14話 家庭教師をやったらまずい事になりました
夏休み初日、いつもより30分遅く起きた俺は、出かける準備をしていた。
遊びに行くわけではなく、新しいバイトに向かうためだ。
今までは居酒屋のバイトをやっていたが、昼間のバイトもしたいということで、より稼げそうな仕事を探した。その結果効率のよさそうなバイトが見つかったのだ。
「あれ?和人も今日バイトなの?」
出かける準備をしていると、起きてきた葉月にびっくりされる。
「あぁ、新しいバイトが見つかってな。俺もってことは葉月もか?」
「そうだよ~私も今日バイト。」
「あのカフェのやつか。」
葉月はここから徒歩10分のカフェでバイトをしており、本人はとても楽しそうに働いている。
「和人はどこなの?新しいとこ。」
「東雲の近く。」
「遠いね~大変そう。」
「行き帰りは大変だけど仕事内容はそこまで大変じゃないよ。」
「そうなんだ。頑張ってね~」
葉月と話している途中で準備が完了し、出かける。
「戸締まりしっかりな。遅くなるときは連絡するから、そのときは自分で夕食食べてくれ。」
「分かってるよ、いってらっしゃい。」
葉月に見送られながら駅へと向かう。
東雲方面へ30分程度電車に揺られ、目的の駅に到着する。
そこで降りて、スマホにメモしておいた住所に向かう。ここ来たことない土地なんだよな……迷子にならなきゃいいんだが。
「ここか。」
なんとか迷子にならずに目的地に着いた。そこは二階建ての一軒家で、普通の家と比べて少し敷地面積が大きかった。
着くとすぐにインターホンを鳴らす。鳴らすとすぐに女の人の声が聞こえる。
そして、玄関を開けて出てきたのは、
「いらっしゃいませ~あなたが先生ですよね?今日から娘をよろしくお願いいたします。」
太めの女性だった。ふくよかな体型をしている40代のマダム。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」
「ささっ、どうぞお上がりください。」
お母様に促され、リビングに上がる。
リビングには小学生だろうか?淡い金髪を背中まで伸ばした女の子がいた。その子は何かに怯えているのか、ウサギのぬいぐるみを抱き締めて離さない。……誰かに似てる気がする。
「この子がこれから面倒を見てもらう娘の友恵です。この子内気なんですけど可愛くて優秀なんですよ。あと、この子は妹なんですけど姉の方もいい子で__」
「はぁ……?」
お母様の話は友恵ちゃんに限らずその姉にまでいたっている。俺はその話を苦笑して聞くしかなかった。
「あら、話が脱線しちゃいましたね。とにかく、これからよろしくお願いします先生。」
「はい、お任せください。」
「それでは私はこれから仕事があるので……頑張ってね友恵。」
お母様はそう言うとリビングを出て、仕事へ向かった。
さて、ここからどうしたものか……
新しく見つけたバイトというのは家庭教師の事だ。今は夏休みで時間はかなりあるのでこういうバイトはかなり向いている。
だが、相手が悪かったかもしれない。なんとか友恵ちゃんの部屋にこれたのだが、肝心の友恵ちゃんは部屋の隅っこでガタガタ震えている。内気ってレベル越えてないか?
「えっと……とりあえず自己紹介から始めようか。俺は柊和人、これから友恵ちゃんの家庭教師を務めさせてもらうよ。よろしくね。」
まずは警戒心をとかないといけないので、自己紹介から始める。無害な事を示すために優しく微笑み、声も棘のないようにする。
が、友恵ちゃんは依然震えたままだ。これどうしよ……
どうすればいいのか分からなくなったその時、ドアが開いた。そこにいたのは、
「あれ?家庭教師って先輩だったんですか?」
麦茶の乗ったお盆を持った秋穂だった。
友恵ちゃんが誰かに似てる気がしてたけど、秋穂に似てたんだ。
「そうなんだよ。今は友恵ちゃんが警戒しまくってるからどうしようか考えてたとこ。」
「ありゃ~やっぱりそうなっちゃうか。」
秋穂はお盆をテーブルに置くと、友恵ちゃんに近づいてその頭を撫でる。
「友恵、大丈夫だよ。先輩は女の子に手を出す度胸ないから襲われないよ。」
なんか半分バカにされてる気がするのは気のせいだよな?
「お姉ちゃん……でも怖いよぉ。」
「大丈夫、ガブリエルだってついてるんだから。」
「うん……」
秋穂の説得のお陰で、友恵ちゃんは恐る恐る俺に近づいてきてくれた。
「えと……柳沼友恵です……よ、よろしくお願いしましゅ……」
友恵ちゃんは最後噛みながらも自己紹介をしてくれる。よかった~まともに話してくれた。
「こちらこそよろしく。じゃあ早速始めようか。」
「は、はい。」
「私は隣の部屋でゲームしてるのでごゆっくりどうぞ。」
秋穂はニコニコしながら部屋を出ていく。
「えと……私は中学受験はしないんですけど、今のうちから色々やっておきたくて……小学校の復習とか、中学校で習う範囲の予習とか……」
友恵ちゃんはノートを広げて、参考書を俺に差し出してくる。その参考書はこの日のために買ったのかまだ新品だった。
「なので、まずはそこから解く問題を指定して下さい。……算数からです。」
とりあえず参考書をパラパラとめくる。難しさとしては絶妙な所だな。意地悪な問題は何個かあるけど、基本は基礎ができればそこから繋げて解ける問題ばかりだし。
「それじゃあまずはここやってみようか。」
「……はい。」
友恵ちゃんは鉛筆を持って解き始める。うさぎは隣の床に置いてある。
そういや俺ってどのくらい信用されてるんだろ?アナライズで見てみよう。
柳沼友恵
好感度12
いや低いな……12って……。まぁでも最初はこんなもんだろ。信用されるように頑張らないと。
「と、解けました。」
解き終わったノートを見て、答えを確認する。しっかり答えられてるな……学力はなかなかあるみたいだな。
「正解だよ。」
「よかった……」
「うんじゃあ次いってみようか。」
「は、はい。」
そのあとも勉強は続く。友恵ちゃんは優秀で、七割程度は正解できていた。できない問題は俺が一生懸命教える。どうやら覚えもいいらしく、教えたことはすぐ吸収していた。
しばらくすると秋穂が部屋に入ってくる。
「友恵~調子はどお?そろそろお昼ご飯食べよ。」
「えっと、待ってお姉ちゃん、この問題解いてから食べるから……先生、これってこのやり方であってますか?」
「あってるよ。慌てないでいいからな。」
「はい……」
「私お昼ご飯用意してくるね。」
秋穂はそう言って一階に降りていった。
「できました、答えあってますよね?」
「うん、あってるよ。」
「それじゃあ私はお姉ちゃんの手伝いしてきますので、先生はここでお待ち下さい。」
友恵ちゃんは急いで秋穂の所へ行く。どうしよう……女の子の部屋に一人って落ち着かないな。
やることもないのでスマホを開いてみる。すると、メッセージアプリの通知が一件きていた。
「冬からだ…」
冬からメッセージがきていたので見てみると、『来週の木曜日に動物園に集合でいい?』とあった。
その日は特に予定もないので『もちろんいいよ』と返信しておいた。
するとすぐに既読がつく。
『嬉しい、それじゃあ10時に集合で。楽しみにしてるから』
『俺も楽しみだよ』
『うん♪(o・ω・)ノ))』
こういうのを見ると微笑ましくなる。楽しみな予定が増えたのはよかった。
「すみません先生、お待たせしました。」
友恵ちゃんはお昼の準備が終わったようで、おにぎりを何個か持ってきた。
「すみません、簡単なものしか用意できなくて……よかったら先生もどうぞ。」
「先輩~何かおかず作ってもらえませんか?おにぎりだけだと物足りなくて。」
「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん……先生に失礼だよ……」
急に部屋にかけ込んでくる秋穂を友恵ちゃんが注意する。どっちが姉なんだか分からなくなりそう。
「料理を作るっていうか、持ってきたものならあるぞ。」
タッパを鞄から取り出す。その中にはエビチリが入っていた。
「お母様に渡そうと思ったんだけど、すぐに仕事に行っちゃったから渡せなかったんだ。」
「わぁ~ありがたいです。先輩の料理美味しいのでご飯が進みます。はい友恵、お箸。」
お箸が4本飛んできた。秋穂の能力ってほんと便利だよな。
「……美味しい。」
友恵ちゃんはとっても美味しそうに食べていた。冷めてるから味の心配してたけど問題ないようだ。
「おにぎりも美味しいよ。」
「よかったです……お口にあって。」
「どうですか先輩、うちの妹は?羨ましいですか?」
「そうだな、しっかりしてるいい子だから羨ましいかな。妹にほしいぐらいだよ。」
「ふぇ!?あのっ先生!?」
好感度12→40
友恵ちゃんは顔を真っ赤にして戸惑う。それと同時に好感度が結構上がった。
「ほしいって言ってもあげませんからね先輩。友恵は私のです。」
秋穂は友恵ちゃんを守るように抱きしめる。
「分かってるからな。何も友恵ちゃんに抱きつかんでも。」
「このまま友恵と先輩を二人にしていいのでしょうか?」
「大丈夫だよ、変なことはなんもしないし。」
「まぁそうですよね、先輩にそんな事はできませんし。」
なんか信頼されてるのかバカにされてるのか分からないんだが。
お昼を食べると、勉強を再開する。友恵ちゃんは、しばしこちらを気にしながらも一生懸命勉強していた。やっぱりさっきの言葉気にしてるのかな?
「あっ、ここ間違えてるよ。ケアレスだな。」
「えっ、あぁ……すみません……」
しょんぼり顔の友恵ちゃん。さっきから集中しきれてないな……
「あのっ、先生……」
「どうしたの?」
「さっきのって本当ですか……?妹にしたいって。」
真剣な眼差しで聞いてくる。
「それなら本当だよ。友恵ちゃんはとってもいい子だし、こんな子が妹にいれば楽しそうだなって思ったよ。」
俺は友恵ちゃんに本心を伝える。別に変な意味はないからな、こういう子が妹だったら成長を見るのが楽しいてきなニュアンスだから。
「はうぅ……」
好感度40→90
友恵ちゃんは顔を真っ赤にして俯く。あっ、これやっちゃったやつだ。伝え方間違えた。
「会った初日でこんな事言うのも変ですけど……わっ、私も先生の事を素敵なお兄さんって思ってて……いえ……実はそれ以上の……って今の無しでお願いします!忘れてください!」
どうしようこれ……ほんとにやらかした。相手はまだ小学生だぞ。てか好感度の上がり方が大きすぎだろ。
「とっ、とにかく!最初は人見知りが激しくて怖かったんですけど……今はとても信頼できる素敵なお兄さんです。」
友恵ちゃんはあたふたしながら訂正してくる。信頼を越えて好意がうまれたんだけどどうすればいいんだろう……?
「えっと、脱線してしまってすみませんでした。続きをやりましょうか、先生。」
友恵ちゃんは笑顔でそう言うが、今度は俺が集中できるか不安になってきた。
「よしっ、今日の分はこれで終わりだよ。よく頑張ったね。」
「はい、ありがとうございました先生。」
なんとか今日が終わった。これから友恵ちゃんとの関係をどうするか考えないとな。
「そういえば、そのうさぎのぬいぐるみっていつも抱いてるの?」
視線をぬいぐるみに向けて言う。最初から気になってた。
「はい、このぬいぐるみはガブリエルっていうんですけど……私が3歳の頃からの友達です。」
「ガブリエルってすごい名前だな。誰がつけたの?」
「お姉ちゃんです。お姉ちゃんが強そうな名前がいいって言うのでそうなりました。」
「なっ、なるほど……」
秋穂のネーミングセンスって一体……
「小さい頃から人見知りで内気な私をお姉ちゃんはずっと支えてくれてたんです。ガブリエルって名前も、私のそばにはすごく強い友達がいるから大丈夫っていう意味らしいです。」
「そんな意味があったんだ……」
意外に秋穂はしっかりした名前付けをしてたんだな。
「妹思いのいいお姉さんをもったな。」
「はい、私の自慢のお姉ちゃんです。」
友恵ちゃんと想像以上に打ち解けて困惑したが、なかなか楽しかった一日だ。
帰り道、空は夏なので昼のように明るい。もう五時だというのに。
電車に揺られる。ここから帰って晩ごはん作らなきゃな。
葉月にメッセージアプリであるlineで晩ごはんのリクエストを聞いてみると、冷やし中華と返された。まぁ夏には食べたくなるしいいだろう。
夏休み初日から思い出に残る事を経験した。これからまだまだ濃い夏を過ごすのだろう。どことなくそんな気がする。
まだまだ夏は始まったばかり……




