26話 家出少女~後編~
私たちは家に帰る。私の新しい家、彼と葉月と住む新しい環境。
「ただいまー。」
「お邪魔しま……じゃなかった、ただいま。」
「おっ、荷物届いてる。これを部屋に運ぼうか。」
「えぇ、そうね。」
「千華はどの部屋がいい?結構部屋空いてるけど。」
どこの部屋にしようかな……できれば彼の近くがいいな……
「ねぇ、あんたの部屋見せてくれない?」
「うん、いいよ。」
ひとまず彼の部屋を見てから決めることにした。
「ここが俺の部屋だよ。」
「へぇー結構広いのね。」
彼の部屋は十畳はある広さで、清潔感のあるところだった。
「まぁそうだね。1人だと広いくらいなんだよな。」
ハハハと笑う彼。ここで彼は生活してるんだ……なんかドキドキしてきた。
「ふーん、そうなんだ。だったら私も一緒にいてあげる。」
気づいたらそんなことを口走っていた。彼も困惑している。
(私のばかぁ、なんて事言ってんのよ!これじゃあ私変な女じゃない!!)
心の中での私は頭を抱えていた。これどうしよう。
「えっと……それって俺の部屋で過ごしたいってことで大丈夫?」
「……そう……ね。」
否定しようとする意思とは反対に、口は正直な事を話していた。
「千華はそれでいいの?」
「それを私の口から言わせる気?……言わせないでよ。」
「あぁ……うん……」
互いに頬を赤くして目をそらす。ちょっと変な空気になっちゃった……どうにかしないと。
「うんじゃあこの部屋で荷ほどきしましょうか。」
「そうだね。」
とりあえず話題を変えて荷物整理に集中する。
「このダンボールの中服みたいだから、千華頼んだ。俺はこっちの教科書とかやるから。」
「わかったわ。」
私たちは役割分担をしてするすると進める。私は自分の服を整理する。
(こっちは夏服だからタンスのこの部分に入れて……冬服はこっち……下着はどうしよう……寝巻きの下の段でいいかな……)
考えながらてきぱきと手を動かす。
(それにしても、和人にまだお礼できてないな……)
彼にはかなりお世話になったのに、まだなにも返せていないのが嫌だ。ちゃんと彼になにかをしてあげたい。
(今からできそうなことは……料理があった!料理で和人にお礼できるし、あわよくばあいつの胃袋をつかんでもっと好きにさせられる!)
我ながら名案を思いつき、それを実行にうつそうとする。
「和人、今日の晩ご飯は私が作るわ。最近お世話になってばっかりなのにお礼できなかったし。」
「いいのか?それならお願いするけど。」
「ふふ、任せなさい。」
彼からの了承ももらえたので心は一気に黄色にそまる。そうと決まれば早く荷物整理を終わらせないとね。
作業を終わらせると、台所に立つ。まずは冷蔵庫から確認しないとね。
冷蔵庫の中を見ると、色々なものが入っていた。これなら色々作れそうだ。
「なにを作ろうかな……じゃがいも、豚肉、にんじん、タマネギ……肉じゃが!」
私は定番のものをひらめく。彼氏に喜んでもらえる料理の代表格といえる肉じゃが。これなら大丈夫ではないだろうか。
「あっ、でも本当にだいじょぶなのかしら……調べてみよう。」
私は肉じゃがになんとなく不安を覚えたのでスマホを使って検索してみる。
すると、あるページには「肉じゃが出されるのはアピール強めに感じる」や「もう肉じゃがは今の時代、狙ってるのかなとか考えちゃう」、「あざとい気がする」など書かれていた。
「えっ!?それじゃあ肉じゃが駄目じゃない!和人もそう思ってるかもしれないし……カレーとかが今の時代人気なんだ……」
ランキングのページを見てみると、肉じゃがよりもカレーやオムライスの方が高かった。
「うぅー、でもカレー粉ないし鶏肉ないなー……肉じゃが作るにしてもちょっと怖いし……」
私は内心、涙目で冷蔵庫の中を漁る。彼に美味しいものを作ってあげたいけど、料理の第一印象も重要で作るものがなかなか決まらない。
「こうしている間にも時間は着々と過ぎていってる、もうここは肉じゃがしかないわ!」
彼が肉じゃがに対しての偏見をもっていないことを祈りつつ、調理に取りかかる。
まずは、野菜をしっかり洗い、しらたきを茹でる。そのあとはそれぞれをちょうどいい大きさに切る。
次に油を鍋にひき、たまねぎ、豚肉を炒める。少ししたら他の具材も入れて炒める。
「あとは出汁入れてアクとっていけばいいわね。あとは付け合わせでも作ろうかな。」
肉じゃがだけだと味気ないので付け合わせのサラダでも作る。
「__よし、これで完成ね。」
出来上がった料理を盛り付けして、美味しそうな肉じゃがとサラダが完成する。今回は自分を誉めたくなるほどの出来だった。
「あっ、料理できた?運ぶの手伝うよ。」
彼がちょうど来る。だいじょぶよね……?
「ありがと。あんたって肉じゃが好き?」
「ん?もちろん好きだけど、それがどうしたの?」
さりげなく聞いてみたが彼は肉じゃがに偏見などもっていないようだ。よかった……なんか泣きそう。
「ただいまー♪今日のご飯なにー?」
ご飯時にちょうど葉月が帰ってくる。
「おかえり。今日は千華が肉じゃが作ってくれたぞ。」
「おぉーすごい千華!美味しそう!!」
「すぐ食べちゃおうか。手洗ってきな。」
葉月が手を洗って席につくとみんなで手を合わせて、食べ始める。
「美味しい、ご飯進むよこれ。」
「確かに、すごい美味しいな。」
「それならよかった。」
な、なにこれ……すごくむずむずする。くすぐったい感覚と嬉しい感情が同時にきた。
「作ってくれてありがとな、千華。」
「…… まぁあんたにはお世話になったわけだし、義理よ。」
私はついつい素っ気なく言ってしまう。なんで彼の前だと私、あんまり素直になれないの……?
「そういや葉月、お前なに買ってきたんだ?」
「なんとね、ケーキ買ってきました!千華のお祝いにと思って。」
「えっ、そうなの!?……ありがとう。」
葉月がケーキを買ってきたことに驚いてしまう。
「そうだ和人、あんた千華にケーキあーんしてあげれば?」
「ちょっ、なんでだよ!?」
「いや、恋人なんだしそれくらいやってもいいんだよ?別に私の前でいちゃついても私はだいじょぶだし。」
「あのなぁ……」
「うんじゃあ逆に千華がやるとか?」
「私にまでふらないで。こいつにあーんとか嫌だし。」
「ストレートにバッサリきられたね。和人だいじょぶ?」
「慣れてるから大丈夫。」
「そっかそっか。それじゃあ私はひと足先に部屋に戻るね。」
ペカーッと笑顔のまま葉月は退散する。
「ごめんな?あいつ友達がこれからうちで暮らすことに嬉しくて、ついはしゃいでるんだよ。」
「……そうなのね。」
私は彼の話を聞きながらお皿の上に乗っているケーキに目を向ける。まだ手をつけていないケーキ。私はそれをひと口とると、彼の口元にそれだけを向ける。
「えっと……これは?」
「見てわかんない?ひと口だけあーんしてやるって事なんだけど。」
表情も口調もいつもと変わらないが、その内心は、
(ただ食べさせるだけなのになんでこんなに恥ずかしいの!?和人の顔直視できないんだけど!てか早く食べなさいよ!!)
このように荒れていた。彼がこの場にいなかったら赤面案件だ。
「……ありがとう。それじゃあもらうね……」
照れながらも彼は笑顔で、あーんに応じてくれた。私はホッとするとともにあるひとつの事に気づく。
(あれ……?このフォークをそのまま使って食べたら間接キスじゃ……?)
お祭りの時に冬がやっていた間接キス。私は彼と付き合っているというのに、まだ間接キスすらしていない。今はかなりチャンスなのでは?
そう思ってからは早かった。すぐさま彼が口をつけたフォークでケーキを食べる。
「これで間接キスね、ありがたく思いなさい。」
「あっ……」
勝った……なにに勝ったかはわからないけど。
私は余裕の表情で彼を見る。彼は手で口元をおさえている。
「さっ、私も食べ終わったからこれで失礼するわね。」
私は部屋に戻ろうと立ち上がる。
「ちょっと待って。」
「なによ?」
戻ろうとしたときに彼に呼び止められる。なんだろうと思い振り替えると、いきなりキスをされる。
「~~///!!」
突然のことでなにが起こっているのか一瞬わからなかった。
(えっ!?なんで私キスされて……とにかく、早く離れないと。)
そう思って彼から逃げようとするが、彼によって頭と背中をしっかりホールドされているので逃げられない。
(だめ……体の力入らなくなってきたし、頭真っ白になってなにも考えられない。)
私は抵抗もできなくなり、ただこの快感に身をゆだねるしかなかった。
時間としては5秒程度、体感としては1分の時間が過ぎた。ようやく解放された私は腰が抜けてその場にぺたんと座りこむ。
「ごめん、やりすぎたか?」
彼は心配して手を差し出してくる。私はまだボーッとする頭を頑張って回転させる。
「ふざけんじゃないわよ!こんなのセクハラよ!」
「そんなに嫌だったの……」
「嫌ってわけじゃないけど……突然やるのは反則よ!」
まだまだ機能していない頭を使ってなんとか話す。
「あぁ、そういうことか。ごめんな、さっきのお返しのつもりでやったんだけど、まさかこうなるとは思ってなくて。」
「ふんっ、別に驚いてないし!驚いたふりしてただけだし!」
ようやく体に力が戻ると、すぐ立ち上がる。
「私は今度こそ部屋に戻るから!」
それだけ言い残すと、居間を早足で出る。自室まで来てひと呼吸おくと、口元に手をあてて顔が真っ赤になる。
「……~///」
彼から急に長めのキスをされた、さっきの事をことを思い出すと顔が熱くなってしまう。
やっぱり駄目だ……彼には勝てない。私が必死にリードしようとしても、彼の行動によってひっくり返されるから。
それに、彼にキスされたとき、私の気持ちはとろふわどころかとろとろになってしまった。これでは彼の事意外なにも考えられなくなる。
「あいつ後で絶対仕返ししてやる。」
彼には勝てないとわかっていても、後でなにかしらの事はしてやろうと決意する。
このあとは、お風呂に入って歯みがきをし、自由時間を過ごす。
時間もいつの間にか夜の10時を過ぎ、そろそろ寝ようかということになってくる。そこで私はあることを思いつき、仕返しというかたちで彼に提案する。
「えっと……ほんとにいいのか?」
彼も驚いた顔をしている。
「別にかまわないけど。あんたは嫌なの?」
「そりゃもちろん嫌ではないよ。でも、急に千華がそんなこと言うなんてびっくりしたよ。」
彼は少し嬉しさと緊張が混ざった顔をしていた。私も少し緊張してしまう。
「まさか一緒に寝ようなんて言うとは思わなかった。」
ひとつの布団を挟んで、お互い正座の状態で彼が口を開く。
「別にあんたの布団大きめだから二人寝れるみたいだし、こっちの方がこれから生活する上で手間とかないと思っただけよ。」
「まぁ、そうだけどな。……それじゃあ電気消そうか。先入ってて。」
「……うん。」
私は先に布団に入り、ドキドキしながら彼が入ってくるのを待つ。電気が消え、少しするともぞもぞと彼が入ってくる。彼の体温がかなり近くに感じられる。
それもそのはず、今は互いに背中合わせの状態で背中は密着して寝ているので、相手の体温はよく感じられる。
(やばい、私今日寝れないかも。ドキドキしすぎて一向に寝れない。)
自分から言い出しといてなかなか寝つけない私であった。
「寝つけないか、千華。」
「別に……あんたはどうなのよ?」
「俺は嬉しすぎて寝つけない。」
彼もどうやらなかなか寝つけないようだ。さっきの彼の「嬉しすぎて」のせいでさらにドキドキしてしまった。
「寝れないんだったらちょっと話さないか?そしたら気も紛れて眠くなるかもだし。」
「そうね。」
「改めて今日はお疲れ様。よく俺たちに相談してくれたな。」
「うん、」
「相談された時さ、正直嬉しかった。俺に頼ってきてくれたことがとてつもなく。」
「そうなの?」
「だって千華って結構ひとりで抱え込むタイプだろ?そんな子が頼ってきてくれたらそりゃ嬉しいだろ。誰でも力になりたいって思うよ。」
「そうなんだ……でも私はまだ怖いんだ。人に頼って、頼ったその人から嫌われるかもって思っちゃうんだ。」
「そうなのか。」
「うん……親に頼ったときあからさまに嫌そうな顔で舌打ちされたことあるから……その日を境に親に嫌われたし。」
「そっか……」
「だからまだ怖いんだ。あんたにすら頼っていいのかわからないの。」
昔の事を思い出したせいか、泣きそうになる。彼にはこの事を話さないとと思っていた。まさかこんな時に話すとは思ってなかったけど。
「頼っていいに決まってるだろ?俺は千華の彼氏なんだから。」
彼の当たり前と言わんばかり言葉、それがどれだけ嬉しいことか。
「それに、これだけは言っておくけど……たとえ世界中が千華の敵だったとしても俺は、俺だけはお前の味方だから。ずっととなりにいるから。
だから、いつでも頼っていいからな。」
「うん……ありがとう。」
彼からそう言われて、私には今まで空いていた空席がひとつうまったように思えた。頼っていい人、彼は彼氏でもあり一番信頼できる人でもあった。
その事実を確認すると、幸福感に襲われる。あぁ……今の私はとっても幸せだな……
幸せを実感すると、急に眠気がきた。
(今日からはいい夢が見れそう……)
私はこの幸せを噛み締めながら眠りについた。




