわ……いよいよ和人くんたちの番か。なんか私まで緊張してきちゃった。)
私は今は空いている葉月ちゃんの席の隣でみんなの発表を見ていた。
(それにしても和人くんたち、楽しそうだったな……)
私は今までの和人くんたちの練習風景を思い出す。どんなときもみんな楽しそうで、一生懸命だった。
私も参加すればよかったと今さら後悔してしまう。
(でも、私にあんなこと難しそうだったしな……)
私は要所でやらかしてしまうので、葉月ちゃんのバンドに参加するのは難しいと思ってしまった。
でも、今はたくさんドジしても葉月ちゃんのバンドに参加したいと思っている。
……そうだ、次やる機会があったら私も参加させてもらおう。葉月ちゃんたちなら絶対受け入れてくれるはず。
私はそんな決意をしながら降りている幕を見つめる。
「それでは次が最後です!とりをつとめるのはこのグループ、『fruit cats』!!」
その瞬間、幕があがり大きな歓声があがる。私は食い入るように幕から出てくる和人くんたちを見ていた。
「__『fruit cats』!!」
司会の生徒の声とともに幕があがる。そして、暗かったステージにスポットライトがあたる。
「みんな盛り上がってますかー!!」
葉月がそう言うと、その場の全員が歓声をあげる。
「ありがとうございます!それでは、まずはメンバー紹介からいきたいと思います。」
あっ、やっぱりやるんだ。1週間前ぐらいからやるって言ってたし。
「まずは私から、ギター担当でフレッシュなりんごの赤を担当してます、緋色葉月です!」
葉月の言葉に観客(主に葉月派の人)は沸き立つ。見ると、観客席にはかなりの数の赤いケミカルライトが灯っていた。ケミカルライトまで準備してたんだな。
「次にボーカル担当、レモンの酸っぱさはクールさの証、時折見せる甘さは優しさの証、黄色担当、雪原千華!」
「よろしくお願いします。」
千華が微笑してそう言うと、多数の黄色のライトとともに大きな歓声があがる。
「次にキーボード担当、その身から溢れる高潔さとルックスの高さは貴族と称すには充分、まさにメロン!緑担当、夢宮冬!」
葉月の言葉のあとにペコッとお辞儀をする冬。緑の光が体育館を彩る。
「次はベース担当、最近じわじわと人気が出てます、その心は海のように広く、見ていると落ち着く青色のよう、ブルーベリーの青担当、柊和人!」
葉月からの紹介を受けると、無難にお辞儀をしておく。そんな俺を少しの歓声と拍手、青のライトがむかえる。見たところ20程度のケミカルライトが灯っていることがわかる。
葉月たちと比べると俺の大敗だということはすぐにわかる。
「最後にドラム担当、グレープの中にある種のように表面だけじゃその内面まではわからないミステリアスな人物、紫担当、成宮睦月!」
睦月はドラムを軽く演奏してこたえる。その時、女子(おそらく1年生)から黄色い声があがり、紫のライトが点灯する。その数は葉月たちより少ないが、俺よりは確実に多かった。やっぱり睦月も人気だ。
ちなみに、睦月の色が紫に変わった理由だが、「黒だとこの衣装にイメージカラーつけられないんだけど。というか、周りが黒だからつけても目立つことないし。」という葉月の意見と、「やっぱり黒イチジクはおかしい、睦月のイメージは黒だけど今回は紫にしてグレープにした方がいい。なんか毒々しいし」という意見が出たためである。
「さあ、これから2曲続けて演奏します。是非楽しんでください!!」
葉月がそう言うと、大きな歓声があがる、と同時にケミカルライトも全色点灯する。
俺たちは演奏に意識を向けて構える。睦月のドラムでリズムをとってからスタートする。
1曲目の『道標』が始まる。俺たちが一番練習した曲だ。練習スタジオで練習する前は音が合わないことが多々あった。でも、今では呼吸するように合わせられる。
曲がサビに向かっていくにつれて、生徒たちのライトと特製うちわの振りの激しさが大きくなっていく。
そして、サビのアップテンポに入るとかけ声が聞こえてくるようになった。この場の熱量は真夏のようだった。
凄まじい熱量の中、俺たちは演奏を続ける。
曲も佳境に入り、ラストスパートをむかえると、生徒たちから歓声があがる。最後のひと押しでかなり盛り上がる。
そして、そのまま1曲目は終了した。まだ生徒が興奮冷めやらぬ状態の中、2曲目に入る。
『道標』とうって変わって『翡翠蘭』はゆったりとした曲なので、生徒たちの動きは穏やかになる。手に持っているライトをゆっくりと左右に振っていた。
千華の歌声は変わらず綺麗で、思わずうっとりと聞き入ってしまうほどだった。
また、葉月とのデュエット部分では、2人の声が上手く混ざりあって調和していた。聞いていて、すぐさま心地よいと感じてしまった。
演奏者である俺たちと、観客である生徒たちとが一体となって作り出したこの空間は、さながら本物のアイドルのライブ会場だった。
また、先生たち数名もノリノリでライトを振っていた。江川先生は特に目立っていた。
そして__
「お疲れー!!」
放課後、俺たちは部室で今日のことについて振り返っていた。メンバーみんなやりきった顔でハイタッチや労いの言葉をかけていた。
結果からいえば大成功だった。先生も生徒も盛り上がって、3人娘の派閥の人間は最終的に泣いていた。泣きながら『俺、自分の推しがもっと好きになったよ』や『千華ちゃんはやっぱり天使だった』、『一生懸命キーボード弾いてる冬ちゃん可愛い』など様々な言葉を言っているのを耳にした。
これは偶然耳にした話だが、各派閥と写真部、漫画研究部などが連携して密かに『fruit cats』のグッズを作るとか作らないとか。たった一回やっただけなのにグッズって……影響力高すぎだろ。
俺が教室に戻ると、クラスのみんなや五十嵐先生のほか、2年生の先生から次々に「お疲れ様」という言葉をうけていた。こういう言葉はとても嬉しく、やってよかったと心の底から思う。
「いやーそれにしてもよかったね。大成功だったよ!」
「上手くいってひと安心だわ。」
千華はホッと安堵の息を吐く。
「千華の声とっても綺麗だったよ。」
「冬だってキーボードの音色がとってもよかったわ。透き通ってる感じだった。」
「先輩お疲れ様です。どうにか終わりましたね。」
「あぁ、しっかり成功させれてひと安心だ。」
「はいはい、ちょっといい?」
俺たちがライブ成功の余韻に浸っていると、葉月が「パンパン」と手を叩いて話す。
「当初の予定では2日目はやらないことになってたんだけど、実行委員会の方から頼まれちゃったんだよね。みんな明日できそう?」
葉月がそう話す。あれはかなりの人気だったし頼まれるのも無理ないか。
「もちろん無理なら断っておくから、無理しなくていいよ。」
「俺はいいよ。明日は千華と一緒にいることとカフェやる以外にやることないし。」
「それなら私もいいわよ。どうせ明日は和人と一緒にいる予定だし。こいつがやるんだったらやるわ。」
「俺も大丈夫ですよ。やることないんで。」
「私もやる。みんなとライブするの楽しいし。」
仕方ない様子、気楽な様子、楽しみな様子、気持ちは違えど明日急遽ライブをすることについて、みんな快諾した。
「みんなありがとう。早速明日の時間を教えとくね。明日は一般客が帰るまじかのフィナーレに屋外ステージでやるからね、集合は大体14時10分にお願い。」
「はいよ、わかった。」
「それから__」
夕暮れの光が射すPSY部の部室、そこでは明日の予定を確認する俺たち『fruit cats』の姿があった。




