24話 家出少女~前編~
幸せというのは急に現れては急に去る。蜃気楼のように儚くガラス細工のように脆い。
今ある幸せがいつまでも続くとは限らない。特に、今の環境ではなおさらだ。
願わくは、この幸せがいつまでも続きますように……
もうすぐ夏も終わり、学校がまた始まろうとしている今日、私はいつもより早く起きた。今日はバイトが休みでゆっくりしていようと思ったのに……今日は自然と目が覚めてしまった。
「……二度寝しよ。」
二度寝するために布団を被るが寝られない。
目を閉じるとあの時の事を思い出してしまう。あの時の彼の言葉と繋いだ手の感触、彼の笑顔を思い出すと顔があつくなりドキドキしてしまう。
(あの時の私泣きすぎでしょ!いくら嬉しかったからってあんなに泣いて……和人困惑してたし!)
もう何回したかわからない自分反省会をまたする。泣きすぎたのはもちろん、泣き止まないうちに彼と一緒に写真を撮ろうとしたことも反省しなければいけない。
(泣き止んでから写真撮ればよかった……顔ちょっと変になってるし。)
スマホにあるあの時撮った写真を見て思う。私は泣き顔で彼は苦笑して写っている。変な写真ではあるかもしれないが私にとっては大切なものだ。これを見ると自分に恥ずかしくなりつつも穏やかな気持ちになれる。
「……っは!いけない、にやついてた。私の表情筋仕事しろ。」
両手で頬をペチペチ叩く。
最近変だ……彼と付き合っているという事実を自覚すると気持ちも表情も崩れてふわとろになる。せめて表情だけでもどうにかしないと。
「そうだ、朝ごはん食べちゃお。」
とりあえず今はご飯を食べようということで下に降りて台所を使う。親が来る前に手早く朝ごはんを作る。今日の朝ごはんはトーストと目玉焼きだ。
「いただきます。」
私は手を合わせてから食べ始める。いつもならそこまで美味しくない家での食事も、最近は少し美味しいと思えてきた。彼と一緒ならもっと美味しくなるんだろうな……
そんなことを思っていると母親が起きてくる。
「おはよう……あんた起きてたのね。」
「……おはよう。」
「ねぇ、今日あんた家にいるわよね?」
「……いるけど?」
普段あまり話さない親になぜか「今日家にいるか?」と尋ねられる。なんとなく嫌な予感がする。
「それならよかった!今日会わせたい人がいるから服装ちゃんとしといてね。」
「なに、それ。」
親から急に人に会わせられ、しかも親の機嫌から察して、私にかなり不利益な事が起こる予感が確信に変わっていった。
「誰と会わせるわけ?」
「それは教えない。会ったときのお楽しみにしてなさい。」
聞いてものらりくらりとかわされる。この親の私を嘲笑ってる感じ、すごく嫌だ。
私はため息をつきながらも相手が来るまで待つことにした。彼に会いたいな……
「お邪魔しまーす。」
朝食から約3時間後インターホンがなり、1人の男性が訪ねてくる。両親はそれを笑顔で出迎える。
「この人があなたの婚約者の直木さんよ。これからお世話になるんだから挨拶しなさい。」
両親からの紹介を受けたとき、私は凍りつく。婚約者なんて初耳だし、なによりも直木さんの外見はひどいものだった。100キロはあるだろう肥満体形に脂ぎった顔、こんな人を婚約者にするなんて親は頭おかしいと思う。
「ちょっと待って、なによ婚約者って!私そんな話聞いてない!」
「あんたはどうせ彼氏できないんだし、私たちで探しておいたの。」
「はぁ!?ふざけないで!私、最近彼氏できたし!」
「そんなの知らないわよ。あんたの彼氏なんて直木さんに比べれば蟻みたいなもんよ。」
母親の言葉に父親も賛同する。駄目だ……この人たち話が通じない。
「よろしく……千華ちゃん。」
直木さんの口から私の名前が出た瞬間、背筋がぞわっとした。それに、直木さんは私の体を舐め回すように見て、したなめずりをしたところで体目的なのが露骨にわかる。
それに、直木さんの心の声は正直で「若くて可愛い子だ、ラッキー。早く子作りしたい。」と聞いてるだけで吐き気をもよおすものだった。
「とにかく!私はこの人と結婚はもちろん、婚約なんてしないから!」
「わがまま言わないの千華。直木さんは大企業の息子さんなのよ?結婚すれば将来安泰じゃない。」
その言葉を受けて、どうして両親が直木さんとの婚約を勝手に決めたのかがわかった。お金目的だ。私はそのための捨てゴマに過ぎないということらしい。
いかにもうちの両親が考えそうなことに自然と納得してしまう。そのあとにメラメラと怒りがこみ上げてくる。
「私のこと考えてるふりして結局は自分の事じゃない!私が直木さんと結婚したらあんたらが一生安泰な生活送れるから言ってるだけじゃない!!」
「なに言ってんの……あんたのためよ。(ぐだぐだ言ってないでとっとと認めなさいよ。めんどくさい子ね。)」
「そうだぞ、俺たちは千華のためを思って言ってるんだ!(こいつが幸せにならない+俺たちが幸せになるにはいい方法なんだから早く了承しろ。)」
両親に向かって叫ぶが、どちらにも届かない。ほんとに最悪な両親だ。吐きそうになるのをぐっとこらえる
「それに、もう私たちの方では了承してる話だし。今日から直木さんはうちで一緒に暮らすのよ。」
「はぁ!?そんなの聞いてない!」
「だって言ってないし。」
「まぁまぁ千華ちゃん落ち着いて。君の彼氏がどんな人か知らないけど、僕より魅力はないって事だけはいえるよ。だから僕と結婚しよう。」
直木さんが自分の事をわかっていない発言をする。正直くそ気持ち悪い。彼に比べたらこの人なんて雑草以下の魅力だろうになにを言っているのだろうか。
「すみません嫌です。私はあなたと結婚するつもりはありませんから。」
それだけ言うと、話はもう終わりと言わんばかりに二階へ行く。自分の部屋で必要最低限の荷物を準備するとすぐさま、家を出る。
あそこにいたら私の精神と貞操が危ないのでどこかへ避難する。ひとまず冬の家にでも行こうかな。
「って思ったのに、なんで私はここにいるわけ……?」
私は確かに冬の家に行こうとしたはずなのに、電車にのってある場所に来てしまっていた。大きな日本家屋、彼の家だ。
「これってインターホン押すべきなのかしら?でもこんなことであいつに迷惑かけるのも悪いし……」
どうしようか悩んで玄関前で立ち尽くしていると、急に玄関が開く。
「あれっ、千華どうしたんだ?」
出てきたのは彼だった。思わず硬直する。
「あ、えと……ちょっといいかしら。」
どうにかして喉から声を絞り出す。家に入るくらいはいいわよね……?
「?、なにがあったかは知らないけどとりあえずあがって。」
彼に促されて居間に行くと、葉月がゲームをしていた。
「あっ千華だ~どうしたの?」
「いや、ちょっと玄関で人の気配がしたからのぞいたら千華がいてな、なんかあったみたいだから家にあげた。」
「あーそうなんだ。」
「えっと……お邪魔するわね。」
「どうぞどうぞ、楽な姿勢でいいから。」
彼にそう言われたが、なぜか正座になってしまう。
「はいお茶。」
「いや、いいわよ別に。」
彼と二人の時の口調で言う。彼と付き合い始めてから、葉月や冬などのPSY部員が一緒にいてもこの口調になるようになった。彼に変えられたのかもしれない。冬と同じように。
「で、話ってなんだ?」
彼は私の対面に座ると首をかしげて言う。
(どうしよう……頼っていいのかな……嫌な顔とかされないかな……)
私は正直不安だった。彼にはいろいろ頼れるようになったとはいえ、ここまでディープな問題を彼に言っていいのかがわからない。
どうすればいいのかわからずうつむいていると、ふとあの占い師の言葉を思い出す。
《アドバイスですが、もう少し素直になってみては?今一番信頼している人に頼り、自分の本音を話して下さい。そうすることが幸運への鍵ですよ。》
(もう少し素直に、か……)
もう少し素直になってちゃんと頼ってみよう。そう思って彼の顔をまっすぐ見る。
「実はさ……私今めんどくさい事に巻き込まれてるんだ。私の親が勝手に婚約者を連れてきてさ、私はその人と結婚しないって言ってるのに私の知らない間に同居まで話が進んでいたの。だから家出してきたんだ。」
「そうなのか……」
彼は自分の事のように聞いてくれた。この様子を見て、頼ってよかったと思う。
「確か千華の親ってどっちも千華のこと嫌いだよな?」
「えぇそうね。だから私を捨てゴマ扱いしつつ自分達が幸せになろうとしてるわ。」
「……なるほどな。よし、俺もできることはするよ。早速今日のりこもう。」
「えっ!?だいじょぶなの?」
突然の彼の言葉に私は困惑せざるおえない。彼が私を助けるために動いてくれるのはありがたいけど、無策でどうにかなる問題じゃない。はっきり言って彼の行動は無謀だ。
不安げな私の表情を彼は微笑みかけて和らげる。
「大丈夫、考えはあるから。ちょっと準備しないとだけど。」
彼はそう言うと、早速誰かに電話し始めた。葉月はゲームをやめてこちらに話しかけてくる。
「和人は考えなしにこんなことしないから大丈夫。きっと千華を救う方法を考え付いたんだよ。」
「そう……なの?」
不安な様子で彼を見つめる。が、彼を見ていると不思議と安心してしまう。こんなときなのに私はなに考えてるんだろう。
(いけない、私がなにもしないのは駄目よ!なにか自分にできることをしないと。)
「……大丈夫だから。」
私の様子に気づいた彼が柔らかな笑顔でこちらに近づき、小声で囁く。ポンッと頭におかれた手が私に安らぎを与えてくれる。
「そうそう、千華はお茶でも飲んでればいいんだよ。1人で悩まずに私たちに相談してくれただけで偉いんだから。」
「うん……ありがと……」
二人の優しい言葉に思わず涙ぐむ。彼と付き合えてほんとによかった……彼らと出会えて……よかった。
「……はい、ありがとうございます、助かりました。ではまた……よし、1つ準備が終わった。」
「まじ?あとはどうする?」
「あとは俺が必要なもの作って、あとは……葉月あれ頼む。」
「おおーなるほど。こっちは任せなさい。」
彼が葉月にあれと言うと、葉月はわかったような顔をする。幼なじみってすごいわね……まさに以心伝心って感じ。
「千華は少し待っててな。準備が終わったら一緒に行こう。」
「うん……」
「えっとパソコンとプリンターはあの部屋だったよな。あとは大きなバッグが必要だな。」
彼は準備に忙しそうで、葉月はスマホで誰かに連絡している。
「私ほんとになにもしなくていいの?」
「うん、なにもしなくていいよ。なにか考えるんだったら親に対しての捨て台詞と和人への感謝の言葉を考えてな。」
葉月に笑顔でそう言われる。なんか落ち着かないわね……
「しょうがないな……ほい、これでも抱いてな。」
葉月はこちらに犬のぬいぐるみを放ってくる。
「それ手触りいいから抱くと落ち着くよ。」
「……ありがと。」
葉月からもらったそれを抱き締めてみる。わりと落ち着く気がしてびっくりする。
「それ和人が昨日抱いてたやつだから、匂いついてるかもよ。」
「ちょっ、なんでそんなにニヤついてるわけ?」
「いや~なんでもない♪」
口ではこう言ってはぐらかす葉月だが心の声は駄々漏れで、「和人が使ってるやつ渡したし、少しは照れてくれないかな。」と思っていたようだ。
「誰も照れないわよ。」
「あっ……テレパシーの事忘れてた。」
「まったく……」
「まぁ、和人の準備が終わるまで話そうよ。暇だし。」
笑顔の葉月の提案をのむ。特にやることないし。
私たちは彼の準備が終わるまで話をする。もうすぐ始まる学校の事や文化祭の事、漫画の話なんかを話した。葉月と話していると、彼女の豊かな表情を見ることができるのでかなり楽しい。
「おーい、準備終わったよ。」
そして、彼の準備が終わり、私たちは私の家へと向かうのであった。




