161話 初芽〔2〕
チッチッと時計の針が刻む音だけがする。彼は私の言葉をじっと待ってくれていた。
「……昨日姉に言われたことがあったの。内容は言えないけど、それを言われた時私は自覚し始めたのよ」
「うん」
「でも、まだ確信に変わらない。だから、少し協力してくれる? 」
私は彼の目をまっすぐ見つめて話す。彼もまた、正面から向き合ってくれた。
「うん、俺にできることなら協力するよ」
「そう……それじゃあ手を出してもらえるかしら」
そうして彼の差し出した手に触れる。指先が触れただけで心臓がドクンと鳴り、脈が早くなる。
今度は彼の手を両手で覆うように触ってみる。男性のゴツゴツした手の感触と彼の体温を感じる。
不思議な感覚になってくる。なんというか、ふわふわとして心地よいようなそんな感覚。
「……」
私はそのまま彼の手を自分の頭の上に持ってくる。私は彼に一度もされたことのない、頭を撫でられるという行為だ。ティタニアさんがされているのは見たことがある。
「〜っ!? 」
今回のはかなり強烈だった。ただ彼の手を頭の上に置いたのに、安心感と幸福感がいつもの5倍くらいに感じられる。
それに、心臓が暴れて止まらない。これは明らかに異常だ。
前々から感じていたのが一気に確信に変わる。自分を客観的に見てもこれは完全に彼に惚れていることがわかる。
「ありがとう……もういいわ」
私は彼の顔が見れなかった。一気に自覚した初恋に顔が熱くなってしまう。
……伝えるしかないわよね。
「それで、なにかわかったか? 」
「えぇ、負けを認めなきゃいけないくらいわかったわ」
これを伝えたら、明日からどんな顔して接したらいいのかわからなくなるわね……
「柊くん、好きよ。人としてじゃなく、一人の男性として」
この時の私の表情はどんなだったのだろう。彼の反応から、少なくともいい表情はしてないように思う。
「じゃ、それだけだから。私は先に帰るわね」
好意を伝えたことによる嬉しさより、それによる失恋の方が強かった。痛くて痛くてたまらない。早くこの場から離れたい。
「ちょっと待って! 」
足早に生徒会室を出ようとする私を、彼は腕を掴んで止める。
「なんで引き止めるのよ……」
まだ彼の顔を見れない。今上を向いたらぐしゃぐしゃの顔を見せてしまう。
「最後の方、蒼がとても辛そうにしてたからさ……」
彼は私の腕から手を離す。
「あれは……本気ってことでいいんだよな? 」
「酔狂でこんなこと言わないわよ……」
「あぁ……そうだな」
私は目線は下のまま、彼の方に向き直る。
「少し胸を貸してくれる……会長命令よ」
「……わかった」
彼の胸に顔を押し付ける。その瞬間、我慢していたものが溢れ出す。
なんでもっと早く気づけなかったのだろう……なんでこんなタイミングで……
「馬鹿……ばか……」
気づけば私は握りこぶしを彼の肩にぶつけていた。何回も何回も、ただひたすらに。
「気が済むまで付き合うから……こんな俺でごめん……でも、好きになってくれてありがとう……」
彼の言葉によりまた気持ちが溢れた。声を聞かれたくないから、押し殺して泣く。
その後涙が枯れるまでずっと彼の胸で泣いていた……
「……迷惑かけたわね、ありがとう」
かなりの時間が経ち、流石に涙も出なくなった。ようやく彼の顔が見れるようになり、安心……とはいかない。
明日から柊くんとどう接したらいいのかわからない。ぎこちなくなるのは当然ね。
「いいよ、全然。それで蒼が前に進めるなら」
彼はいつも通りに接してくれる。彼なりの優しさなのかしら……
「明日からはいつも通りにするわ。あと、」
あれだけ泣いたのに、
「あなたのことは確実に卒業まで引きずるから」
不思議なことに、こんなことを言うぐらい彼への好意はまだあった。
諦めきれないってことなのかしら。
「えっと……こういう時の言葉が出てこないや……」
彼は明らかに戸惑っていた。気持ちはわかる。
「とにかく、明日からもよろしく。私は先に帰るわね」
私はスッキリとした気持ちで部屋を出る。そういえば、雪原さんにも伝えておかないと不味いわね。折を見て伝えよう。
「まじか……」
俺は蒼が出ていった後、なんとも言えない気持ちになっていた。
「アンヘルが増えたって考えていいんだよな……千華になんて説明しよう」
俺は、新たに出てきた問題に頭を悩ませるのであった……




