18話 キズ
穏やかな春の日に少女は笑顔で花畑にいる。その傍らには少女の母親とおぼしき女性が微笑んで少女を見ていた。
2人はとても楽しそうで幸せそうだ。花の冠を作ったり雑談にふけっていたりしている。
私は端からその2人を眺めていた。まるで舞台を遠目から眺めている人のように。
どこかで見たことがあるような光景に、私はこれを夢と思った。確か……これは私が4歳の時の事……あの頃はまだ親は正常だった。私の事を本当に愛してくれていたし、私も親を愛していた。
やがて、2人は手を繋いでどこか遠くへ歩いていく。少女が繋いでいる手と同じ左手に温もりを感じる。なんていうか、とっても安心する……
幸福な気持ちのまま、意識がおぼろげながらも覚醒していく。
(懐かしい夢を見たな……あれ?まだ左手に温もりがある……)
不思議に思いながらも視線を左へ移すと、私の左手が誰かに握られていた。
「!!?」
意識が急速に覚醒し、体を起こす。
すると、そこには寝息をたてている和人がいた。どうやら私の手を握って寝てたようだ。
「んんー…………悪い……寝てた。」
「いや、なんでここで寝てるのよ?」
「それはだな……千華の様子を見に来たら、お前が寝ぼけて俺の方に手を伸ばしてきたから握って、お前が起きるまでこうしてようと思ったらいつの間にか寝てた。」
「私そんなことしてたの……?」
寝ぼけて彼にそんなことをしてしまうのは、自分をバカと言いたくなった。彼は信頼できるとは思うけど、何も手なんか伸ばさなくても……
「ほんとにごめんな?千華のところで寝ようとは思ってなかったんだけど、いつの間にか寝ちゃってて……あと、軽率に手を握っちゃってごめん。」
「手を握った事に関しては別にいいわよ。不可抗力ってことで許してあげる。でも、そこで寝たことについては今後気を付けてよね?正座に加えて頭ぐらいしか横になっていない体勢で寝たら、体あちこち痛めるわよ?
それに、風邪ひいてる私の近くで寝たらうつるかもしれないんだから。」
「そうだよな。次から気を付けるよ。」
「そもそも次にこんな状況にならないことを祈るわ……」
安静にしてたお陰か朝よりも体調がいい。この調子なら明日には治りそう。
「そういえば今何時?」
「ちょっと待てよ……今6時過ぎだな。」
「もうそんな時間なんだ。夜ご飯でも食べようかしら。」
「それじゃあうどん茹でてくるな。安静にしてろよ?」
彼はそう言って伸びをしてから1階に降りていく。彼の作るご飯は美味しいのでとても楽しみだ。
「はいおまちどおさま。」
あれから10分程度たち、彼の作ったうどんが2人分運ばれてくる。ネギやわかめ、卵が入っていて美味しそうだ。
「あんたもここで食べるの?」
「1人だと味気ないしな。ご飯は誰かと食べた方が美味しいから。」
「風邪うつっても知らないからね。」
私たちは手をあわせてから食べ始める。食べてみるとすんなり食べられ、味も濃すぎないので気持ち悪くなることもない。
「どうだ?美味しい?」
「……普通。」
本当は美味しいのだが、なぜか素直に言えない。ついついそっぽを向いて違うことを言ってしまう。
「それならよかった。」
「あんただけ七味かけてずるくない?私にもかけてほしいんだけど。」
「風邪ひいてるときに七味なんて食べるもんじゃないだろ?元気になったらまた作ってやるから我慢しろ。」
「言質とったからね?絶対作りなさいよ?」
「はいはい、分かってるよ。」
こうして楽しい食事の時間は過ぎていく。
ご飯を食べ終わると、彼は温めたタオルを持ってくる。
「風呂は無理だけどせめてこれで体拭きな?俺は部屋の外に出てるから。」
彼からちょうどいい温度のタオルを受けとる。確かに寝てるときに汗かいたからこれはありがたい。
一瞬彼に体を拭いてもらいたいと思ったが、私の頭が風邪でおかしくなっただけと信じたい。
「……ちょっと待ちなさい、あんた私の背中拭いてくれる?」
「はぁ!?おまっ何言ってんの!?」
私が放った言葉に彼だけでなく、私も驚く。ほんとに私、今日はおかしくなったかもしれない。
「だって背中は私がやるよりあんたがやった方が効率的だし。……何より、届きにくいところあるし。(あーもう何言ってんの私!?今さら無しなんて言ったって変な印象つくかもしれないし……)」
後にはもう戻れないのでやけくそになる。もうどうにでもなれ……
「いやだからってそういうのは男がやるもんじゃないだろ?もしかして風邪で頭がボーッとして言ってる?えっと……大丈夫か?」
彼が心配した様子で聞いてくる。もう風邪で頭が働かない事にしてやろ。
「ごめん……今頭がボーッとしてるから背中だけでも拭いてくれない?(なんで「今、頭が働いてないから忘れて」って言えなかったの!?私の馬鹿ぁ……これじゃどっちみちダメじゃない!)」
「でもほんとに俺でいいのか?普段の千華なら俺に拭かれるぐらいなら自分で拭くって言うと思うんだが?」
「別にいいでしょ。あんたが今日は看病してくれるみたいだからそれに甘えてるだけよ。文句ある?」
いつものようにそっけない感じで言うことができた。
(ナイスよ私!これなら変に思われることなく和人に背中を拭かせられるわ!なんか本来の目的から逸れてる気がするけど……まぁいいや!)
「文句はないけど……分かったよ、背中は拭かせてもらうよ。」
彼は何かを諦めたようにして承諾してくれた。
私は心のなかでガッツポーズをするとパジャマのボタンに手をかける。一つ一つゆっくり外し、彼に上半身下着姿を見せる。彼はそんな私の姿を極力見ないようにてっしていた。
「ねぇ、下着も外した方がいい?」
「それは絶対やめてくれ。ただでさえ今の千華の姿は目のやり場に困るんだから。」
「そうなの……?」
彼は顔を赤くして顔をそむける。それはちょっと嬉しいかも……
「じゃっ、早速お願いするわ。」
そう言って私は彼に背を向ける。
「了解。」
彼は私の背中にゆっくりタオルを押し当てる。そこから力加減に気を付けながら入念に拭いていく。うなじから腰の辺りまで隅々まで。
「それにしても綺麗な肌してるね、白くて艶がある。」
「それ、人によってはセクハラになるから気を付けなさいよ。」
「うっ……ごめんなさい。」
「まぁでも、誉め言葉として受け取っておくわ……ありがと。」
彼から何か言われる度に私の気持ちは一喜一憂する。なんでこんなにドキドキするのかしら……
「はいっ、これでおしまいな。後は自分で拭いて着替えてくれ。」
「ありがとね、助かったわ。」
私がお礼を言った後、彼はそそくさと部屋を出ていった。
「さて、とっとと拭いて着替えちゃうか。」
てきぱきと作業をこなし、着替える。洗濯に出すものは畳んでおく。
彼に終わった事を伝え、畳んだ衣服を渡す。彼はそれを洗濯機に持っていった後、私の部屋に来る。
「そういえばあんた、今日はどうするの?うちに泊まっていくの?」
この時間まで馬鹿みたいに看病してくれた彼に思わず問いかける。
「もし泊まるんだとしたら寝るとこ決めとかないとだし。」
「そうだな。でも俺は泊まらない事にするよ。寝巻ないし。」
「あっ、そっか……」
もともと和人は泊まりを考えて来たわけじゃ無かったしな……寂しいな……
「大丈夫、寝る直前まではいるから。」
私の心情を察したのか、彼は優しく笑い頭を撫でる。なぜだかそれはとても安心できた。
「なんであんたは私の頭をこんな無遠慮に触るのよ……」
「千華がしょんぼりしてる気がしたからな。」
「あんたってなんでそんなに私の事を気にかけるわけ?なんか前にも同じような事聞いた気がするけど。」
「守りたいって思ったからだけど。」
「私はその理由を聞いてんの。」
私は真剣な眼差しを彼に向ける。この事は前から気になっていたことなので、そろそろ教えてほしかった。
「……そうだなー……」
彼は斜め上へと視線をさまよわせる。そして後頭部をぽりぽりとかく。どうやら言いにくい理由があるようだ。
やがて、彼は何かを決心したように息をはいて私を見る。
「……似てるって思ったんだ、俺と千華が。」
「似てるってどういう事よ?」
「なんつーか、境遇というかキズというか……似てる気がしてな。」
そう言う彼の表情はしんみりとしていた。
「千華は過去から現在まで親関係のトラブルが続いてるんだろ?」
「はっ……なんでそれを……?」
一番知られたくない事を知られてしまった恐怖が私を包む。和人には知られたくなかったのに……
「今日の午後に千華のお母さんが帰ってきてな……少し話した。」
「何を……話したの……?」
「千華に対して冷たくする理由を聞いた。あの人は千華に対してあまりにも愛情がないって思えたから。」
彼の声は重く、表情は暗い。私はだんだん動悸が激しくなっていき、息をするのが辛くなってくる。
「あの人がどうしてあんな感情を抱くようになったのかは分からないけど、自分の子供をあんなに嫌うのは間違ってると思うよ。」
「……やめて……」
「俺は千華の力になりたい!どんなことであれ俺にできることなら協力する。だから、_」
「やめて!!」
気づいたら私は彼に声を荒あげ、叫んでいた。
「あっ……ごめん……」
「いや、今のは俺が悪いから……千華が謝る必要ないよ。」
私は彼に酷いことをしてしまった。彼は私を守ろうと必死で、私のキズに触れようとしたのだって私の力になりたいからなのに……
「いえ……私の方が悪いの。あんたは私に手を差しのべてくれたのに私、知られるのが嫌で……」
「千華のせいじゃないよ。悪いのは俺なんだから。キズって絶対人には触れられたくないものだからそれは仕方ないよ……俺も聞き方が悪かった。」
彼は一呼吸おくと、真剣な表情になる。
「千華、俺は君の力になりたい。どんな小さなことでもいいから。
でも、だからってキズの事を無理には聞かない。千華が話したくなかったら一生話さなくていい。それでも俺はいつでも千華の力になる……だから、いつでも頼ってくれ。」
そこまで言うと、彼は太陽のように笑った。
彼の本心からの言葉を聞いて、私は自分の内側からじんわりと温かいものが溢れてくるのを感じた。
私は、それが涙だということをすぐ知ることになる。
「あれ……?なんで私……泣いて……」
口ではこんなことを言いながら困惑していたが、本当はどこかでもう分かっていた。
嬉しいのだ。前からずっと、信頼できる誰かに頼りたかった……弱音をはきたかった……でもできなかった。そこまでの信頼を得る人物が少なかったし、仮に信頼できる人にキズの事を話したら関係が変わってしまいそうで怖かった。
でも、彼は……彼なら私のキズすらも受けとめて傍にいてくれるかもしれない……そんな淡い期待があった。
だが、それと同時に怖さもある。この事を知った彼が私の傍からいなくなってしまう事も考えられたからだ。それがどうしようもなく怖い。
(怖いけど……初めて心の底から頼りたいと思った人にちゃんと言わなきゃ……私の過去を……現在を……。でもどうやって……?)
「大丈夫か?えっと、ティッシュ持ってきた方がいいか?」
目の前で慌てる彼を見ると心が落ち着く。そうすると考えも上手くまとまる気がする。
(あっ……そうだ……)
私はあることを思いついたので早速実行してみる。
「ねぇ、私の過去の事知りたい?」
「もちろん知りたいよ。」
「それなら話すけど……和人の過去も教えてほしい。」
これが私の出した答え。彼が「私と境遇やキズが似てる」と言ったのを思い出したので、私が過去の事を話しやすくなるのと同時に、個人的に気になっていた彼の過去を知れるチャンスだと思ったのだ。
だがこれは、下手をすれば彼のトラウマかもしれない過去を掘り返してしまう可能性があり、とても危険だ。 でも、今の私にはこれしかない。
「……確かに、人のキズを知るんだったら自分のも教えなきゃだよな……」
意外に成功しそうだった。どうやら彼は交換条件と解釈したらしい。
「いいよ、千華のと比べたら大したことない話だけど……話すね。」
よかった……話してくれるみたい。正直言って怖かったからひと安心だ。
「あれは俺が3歳の時だった、ある日突然、元自衛隊員の父さんがうちにある道場で合気道を教え始めたんだ。いきなり連れてこられて、「お前にはこれから生き抜くための術を教える」って言われた。俺は最初はなんの事か分からなくて深く考えずに父さんの教えを受けた。最初の2年ぐらいは特に厳しくもなく、足さばきや受け身、構えなんかの基本的な事を教わった。
でも、2年がたつと今度は本格的な格闘術を教わるようになった。そこからが地獄の始まりだったよ……」
そう言う彼の表情は暗く、辛そうだった。辛いことを思い出させてしまった……私は罪悪感で胸が締め付けられた。
「最初は総合武術格闘術で基礎のレベルアップをさせられてな、そこから自衛隊格闘術に短剣術、あとほんの少しだけどゼロレンジコンバットをやらされた。どれも厳しくて、合気道を軸にした自衛隊格闘術のアレンジを完璧にするために父さんと本気の訓練を何年もやらされた……毎日傷だらけになって死にそうだった。」
「えっと……格闘術のことは分からないけど、私よりも酷いじゃない!そんなに毎日傷をおって……なんとかならなかったの……?」
「どうにもならなかったよ……母さんは俺の味方で父さんのやり方に反対してたけど、母さんはもともと病弱でよく体調を崩してたからそれどころじゃなかったんだ。
それに、反抗すると父さんは母さんや俺に手をあげることもあったから、母さんを守るために言うことを聞くしかなかった。」
「そんな……それってDVじゃない!」
「母さんは俺が辛かったときに自分の事のように泣いてくれて、抱き締めてくれた……あの時の俺の唯一の味方だったんだ。
あの時の俺は助けを求める人のあてなんて無かったから……守るためには従うしかなかった。」
彼の過去はあまりに重く、こんな条件で聞いた自分を後悔した。私の過去との引き換えに話していいものじゃない……
「そんな味方の母さんも俺が9歳の時に亡くなった。入院先の病院で、病気に侵されて死んでしまったらしい……
俺はその時母さんのお見舞いにもお葬式にも行きたかった……けど、行けなかった……」
「なん……で……?」
「父さんに止められた。あいつはお前には必要ないって言われて……それでも行こうとしたら殴られて蹴られた。
そしてこう言われた、あいつが死のうが生きようが俺たちには関係ない。それよりお前は稽古に集中しろって……それを言われたとき俺は、父さんに明確な殺意を持ち始めた。」
「あっ……」
私は彼の顔がどんどん闇をおびていく事に気がついた。彼が怖い……震えが止まらない。
「そこからは父さんを殺すためだけに教えを受けた。父さんも俺の殺意を利用してか銃やナイフの扱い方を教えたり、実戦訓練と称して山で改造エアガンと本物のナイフを使った訓練をしたり……どんどん過激になっていった。訓練で学校にはほぼ行けてなかったよ。
あの時の俺には学校よりも何よりも父さんを殺すことが何よりも優先事項だったんだ。
そして、俺が中学3年の時、突如父さんは中東の紛争地域に傭兵として赴いて、そこで死んだ。」
「そう……なんだ……」
「死んだって聞いたときはなんて形容していいのか分からない気持ちになった。嬉しいような、悲しいような……。
でもさ、その年の大晦日の時にあることがあってな……キズの事は気にせず、母さんにきちんと顔向けできるような人間になろうって思った。
だから、今ではまだキズは癒えてないけどこうして元気に暮らせてる。
それに、今は千華や葉月、冬達が周りにいるんだからキズの事なんて思い出さないよ。」
彼は今までの暗い表情から一転、朗らかに笑う。私はその表情に安堵する。
「そっか……じゃあ今は、」
「あぁ、今は思い出したくもない過去ってだけで現在進行形で何かあるわけじゃないよ。」
「よかった……」
「千華がホッとするのかよ……そんなにやばかったか?」
「やばいなんてもんじゃないでしょ!一歩間違えたら心か体が死んでたのかもしれないのよ!?……ホッとしない方がおかしいでしょ……」
「かなりびっくりさせちゃったな……ごめんな?」
彼は頬をかきながらなんとも申し訳なさそうに言う。
「別にいいわよ、今はもう何もないんだし。」
「そっか……うんじゃあ次は千華の番だな。」
「まぁ、そうね。あんたの後に話すのも気が引けるけど……」
私は一度深呼吸をして頭を落ち着かせる。彼に……伝えるんだ。
「あれは私が5歳になろうとしていた頃、それまでは普通の親子だった。笑顔の絶えない温かい家庭。
私は物心ついたときからテレパシーが使えた。人の心が分かって、言葉を交えなくてもコミュニケーションがとれる……親はそんな私を最初は誇らしく思っていてくれた。
でもね、あの時の私はまだ子供で、子供だからこそやり過ぎた。人の考えをすぐ話したり、考えをよんで色々やった。
その結果、私は幼稚園で孤立した。理由は友達の心をよみすぎたせい。よんですぐに先生や他の友達に話しちゃったから、みんな気味悪がって近寄らなくなった。それは親でさえもそう。最初は優しく接してくれた親も、徐々に私の事を気持ち悪いと思うようになっていった。そして、いつしか罵倒がはいるようになっていった。」
「それって……精神的虐待じゃねーか!」
彼は私の親に対する怒りをふつふつとたぎらせている。怒ってくれるのは嬉しいな……
「でも、それだけじゃ飽きたらず、親は私の食事の用意もしなくなった。基本的に自分で用意して食べろってスタンスに変わっていった。
その時はまだ小学生の頃だったから、料理とか全然できなくてよくカップ麺を食べてた。そして、少しずつ料理の勉強をしていって今では自分でご飯を作ることぐらいは朝飯前になったんだけどね。」
「それは今も続いてるんだろ?どうにかしてやめさせなきゃ!」
「無理よ、うちの親は何言ってもやめないわよ、しつけって言って。
ともかく、うちの親に頼らなくても生きていこうって決心したのは小学3年生のころだったわ。そのために勉強もバイトも今まで頑張ってきたわけだし。
その地獄もあと1年半で終わるのよ。だから、私はあと1年半耐え抜くつもり。耐えれば私は自由になれる!だから、私は……」
「今まで辛かったな……」
彼はそう言うと私の頭を優しく撫でる。哀れむ表情で私をしっかり見据えて。
「今度からは俺もいる。だから、いつでも、何でも頼っていいからな。」
言い終わると、彼は私の事を優しく抱きしめた。突然の事で私は困惑する。
「えっ!?ちょっと!?……なんで!!?」
「大丈夫……大丈夫だから……」
「そう言うことじゃなくて!!ちょっ、離して……」
抱きしめられること数分、ようやく離してもらえた私はジト目で彼を見る。彼はとても申し訳なさそうにしている。
「……ほんと、ごめん……感きわまった。」
「フツーにセクハラだからね!女の子に抱きつくとか!!……私だからよかったものの……」
最後の方は小声で言う。彼は「何か言った?」といいたげな顔で頭の上にハテナマークをつけている。
本題に戻るために私は咳払いをして、続ける。
「とにかく!私とあんたはキズを教えあった仲なんだから!これからは、その……どんどん頼るから覚悟しなさい!!」
若干顔が熱くなりながらもハッキリ言う。彼は笑顔で「分かったよ」と答える。私と彼の間により強固な信頼が築かれた気がする……これで彼との仲も深まったよね?
(それにしても彼に抱きしめられた時すごく安心したな……って何考えてるのよ!!)
「さっ、話も終わったし早く寝な?」
「うっさい、分かってるわよ。」
気恥ずかしさからか布団を被る。なんか胸がドキドキして寝れる気がしない。
「じゃっ、お休み。」
彼が電気を消した後の部屋では、原因不明の胸のドキドキのせいで当分寝られない私がいた。




