132話 サプライズ〔5〕
卒業式が行われる会場である体育館、そこに立って送辞を読んでみた時、原因不明の動悸に襲われる。
まるで体が「今日のこのイベントを失敗させるな」と言っているような気がした。
なんとなくだが、失敗したらなにかのチャンスを逃してしまいそう……そんな気がする。
「……」
私は自分の手のひらをじっと見つめる。少し震えている。
少し落ち着かなければならないのだが、どうすればいいのかわからない。
私がどうしようと考えていると、柊くんの姿が目に入った。
彼は今、夢宮さんと話をしている。彼の真剣な顔からして卒業式での打ち合わせだろう。
夢宮さんが司会をやることになっているので自然な流れだ。だが、なぜだろう……その姿を見ていると胸騒ぎがしてしまって落ち着かない。
なんなのだろう……この気持ちは。この感じは前にも感じたことがあったような……
今はそんなことを考えている場合じゃない。動悸の方を止めないと。
「……」
もうリハーサルの時間は終わり、教室に戻らないといけない。そんな時に体は自然と動いていた。
「柊くん、」
私は柊くんに話しかけ、手を差し出す。
「少しでいいから勇気をちょうだい」
なんとなくだが、彼に触れればこの動悸は治るように思えた。
彼はなにも言わずに私の手を握る。その手は男性を強く認識させるもので、ゴツゴツしていて大きかった。でも、その中に優しい温かさも存在していた。
そして、私を苦しめていた動悸もいつの間にか治まっていた。それどころか、今ならなんでもできそうだ。
「……ありがとう、感謝するわ」
私は彼に背を向けて感謝の言葉を伝える。今は顔が熱く、彼に顔を見られたくないので足早にその場を後にする。
なんというか、今なら在校生代表の送辞をしっかりと読みきれる……そんな気がする。
ありがとう、柊くん……
俺たち在校生はひと足先に体育館に集まる。冬は司会の為、壇上の近くに行って準備をする。
冬を除いた在校生は、予め用意された席に座り、卒業式の開始を待つ。
卒業生の入場を待つだけなので、暇からか周りは少しざわついてしまう。
「和人くん楽しみですね! お世話になった先輩をしっかりと送り出してあげたいです! 」
「そうだな。それはそうと、なんで隣にいるんだよティタニア」
俺は当然の疑問をぶつける。卒業式の席順は名前の順なので、俺とティタニアは隣り合わないはずなのだ。
これってまさか、
「あっ、五十嵐先生が和人くんによろしく頼むって言ってました」
やっぱりか!! 修学旅行での一件があったから想像に難くないけど、まさかほんとにやるとは。
「まぁ楽しいから良くない? 」
俺の左隣にいた葉月が口を開く。つまり今回は葉月とティタニアにサンドイッチされるってことか……変なことにならなきゃいいけど。
「うっ……なんだか寒気が」
俺は背中に感じた悪寒の正体を知りたくなかった。絶対葉月たち絡みだ。
いつものこととはいえ、毎回こうだと嫌になる。そろそろ後ろから襲われそうで怖いな。
「それでは、もうすぐ卒業生が入場してくるので皆さん静かにお願いします」
冬の鈴の音の様な綺麗な声が響く。その瞬間、冬派の生徒たちは一気にピシッと姿勢を正す。
その他の生徒も卒業生の門出を思ってか、静かに時を待つ。
「……それでは、卒業生、入場」
冬の声と共に吹奏楽の演奏が始まる。
この演奏を聞くと、改めて卒業式なことを実感する。
入場してくる卒業生、彼らの表情は真剣そのもので、この場にはとても似合っていた。
「あっ、湊さんだ」
葉月がゆっくりと歩く湊さんを小さく指差す。バレたら怒られるぞ。
「「前風紀委員長、卒業おめでとうございます!! 」」
伊月先輩が入ってくるや否や、風紀委員の人たちが一斉に大きな声を上げる。凄い慕われてたんだなあの人。
そして、卒業生全員が入場を終えると、演奏は止み、静かで厳粛な式が始まる。
冬の司会の元、国歌斉唱や校長挨拶、来賓祝辞などを行っていき、いよいよ蒼の担当である送辞が回ってきた。
「__在校生代表、鈴木蒼音」
「はいっ」
蒼はいつもの冷静な声で返事をすると、壇上の手前へと歩いていく。
そして、卒業生の目の前で一礼をすると、送辞を読み始める。
「温かな心地よい風が春を感じさせる季節になりました__」
蒼は凛とした表情で送辞を読んでいく。しっかりと練られた文を1つ、2つと声に出していく。そこにお祝いと寂しさの感情を乗せて。
やっぱり蒼は凄いな。卒業生の目の前、そんな緊張してしまう場面で緊張を感じさせないパフォーマンスを見せるなんて。
その姿を耀音さんもきっと見てるぞ……
「__以上を、お祝いの言葉とさせていただきます」
最後まで凛とした表情を崩さなかった蒼。送辞を壇上に持っていき、台の上に置く。
そしてそのままの足取りで自分の席に戻っていく。
「ありがとうございました。次に、卒業生代表の言葉。卒業生代表、山崎湊」
「はいっ」
湊さんは前生徒会長としての威厳をたっぷりに、壇上に上がって答辞を読んでいく。
前生徒会長としての最後の仕事にふさわしい程に堂々としていて、かっこいいと思えた。
最後に、頼りになる現生徒会長への激励の言葉を付け加えて答辞は終わった。
体育館は盛大な拍手に包まれた……
「いや〜終わった終わった」
卒業式が終わり、葉月は満面の笑みだ。この後に起こることが楽しみなんだろうな。
俺たちは現在校舎の裏に向かっている最中だ。人気のない場所でサプライズを行うのだ。
「蒼音はちゃんと来るって? 」
「あぁ、少し遅れるけどすぐ行くってさ」
蒼を予めlineで呼び出し、ここで耀音さんと会わせる作戦だ。
「そういえば耀音さんは? 」
「耀音さんなら懐かしいメンバーと喋ってると思うよ。私も最近知ったんだけどね〜和人絶対驚くよ! 」
「なんだよそれ……」
「それじゃっ、私たちは隠れてるから、和人は2人が揃うまで居るんだよ! 」
「頼みました和人くん! 」
こいつら丸投げしやがった!! まぁ、とりあえず待つか……
俺は指定した場所に着くと、温かい風を受けながら2人を待っていた。




