25話 家出少女~中編~
やがて家の前につくと、私が玄関を開けて彼らと一緒に入る。
「あんたどこ行ってたの?ってあの時の奴……ともう一人は誰よ?」
「こんにちは、今日は少し話がしたくて来ました。」
いつの間にかスーツに着替えていた彼が話す。というかなんでスーツ?
「こちらは俺の助手です。」
「どうもー」
彼の紹介を受けて、これまたスーツの葉月が笑顔で話す。あんたらなんなの……ほんとに。
「ここでの立ち話もなんですし、リビングで話しましょうか……全員で。」
その瞬間、母親がムッとした表情になるが気にしない。
リビングに行くと父親と直木さんがいた。最初は急に来訪した彼らに怒っていたが、彼が事情を説明するとしぶしぶ了承してくれた。
「改めて、今日は千華さんの知らないところで勝手に婚約をが決まったことについての話をしに来ました。よろしくお願いします。」
ソファに座ると、対面の3人にそう言って笑いかける。
「話に来たって……あんたには関係ないでしょ?うちの事情に首突っ込まないで。」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。千華さんと俺は付き合っていますから。」
「なっ!?お前が僕の千華ちゃんと付き合っていたのか!!早く別れろ!!」
直木さんが彼に憤慨するが、彼は気にもとめていなかった。
「本題に入りますね、直木さんとの婚約を破棄してください。」
「はぁ?そう言われて破棄するわけないでしょ!」
「そうだそうだ、千華は直木さんと結婚するのがいいんだ!」
かなり怒った様子の両親を相手に、彼はですよねと言わんばかりの顔をする。
「そういう反応をするだろうなとは思ってました。で、確認したいんですけどこの婚約って千華以外は了承しているんですか?特に直木さん、あなたの親は。」
「それは……その……」
彼の口から直木さんの親の話が出ると、3人は気まずそうな顔をする。
「了承してませんよね?それどころか知ってすらないですよね?だって知られてたらこの婚約なんて認められることないですもんね。」
彼は笑顔だが、なんというか少し怖かった。
「少しつてを使って調べたんですが直木さんってあの大企業、八代商事の御曹司らしいですね。三男だけど。直木さんってかなり問題起こしてるらしいじゃないですか。」
直木さんは蛇に睨まれた蛙のように硬直している。さらには脂汗がだらだらたれている。
「今まで何度か女性トラブルを起こしてるみたいですね。お見合いで相手が好みの女性じゃないと相手の事をボロクソに罵ったり、好みの女性が来たらセクハラ発言に過度なボディタッチ、あげくの果てには襲おうとしたこともあるらしいですね。」
直木さんの起こしたトラブルを聞いていて私と葉月はドン引きしてしまう。率直にキモいわ……
「それに金銭トラブルも起こしてますよね?なんでも、家のお金を浪費しまくって今クレジットカード取り上げられてますよね?……そういえば直木さんってもうすぐ30歳なのに無職でニートでしたっけ?働いた方がいいと思いますよ。」
「……」
直木さんは顔を青くしてうつむいたままだ。
「とにかく、これだけの不安要素を抱えた直木さんを親は婚約させずに矯正させるっていうのが3ヶ月くらい前に決まったみたいですね。そんな中でこんなことして、許されると思ってるんですか?」
「それでも二人を結婚させたかったのよ!だって二人は愛しあっているんだし!」
「愛しあってないわ!!」
直木さんの事を知って、改めてキモいと思った。
「結局、千華さんと直木さんを結婚させれば大企業と親戚関係になれるからお金も入ってくると思ったみたいですけど残念でしたね、当の本人は家のお金を自由に使えない人ですよ。それに、御曹司といっても三男で能力もないので跡継ぎではないですし。」
「うっ……うるさい!!僕はパパに跡継ぎを託されている身なんだ!!だから兄ちゃんが次期社長じゃない!!」
「そっちでどういう話があるかなんて知りませんけど、どっちみちこの婚約は無効ですよ。」
「でも、僕たちは愛しあってるんだ!それならパパも結婚を許してくれる。」
「だから、千華さんはあなたの事愛してないですって。今日初めて会ったわけですし。それに、千華さんは俺の彼女なので。」
彼はそう言うと私の肩を抱いて彼の方にぐいっと引き寄せる。直木さんはそんな私たちの様子を見て赤くなってプルプル震えている。
「僕の千華ちゃんから離れろ!」
「あなたのではないですって。いい忘れてましたけど、俺あなたの親の連絡先知ってるのでいつでも連絡できますよ……この意味、わかりますよね?」
彼が相手を威圧するように睨み付けると、直木さんは顔を青くして怯える。
「わかるんだったらこの婚約は破棄&同棲も解消でお願いしますね。」
「わっ、わかった……」
「ありがとうございます。それでは書類にサインしてくださいね……葉月。」
「はいよ。」
彼が葉月に合図すると、葉月はファイルから書類を1枚取り出し、テーブルの上にのせる。直木さんは素直にボールペンでサインする。
「……確かに。ではあなたは帰っていいですよ。」
彼が直木さんに帰るよう促すと、直木さんはすぐさま帰っていく。
「お二人にはまだお話があります。まず二人は千華さんの事どう思っていますか?素直な意見を聞かせてください。」
「私は嫌いよ。だって気持ち悪いし。」
「俺も嫌いだ。気持ち悪いし見ていて不快だ。」
「そうですか……そんな二人と取引したいんですがいいですか?」
彼の口から取引という単語がでてきて私は首を傾げる。なんのことだろう……?
「簡単に言うと千華さんを俺に売ってください。」
「「はぁ!?」」
私と両親はともに素っ頓狂な声をあげる。
「どういう事だ!」
「どういう事もなにもそのままの意味です。千華さんを俺にください。そして千華さんにもう二度と関わらないでください。」
「つまりは千華をお金と交換しろと?」
「言い方悪くしたらそうですね。まぁでも書類にはサインしてもらうので取引ですね。」
「だがそんなことして俺たちの世間体はどうなる?悪い噂が広まったらうちの会社も業績が悪くなる。」
「そこら辺は大丈夫じゃないですか?千華さんが家を離れた理由はそちらに任せますので。ご近所さんに聞かれたら自立するために一人暮らしを始めたとか理由をつければいいと思いますよ。」
「なるほど……お前は本気なのか?」
「本気ですよ。こんないい子をここで潰すわけにはいかないので。」
「そうか、ならこちらも取引に応じよう。千華がいなくなれば今より楽しくなるしな。」
父親は母親とアイコンタクトをして、お互いの考えを同じにしてから話す。
「わかりました、それでは千華さんとは絶縁と言うことでいいですね?」
「あぁ、問題ない。ただし、こちらから提示する金額は二百万だ。これなら応じてやる。」
父親はニヤリと笑い、高額な金額を要求してくる。この親、最後まで私を使ってお金を得る気だ。
「はぁ……そうですか。安心しました……その程度の金額で。」
彼は厳しい表情で両親を見据えながら言う。両親は彼の発言の意味が一瞬わからないようだった。
彼は黒いバックのファスナーに手をかけ開ける。その中には札束がたくさん入っていた。
「はい、二百万です。あとは書類にサインしてください。」
二百万の札束を無造作に放る彼。その様子を両親はポカンと口を開けてみていた。
「ちょっと待て。やっぱり三百万に引き上げたい。」
「いえ無理です。そちらは最初に二百万って言ったので。その時点で取引は成立ですよ。それに、最初からこの会話は録音してるので。後で不満言っても無駄ですよ。」
「くそっ、百万損した。」
そう言って父親はしぶしぶ書類にサインする。
「……確かに。よし、それじゃあ葉月。」
「はいよ。」
彼の合図とともに葉月がどこかに連絡をする。
すると、突然玄関が開き誰かがドタドタと2階へあがる。
「ではこれで話は終わらせていただきますね。今日はありがとうございました、もう二度と関わるつもりないですけど。」
「ちょっと、さっき入ってきた人だれよ!」
「引っ越しを手伝ってくれる人ですよ。今2階で荷物まとめてます。」
彼がそう説明すると両親は驚いたような反応を見せる。そんなことまで準備してたのね。
「俺たちは外でようか。ここにいるのも嫌だろうし。」
私たちはひと足先に外に出る。外には冬がいた。
「冬、なんでここに?」
「葉月に頼まれて来たんだ。今2階で作業してるのは1年生組だし。」
「もしかしてあの時葉月が連絡してたのってこのためだったの?」
「まぁそうだね。和人が考えてることがなんとなくわかったから連絡したんだ。」
「あれで伝わったのは内心ビックリしたけどな。」
彼と葉月は互いに笑いあう。すごいな……二人の関係って。
私が感心するような羨ましいような複雑な感情を抱いていると玄関が開き、見知った3人が段ボール箱を持って出てくる。
「先輩、荷物まとめ終わりました。」
「そっか、3人ともありがとな。急な呼びかけにも関わらず集まってくれて。」
「いえいえ、千華先輩のためならこんなの余裕ですよ。」
「私も同じっす。千華先輩には日頃からお世話になっているので、こんなときくらい役に立ちたかったです。」
「先輩たちと一緒にいるのは楽しいので来ました。」
同級生もだが、後輩にも恵まれたとこの場ではつくづく感じる。
私が優しい気持ちになっていると、冬が後輩たちの持っている段ボール箱を次々と瞬間移動でどこかに送る。
「冬もありがとな。荷物の移動手伝ってくれて。」
「うん、お安いご用だよ。」
「ありがとう、冬。」
「さて、それじゃあ解散しますか。今日はお疲れ様。」
葉月の音頭でみんなはそれぞれ家路につく。そして、私たち3人だけになったところで私たちも帰り始める。
「にしても、なんであんたらスーツ姿なのよ。最初からずっと気になってたんだけど。」
「なんでって……こっちの方が場にあってるかなと思ってさ。葉月から借りた。」
「それ葉月のだったの?」
「そうだよ、私の私物なんだ。コスプレ用に買ったんだ。」
「コスプレって……葉月ってそういう趣味あったの?」
「あるよ。葉月ってコスプレが趣味でさ、衣装を製作したり買ったりしてんの。イベントとかには出てないけど。」
「そうなのね、意外だったわ。」
コスプレしてる葉月とか見たことないから意外だったな……似合いそうだけど。
「あとさ、あんたが電話してた人って誰だったの?」
「天夜さんだよ。あの人とは夏休み前に話したんだけど、天夜さんって色々なところにパイプが繋がってるみたいでな、八代商事とも繋がってるみたいだから家の事情を聞いたんだよ。」
「そしたら直木さんの起こしたトラブルの数々がわかったってわけね。」
「そういうこと。いやー天夜さんもだけど直木さんにも感謝だな。トラブル起こしてなかったり、あっちの両親も婚約に賛成してたら泥沼化してた。」
彼はひと安心といった様子で私に笑いかける。
「あっ、そうだ。私買うものあるから先帰ってて。それじゃ。」
葉月は突然思い出したようにそう言ってどこかへ走っていってしまう。
「急にどうしたんだろうな?」
「さぁ?」
私たちは互いに見合って頭の上にハテナマークを浮かべる。
「とりあえず帰ろっか。」
「帰るってどこに?」
私は今まで気づかなかった疑問を口に出す。
「そういえば私って親と絶縁したけどどこに住めばいいの?私の荷物をどこかに送ったみたいだけどそれってどこ?私は……」
「お前なに言ってんだ?」
「私はこれからどの家に住めばいいの?」、そう言おうとしたとき彼は不思議そうな顔をする。
「これから住むところなんてうちに決まってるだろ。ほいっ、鍵。」
彼はそう言って懐から鍵を取り出し、私に手渡す。
「いいの?だって私があんたの家に住んだら迷惑になるんじゃ……」
「なるわけないだろ。逆にうちに住まないでどこに住むんだって話だろ?」
「そうだけど……」
急に彼の家に住むことに申し訳なさを覚えていると、彼が「それに、」と続ける。
「俺があの取引を持ちかけた理由の半分はあの親から千華を助けたかったからだけど、もう半分はその……千華と一緒に暮らしたいからだし。」
彼が頬を赤く染めながら視線をそらして話す。嬉しいな……その気持ちが頭を支配する。
「だから申し訳なく思わなくていいんだよ。あの家から出ていった原因俺にあるわけだし。」
「私はあの家から出てこれた事自体が嬉しいから、あんたには感謝してるわ。だから……ありがと。」
「そっか……それじゃあこれからもよろしくな、千華。」
「えぇ……こちらこそよろしく、和人。」
私は彼に笑顔で話す。その時に握りしめた鍵はほんのり温かかった。




