33話 個性的な先輩
バンドを組んでからというもの、俺は毎日ベースの練習をしていた。
やっぱり、ベースにさわるのは初めてなのでコードやスタイルを覚えるのに一苦労したりする。
でも、今では少しずつ覚えてきて、簡単な曲ならスラスラというわけではないが弾けるようになった。
バンドにおいてベースは一番大事と言われているらしく、みそ汁でいうダシと同じ役割のようだ。
そして週末、今日は1日暇なのでベースの練習をたくさんできそうだ。
「おはよう、あんた今日も練習するの?」
俺よりも少し遅く起きてきた千華は寝巻き姿で問いかける。
「まあな。まだ全然できてないし、今日明日で簡単な曲はスラスラ弾けるようになりたいしな。」
「そう……まぁ、頑張りなさい。」
「ありがとな。朝ごはんもうすぐできるぞ。」
優しい言葉をかけてくれる千華にお礼を言う。彼女との間に柔らかな空気が流れた……
「ごはんの匂いがしました!なので起きました、おはようございます!」
のも数秒でくだけた。ティタニアが勢いよく居間にやって来たためだ。
「ティタニア、あんた鼻いいわね。」
「もちろんです、私が美味しそうな匂いを逃すはずがありませんから。」
ふふんと胸を張るティタニア。こいつ食べ物のことになると嗅覚鋭くなるのなんなの?
「おはようございます。」
「おっはようみんな。」
ティタニアを皮切りに次々と起きてくる。
程なくして朝食をみんなで食べ始める。ティタニアがごはんを食べ過ぎるぐらいの事しか起きず、今日も平和だ。うん、いつも通り。
後片付けと洗い物を終えると、自室に戻ってベースの練習をする。うちは幸い敷地が広いので、ベースやギターによる騒音トラブルは起きない。
「そういえば、葉月ってギターまだ借りてないわよね?どうするのかしら。」
俺の背中にもたれ掛かって読書をしていた千華が、ふと疑問に思ったのかそんなことを言う。
「あー葉月が言うには今日借りるらしいぞ。ギターを持ってる知り合いがうちに来るんだって。」
「そうなんだ。やっぱり葉月って顔広いのね。」
千華は疑問が晴れたのか、再び読書に集中する。俺も集中しないとな。
俺と千華の息づかいとベースの音が支配する空間、それは変な息苦しさはなく、自然と落ち着ける、そんな空間だった。
その空間が小一時間ほど続いたとき、突如としてそれはやって来た。
ピーンポーン、インターホンがなる。おっとお客さんかな?と思って出ようと立ち上がると、「はいはーい」と葉月の陽気な声が聞こえる。どうやら葉月の知り合いのようだ。
安心して練習に戻ろうとした瞬間、玄関から騒ぎ声が聞こえる。それも、聞き覚えのある声だった。
まさか、と思って玄関に向かうとそこには俺もよく知る人がいた。
「よっ和人、梅雨以来だね。」
「千歳さん!」
相変わらず元気そうな千歳さんが玄関にはいた。ギターを背負って。
「なんでこんな時間に来なきゃいけないのよ……私もっと寝てたかったんだけど。」
千歳さんの隣で呻く女性は、腰まであるダークブラウンの髪を乱雑に結び、眼鏡をかけている。気だるそうな顔で少し顔色が悪いが、千歳さんに負けないくらいの綺麗な人だ。この人も知っている人だ、会うのは久しぶりだけど。
「久しぶりです楓さん。元気……なんですかね?」
今にも死にそうなこの人の名前は雛菊楓、名字にも名前にも花の名前がついているが、そこは気にしない方向で。
楓さんは千歳さんの幼なじみで、千歳さんが言うには「ひきこもりだけど天才」らしい。
「久しぶり和人。千歳に無理やり連れてこられたわ。」
「だってヒッキーも一緒の方が楽しいだろうし。しょうがないよね。」
「だからって布団を無理やり剥いで、セクハラまがいなことする普通?」
「だって普通にやってもヒッキー抵抗して起きないし。あと私が純粋に触りたかった。」
「あんたね……」
楓さんは千歳さんをみてため息をこぼす。千歳さんは今日も平常運転のようだ。
「ひとまずあがって。楓さんの好きなコーラあるし。」
葉月はどうぞどうぞとジェスチャーする。彼女の様子を見て、2人はためらいなくあがる。
居間に通すと様子を見に千華たちが来ていた。
千歳さんは千華たちを見ると、静止する。まるでこの人だけ時が止まっているように。
そして、少しするとぷるぷると震えだし、次の瞬間、
「妹が増えた!!しかも全員美少女!!」
そう叫んで千華に抱きつこうとする。突然のことで千華が動けないでいるなか、俺はなんとか千歳さんの腕をつかんで止める。
「初対面の人に急に抱きつこうとしないでください。」
「そうよ千歳、その子たち困ってるでしょ。」
「ごめん、可愛すぎてつい。」
なははと笑う千歳さん。
俺たちは一度テーブルを囲むように座って自己紹介を始める。
「雛菊楓よ、よろしくね。」
楓さんはあっさりとした挨拶をする。
「私は藤崎千歳、葉月の姉やってます。あと私バイだから女の子もいけるよ、よろしく!」
対して千歳さんはいきなり爆弾を落としてきた。処理に困るからやめてください。
「まじで?」
千華が信じられないといった表情でこちらを見てくる。
「まじだよ。千歳さん、どっちもいける人だから。まぁ、そうは言いつつもあの人の恋愛対象ほぼ女性だけど。割合で表すと9:1だな。」
「それもうほぼレズじゃない……」
千華は額に手を当ててため息をこぼす。俺あの人が男性を好きになったところをみたことないんだよな。
「え、えっと……同性が好きって、それは一体……?」
ティタニアはまだのみこめないのか、あたふたしていた。
「ふぅーん、」
千歳さんはそんなティタニアの様子を見て、にやっと笑う。
「どうやらあなたはピュアみたいだね。私はあなたみたいな可愛い女の子が好きなんだ。
どう、私と付き合ってみない?初めてをたくさんあげるよ。」
そう言ってティタニアを口説きにかかる千歳さん。いつもよりも真剣味のこもった声で、あごクイも添えて。
「えっ、あのっ……」
ティタニアは顔を赤くして戸惑っている。
「やめなさい。」
そんな千歳さんの頭を楓さんが優しくチョップして止める。
「むぅーせっかくいいところだったのに。」
「あんたそのナンパ癖やめなさいよ。この子迷惑してるでしょ。」
「あっもしかして妬いてる?」
「なんでよ……」
「隠さなくたっていいんだぞ、流石私の嫁。」
「誰が嫁よ。」
「もう、照れなくていいのに。」
そんなやり取りをするお二人。久しぶりにこのやり取り聞いたな、なんか微笑ましい。
「えっと、私たちも自己紹介していいですか?」
「うん、いいよ。どんどんいこう。」
続けて千華たちも軽く自己紹介をする。千歳さんは終始笑顔だった。
「はいっ、紹介ありがとね。これからよろしく!」
自己紹介が終わると千歳さんが若干高めのテンションで話す。
「今日は葉月の頼みで来たんだ。これを渡しにね。」
千歳さんは後ろにあるギターを葉月に手渡す。
「ありがとうお姉ちゃん。それにしてもびっくりだよ!まさかお姉ちゃんがギター持ってたなんて。」
「まあね、中学の時に買ったんだ。文化祭で使うために。」
「文化祭でって……もしかしてバンド組んだの!?」
「うん、そうなんだ。最後の年に楽しいことやりたくてね。」
「そうなんですね。」
千歳さんがバンドを組んでたなんて知らなかった。
「メンバーはどんな人だったの?」
「メンバーは私とヒッキーと晴と、同じクラスの委員長と部活の後輩。」
「やっぱり晴哉さんも巻き込まれてたんですね。」
「そりゃそうよ。だって晴がいないとつまんないしね。」
「晴がいないと委員長と私にかなりの被害が及ぶからね。主にセクハラで。」
そう語る楓さんはどこか遠い目をしていた。何があったんだ……
「で、お姉ちゃんたちがバンドやった時どうだったの?」
「かなり盛り上がったよ!なんかライブみたいになってた。」
「確かにあれはすごかったわね。特にうちのクラスが盛り上がってたわ。」
「そうそう、最後の方には担任の先生泣いてた。問題児の集まりのこのクラスから、まさかこんなにすごい奴らが出てくるなんてって。」
「問題児って……どんなクラスだったんですか。」
「変人の集まり。一言で言うとそうなる。というか、それ以外に形容のしようがない。」
千歳さんの発言に俺たちは硬直する。そのクラス逆に気になるんだけど。
「あのクラスでまともなのって晴と委員長じゃなかった?」
「私は?」
「ヒッキーはあの頃から作家だったでしょ。それに、あんたがBLとGLを布教するから元々その趣味があった奴がさらにのめり込んじゃったし。確か3人。」
「そうだっけ……?」
楓さんも相当だな……ん?作家……?
「楓さんって作家さんだったんですか?初耳なんですけど。」
「えぇ、そういえば言ってなかったわね。」
「まぁ言っても今の和人じゃ読めないけどね。ヒッキー官能小説家だし。バリバリの18禁よ。」
「そうは言ってもちゃんと健全な小説も書いてるわよ。ラノベで転生もの。」
転生もののラノベと聞いたとき、俺と千華は目を会わせる。
千華が何かに気づいたのか、楓さんに問いかける。
「あの、もしかしてそれって『転生エルフ』ですか?」
「えぇ、そうよ。よくわかったわね。」
「えっ!ということはあなたが、」
「日陰蓮よ。」
その事実に俺は驚くが、千華の方が驚いていた。少しの間、目を見開いて現実を受け入れるのに時間を費やしているようだった。
やがて、我に帰ると、楓さんを見据えて、
「私、蓮さんの大ファンです!握手してください!!」
と上ずった声で捲し立てる。いつもの余裕そうな様子は何処へやら、思わず苦笑してしまう。
「楓でいいわよ千華。私の小説を読んでくれてありがとう。」
楓さんはそう言って千華の手を握る。手を握られた千華は子供のように目を輝かせていた。よかったな……千華。
「はい、いつも読んでます!特に『転生エルフ』の5巻のラスト、すごく良かったです!主人公のレインが師匠であるナルメアと一緒に宿敵であるレイヴンを退けるシーンなんてすごい引き込まれました!!」
「あそこは私もかなり気に入っているわ。レイヴンとレインが戦うのはあそこが初めてだし、どちらも魅力的なキャラだから上手く書き上げられてホッとしてるわ。」
千華と楓さんは『転生エルフ』の話題で2人だけの世界にいってしまった。これは暫くかかりそう。
ちなみにさっき出てきた3人は、千華も言った通り『転生エルフ』の主人公のレイン、そのレインの師でありギルドのAランクに所属しているナルメア、彼女らの敵役であり、ダークヒーローのレイヴン、とっ、このような感じだ。詳細は話すと長くなるのでまた今度。
「まさか千華ちゃんがヒッキーのファンだったとは……知らなかったよ。」
「千華って『転生エルフ』大好きで、俺ともたまに話すんですよ。」
「てことは和人も読んでるの?」
「まぁ、そうですね。なので俺も楓さんのファンではあります。」
「そうなんだね。私は読んだことなかったな~後で千華に借りよ。」
葉月はどうやら読んだことがなかったようだ。
「私は読んでるよ。すっごく面白いからほんとオススメ。確かアニメ化するんだよね、あれって?」
千歳さんがそう言うと、千華がその話題に食いつく。
「本当なんですか!?」
「本当よ、来年の冬アニメにやるわ。是非観てね。」
「はいっ、絶対観ます!ブルーレイも買います!」
「えっえぇ……ありがとう。」
千華の熱に楓さんがおされていた。
「ヒッキーが2次元でおされてるなんて珍しい。」
「確かにそうだね。」
「ここまで純粋に尊敬の眼差し向けられると私も戸惑うわよ。」
「あのっ、できればサインもしてもらっていいですか?」
「えぇ、いいわよ。」
すぐさま切り替えて楓さんは対応する。すらすらとノートにサインをして千華に渡す。
「ありがとうございます!」
というか千華の変わりようがすごいんだが。いつもはツンツンしてるのに、今は子供のように純粋だ。
「そうだ、千華ってなんで楓さんが蓮さんかもって思ったんだ?」
俺は聞き忘れていたことを聞く。転生もののラノベじゃ薄いだろうし。
「あぁそれなら、前に調べたことがあるからよ。調べてみたら蓮さんは官能小説家だってことがわかったの。だからあの時、楓さんが官能小説家って聞いてもしやって思ったわけ。」
「そうだったんだ。」
「まぁヒッキーはマルチに活躍してるからね。同人作家に官能小説家、健全な方の小説家、ゲーマー、作詞・作曲家、絵師とかで活躍してるし。つまりはしょ○たんみたいなものだよ。」
「なんか分かりやすいですね。」
楓さんのスペックを知り、驚きを越えて戦慄がはしる。マルチスキル過ぎる。
「その中でも一番すごいのはゲームだね。大会に出たら優勝するのが普通だし。ヒッキーよりゲームが上手い人を私は知らないな。」
「そんなに上手いんだね。楓さんすごいな~」
「棄権したこともあるけど、その理由が小説の締め切りが近いからだし。」
「だってあの時はほんとにまずかったのよ。その小説かなり大事なものだったし。」
「だったら先に終わらせておけばいいのでは?」
「いいネタが思い付かなかったのよ。インスピレーション湧かなかった。あの時は結局最後までいいネタと出会えなかったわ。」
「そうは言いつつ、その時出した小説かなり売れてたよね?官能小説なのにミリオンいきそうだったよね?」
千歳さんの話を聞いて、あの言葉の意味を真に理解したわ。ほんとにこの人天才だな。
「というか訂正だけど、作詞・作曲ではビジネスしてないし。遊びで作ってるだけだし。」
「でも作詞・作曲出来るのはすごいよ楓さん!私たちの曲作って欲しいな。」
唐突に葉月は楓さんに無茶ぶりをする。
「あんたらの曲か……いいわよ、作ったげる。」
「「まじですか!?」」
軽そうな楓さんのその言葉に、俺と葉月は同時にリアクションをとってしまう。
「まぁ暇だしね。」
「そんな理由で……なんだろう、ありがたいんだけどこの複雑な気持ち。」
「わかる、才能ありまくりなのに暇だからって、お金にもならないことをしてもらえることへの感謝と申し訳なさ。」
「言い出しっぺの葉月がそんな顔してどうするのよ。うちのバカが迷惑かけてるし、迷惑料ってことで。」
「えっ、バカって誰のこと?」
「あんたのことよ、千歳。」
「私はバカじゃないんだよなーむしろヒッキー大好きな変態なんだよなー」
楓さんの言葉に、平然と返す千歳さん。楓さんはため息をこぼす。
「……話を戻しましょう。あんたたちの曲を2曲作ってあげる。言っとくけどあんまり期待はしないでね。」
「作ってくれるだけでありがたいです。」
「そうそう。」
楓さんの好意に甘えて、オリジナル曲を2曲作ってもらうことになった。ほんとにありがたい話だ。
俺はこんな先輩方をもって幸せだと思う。一緒にいると楽しくて、優しい時間を作ってくれる……そんな人たち。
今日の出来事は、俺たちのモチベーションを上げるのには充分過ぎるほどだった。
追記だが、ティタニアとアンヘルは千歳さんのあごクイのあと、困惑するティタニアにアンヘルが同性愛についてをずっと教えていたようで、ティタニアが静かな原因はそれだった。




