164話 初芽〔5〕
藤崎さんが席を立ってから数分後、やや緊張した面持ちの雪原さんが居間に入ってくる。
「えっと……こんにちは……」
「えぇ……こんにちは……」
これからなにをするのかわかっているからか、快活には話せない。
「さて、それじゃあ宣戦布告といきますか」
藤崎さんはなぜか元気そうだ。外野から楽しそうね……
「いやあの……まだ私は心の準備ができてないというかなんというか……」
「千華ちゃん、大丈夫。そしたら寝室で3人でしてもらうから」
「なにさせる気ですか……」
藤崎さんはほんとに変なことしか考えないわね。雪原さんも引いている。
「まぁとりあえず話してみなよ。『どっちが勝っても恨みっこなし』って関係じゃないと後味悪いでしょ? 」
「それはそうですけど……」
「だから、変に取り繕わないで素で話しな。考えながらよりもそっちの方がきっといいよ」
藤崎さんの言葉がさっきまでと変わる。急に真面目になられるとこっちが混乱するわね……
「……わかりました。蒼音さん、じゃあ話しましょうか」
「えぇ、もちろんよ」
私と雪原さんはお互い向かい合って座る。私はゆっくりと息を吐くと口を開く。
「私は柊くんのことが好き。どうやら振られても諦めきれないみたい。
だから、アプローチを続けていくわ」
「えぇ、わかってる。こっちだって彼氏を簡単に渡す気ないから」
言いたいことがなんとか言えた。とりあえずこれでやることは終わったわね。
「おぉーいいね、まさに真剣勝負って感じ」
「楽しそうですね千歳さん」
「もち、だって私関係ないし! 」
「「……」」
藤崎さんってほんとになんなのかしら。真面目になったりふざけたり……振れ幅が大きすぎてわからない。
「話し終わったみたいだし、あとはお菓子でも食べながらまったりしよー」
藤崎さんは楽しそうな表情で寝転ぶ。私は帰った方がいいのかしら。
「あの、蒼音さん……」
私が帰ろうかと考えていると、雪原さんが話しかけてくる。
「どうしたの? 」
「いや……もう少し話すことがあるから……」
雪原さんはそう言って廊下の方を指さす。2人っきりで話そうってことね。
「いいわ、移動しましょうか」
私たちは静かな廊下へ移動する。ここに移動すると外の雨音が聞こえてくる。
「話したいことっていうのはね……私、みんなから言われてるほどいい子じゃないの。学校では猫を被ってるだけだし、素ではそんなにニコニコしないから。
だから……印象が違くなるかもだけど、そこはよろしくね」
彼女からのカミングアウトに少し驚く。それと同時に安心感が出てきてしまう。
「えぇ、よろしく」
彼女の驚いた顔を見て、自分の口角が自然と上がっていたことに気づく。
「……ごめんなさい、雪原さんが思ったより普通だったからつい」
「普通……」
「悪い意味じゃないわ。天使なんて言われている人だって人間味があるってわかって、少しほっとしただけだから」
「あーそういう感じね」
雪原さんはクスッと笑う。お互いの間に柔らかい空気が流れる……そんな感じがした。
「そういえば、雪原さんは柊くんとどこまでいったの? 参考に聞かせてほしいわ」
「彼とは体の関係までいったよ。今は定期的にしてる」
思った以上に進んでいるのね。こうなってくると私もどんどんいかないと手遅れになるわね。
「まぁ、彼になにしても無駄だと思うけどね。だって彼、とんでもなく一途だし」
「あらっ、少し黒い部分が出てきたわね。でもそれはどうかしら、何事もやってみないとわからないものよ」
さっきまでの柔らかい空気はどこへやら、一気にピリついていく。
ようやく私はスタートラインに立てた。あとは、後悔なく彼にアプローチするだけ。
たとえどんな結果になろうとも……
千華が蒼と廊下へ出ていって少しした頃、急に寒気が襲ってきた。
「モテる男は辛いね〜」
俺の細かい変化に気づいたのか、千歳さんはニヤニヤ顔で話しかけてくる。
「変なこと言うのやめてください……」
千歳さんにはこう言ったけど、休みが明けたらどうなるのかわからない。
危ないことが起こらなきゃいいんだけど……




