13話 夏休みの前に
夏の暑さもいよいよ本番になり、身を焦がすほどの日差しと暑さの中、学生にとって待ちわびた日が訪れる。
体育館で集会が行われた後教室でホームルームが行われる。
クラスがざわつくなかで通知表配りや先生のお話がすんなり進行していく。終わりの時間が近づくにつれ、皆の期待がどんどん高まっていく。まぁ三宅はいつも通りだけど。
俺はふと葉月を見る。葉月は見るからにこの時間が終わるのを待ち遠しそうにしていた。アホ毛はピョコピョコ跳ねている。……犬かあいつは。
「えーそれでは、これで一学期を終了します。皆、楽しい夏休みを過ごせよ~。」
通知表を配り終えた五十嵐先生はそう言うとホームルームを終了する。
ホームルームが終わるとクラスがどっと賑やかになる。これからくる夏休みに期待を膨らませているのか、皆はいつもよりも元気だった。
学校終わったし理事長室に行くか……。俺は軽やかな足取りで向かう。俺も夏休みがくるのが楽しみなのは事実。浮き足立つのもしょうがないかな~と苦笑する。
賑やかな廊下を通りすぎ、理事長室の前に着く。
ドアを数回ノックして相手の応答を待つ。ノックをして数秒後、「どうぞ」と声が聞こえたので中に入る。
「失礼します。」
「やぁ和人くん、よく来てくれたね。」
理事長室に入ると天夜さんがあたたかく迎えてくれる。今日は天夜さん以外にもう一人いた。天夜さんと同じぐらいの歳の眼鏡をかけた美しい女性だ。
「あの、天夜さんそちらの女性は?」
「この人は里海っていってね、僕の秘書で婚約者だよ。」
「どうも。いつも天夜さんがお世話になってます。」
「いえいえ、こちらの方がお世話になってます。」
里海さんと軽く挨拶をかわす。天夜さんなら婚約者がいても不思議じゃないな。
「さっきまで仕事の打ち合わせをしていてね、今終わったところなんだ。さっ、そっちにどうぞ。」
俺は左側にあるソファに座る。
天夜さんもその後に続いて俺の対面に座る。
里海さんはまだ仕事があるらしく、理事長室を出ていった。
「今日来てもらったのは和人くんにとって大事な話をするためなんだ。」
「大事な話……ですか?」
「そう、実は二学期からうちに留学生がくることになっているんだ。」
「留学生ですか?」
「うん、フランスからのね。」
留学生ってどんな人なんだろ?怖くなければいいんだけど。
「それでね、その留学生って和人くん達と同じ能力者なんだ。だから安全を配慮して和人くんの家に居候させてあげてくれないか?」
「いや居候って……」
「実は留学生って二人いるんだけどどちらも孤児院育ちでね、ここでの生活に不安があるんだ。能力者でもあるわけだし、和人くんのところで生活した方が安心だと思ってね。引き受けてくれないかい?」
「そうですね……」
俺は思わず考え込む。見知らぬ人が二人増えて大丈夫なのだろうか?仲良くできなかったら辛いものがあるな……
「性格的な面では大丈夫。二人とも優しい子だと聞いているよ。」
天夜さんはニコッと笑う。
「それに、支援金も出させてもらうよ。二人で月20万だけど……どうかな?」
「20万って十分すぎますよ。むしろもらいすぎな気もします。」
「このぐらいしておいた方が安心だからね。あと和人くんのところには葉月さんもいるし、すんなり仲良くなれると思ってね。」
「まぁそうかもしれませんね。なんだかんだ言ってうちが一番安全な気がしますし部屋空いてますし……引き受けます。」
「ありがとう……迷惑をかけてしまってすまないね。」
「あーいや、迷惑だなんて思ってないですよ。全然大丈夫です。」
天夜さんが申し訳ない顔になったので慌ててフォローする。
「それじゃあ改めてよろしく頼むよ。ちなみに一人は高校二年生でもう一人は中学三年生だよ。」
「なるほど……」
一人は同級生でもう一人は年下のようだ。変にかしこまらなくてよさそうなのは助かった。
「というか天夜さんってどこから能力者の情報を仕入れてくるんですか?すごい気になるんですけど。」
前々から気になっていたことなので思いきって聞いてみた。
「どこからと言われると具体的なところはあげられないな……多すぎて。まぁ簡単に言うなら先代と僕が繋いできた信頼関係から色々聞いているんだ。」
「なるほど、そうだったんですね。」
「元々うちの本家は銀行を営んでいてね、そのため地元企業はもちろん、そこから政治家や弁護士、学校関係者や大企業の重役なんかともパイプが繋がっているよ。」
それを聞いて顔がひきつる。この人を敵にまわしたらすぐ潰されそうだな。
「とにかく今日はありがとう、和人くんと話せてよかったよ。いい夏休みを。」
「はい、こちらこそありがとうございました。受け入れ準備整えておきますね。」
俺は笑顔で天夜さんと別れ、昇降口に向かう。さっきまで賑やかだった廊下は、今では人が一人もいなく、静寂につつまれている。
俺も早く帰らなきゃと思いつつ靴を履き替えて帰ろうとすると、不機嫌そうな千華に呼び止められた。
「遅い!まったく、人を待たせるんじゃないわよ!」
「えーと……俺お前を待たせた覚えがないんだけど。」
戸惑う俺をよそに、千華は続ける。
「あんたはそんな約束してないかもだけど、私は待ってたんだから早く来なさいよ。」
「理不尽だ……」
理不尽な千華の言葉に肩を落とす。
「つーかなんで俺なんて待ってたんだ?」
すぐに出てきた疑問をぶつける。
「それは……私が友達と話してたらいい時間になって、帰ろうと思ったけどあんたの下駄箱見たらまだのこってるみたいだったから待ってたのよ。五分待ったわ。」
「なんのために?」
「愚痴るため。」
どうやら愚痴るために俺を待っていたらしい。
「だってあんた前言ったわよね?いつでも愚痴っていいって。だから愚痴らせろバカ。」
「ハイハイ、わかったよ。」
自分で言ったことなので責任をとって役目を果たす。
「あんたって今日自転車?」
「いや、電車だ。」
「そう、ならいいわ……行きましょうか。」
千華と一緒に外に出ると、その瞬間肌をなでるような風が吹く。千華のしっぽ髪が揺れてうなじがチラチラ見える。
綺麗な白い肌が覗き、思わずドキッとする。どうしてうなじが見えるだけでこんなにドキドキして大人っぽいと思ってしまうのだろう?
「……見んな。」
「はい……」
千華にすごい睨まれ、凄みのある声で注意される。千華って可愛いんだけどきつめなところがあるんだよなぁ。
「死ね!」
「危な!」
千華が顔を赤くして殴りかかってくる。俺はその手首を掴んで止める。
「あんたなんなのよ!さっきのやつ!」
「あーさっき思ってたやつか?怖いって思ったのは謝るよ。」
「そっちじゃないわ!」
千華は手がふさがってるので膝蹴りをいれてくる。
「ちょっ、もう少しでみぞおちにはいるとこだったぞ!」
「なんではいんないのよ!」
「そりゃ外したからな。怖いじゃないってことは可愛いって思ったことに怒ってるのか?」
「当たり前でしょ!なんであんたなんかに私が可愛いって思われなきゃいけないわけ!?」
「いやだって……仕草とか反応とか顔とか可愛いし、そう思うのは当然だろ?」
「だから、なんであんたはそう思うのよ!私はあんたに容赦なく接してるのに!」
「それでも可愛いと思うよ、俺は。」
「……やっぱあんた苦手かも。意味不明ね、こんな女を可愛いと思うなんて。」
千華はため息をついて俺から離れる。
「……無駄な時間をくったわね、行きましょうか。」
俺たちは再び歩き始める。駅に行き、電車で千華の家がある金岡駅まで行く。
「なぁ金岡まで来てよかったのか?まだ愚痴を聞いてないんだけど。」
「この近くにファミレスがあるから大丈夫よ。そこでお昼と愚痴をとるわ。」
千華の案内でファミレスへと入る。今はまだお昼時なので、中は混んでいたが二人席が空いていたのですぐに座れた。
「あんたもなんか食べるでしょ?なに食べる?」
そう言って千華はメニュー表を一つ取り、テーブルの上に広げて見せてくる。俺もお腹すいてるし何か食べよ。
「あっこれとか美味しそう。」
千華は期間限定メニューを見つけて指差す。今の時期だとかき氷なんかがあるみたいだ。
「……千華ってさ、やっぱり優しいよな。」
いつの間にか思ったことを自然と口にしていた。
「は?なに言ってるのあんた……頭大丈夫?」
千華は意図が読めないといった表情だった。急だし無理もないか。
「だってメニュー表を俺も見えるように広げて見てるし。それに、俺から見てメニューが逆向きにならないようにしてるじゃん。」
「それは……いつもやってることだし、自然とやっちゃうだけよ。あとこれが効率いいし。」
「メニュー表二つあるのに?」
「えっ……」
そうなのだ、この二人席にはメニュー表が二つあるのだ。効率を求めるなら個別に見た方が早い。
「なんでその事を教えてくれないのよ!」
「言うタイミングがなくて……でも、そのお陰で千華の優しいところがまた見つかってよかったよ。」
「よくないわよ……なんかあんたの事嫌いになりそう。」
千華からそんなことをため息をつかれて言われる。まぁ、好感度に変動はないので大丈夫だろう。
「話がそれたわね、あんたのせいで。……で?なに食べんの?」
「そうだな……それじゃあこの海老ドリアで。千華は?」
「私はペペロンチーノ。……ねぇ?あんたさ、もしかき氷頼んだら食べる?」
「ん?もちろん食べるけど。」
「あっそう……」
千華はボタンを押して店員さんをよび、注文をする。ペペロンチーノに海老ドリア、セットドリンクバーまでは普通だが、最後に二人前はあるだろうかき氷を一つ注文した。
「聞いた理由ってこれを注文するため?」
「そうだけど?だってこのかき氷フルーツ乗ってるし、マンゴーソースかかってるから美味しそうで。」
ちなみに、注文したかき氷はさっき千華が指差してたやつだ。
「てことであんたも食べるの協力しなさいよね?……私一人じゃ食べきれないし。」
「分かってるよ。」
そう言って笑顔を千華にむける。千華はそっぽを向いていた。
さて、このあとは愚痴を聞く時間になる。
「最近私の友達の一人がさ、ある人を嫌いみたいでさ__〔省略〕__って私に相談してくるのよ。おかしいと思わない!?だってその嫌いな子って私と関わりのある人でさ_〔中略〕_そしたら友達の気持ちがその嫌いな人バレちゃって、めんどくさいことになって_〔中略〕_私も_〔中略〕_私も頑張ったけどあれが限界だわ……。ほんとにあれは私に頼りすぎだと思わない!?」
「あはは……」
料理が運ばれても愚痴は終わることなく、日頃からかなり鬱憤が溜まっていたのか、容赦なく吐き出していた。俺はそれを脂汗を垂らして聞く程度しかできなかった。
「ほんとにあれは疲れたわ……」
「まぁでも千華はよく頑張ったと思うよ。」
「あんがと……お世辞でも嬉しい。」
好感度60→63
あっ、ちょっと上がった。
「あーなんかあんたに話したらスッキリしたわ。ありがとね、和人。」
「こんなのお安いご用だよ。またいつでも頼ってくれ。」
「言われなくても愚痴るわよ。」
やがてご飯を食べ終わり、デザートとしてかき氷が運ばれてくる。
「ほんとに量あるな。」
「そうね。でも盛り付けがきれいだしとっても美味しそう。」
千華はうきうきしてるように見える。それだけこれが食べたかったのだろうか?
俺は早速かき氷を食べる。あっ、めっちゃ美味しい。冷たいし、口にいれるとマンゴーが攻めてくるのでパクパク食べられそうだ。
「やっぱ美味しい……頼んでよかった……」
千華を見ると、満足そうな表情をしていた。なんか微笑ましくなるな。
「なに見てんのよ……?」
「すごい満足そうだなって思ってさ。微笑ましくなった。」
「むぅ……」
好感度63→75
千華は照れているのか頬を少し赤くして、黙々と食べ進める。俺はまた好感度上がったことにビックリする。
このかき氷はかなり美味しく、二人で黙々と食べたらすぐなくなってしまった。
「にしてももう夏休みだな……千華は何か予定あるのか?」
「そうね……強いてあげるとすればバイトかしらね。あと、部のみんなで行くお祭り。」
「バイトって……千華の事だから友達と遊ぶ予定をいれてるのかと思ったぞ。」
「お金貯めないといけないからね……この夏は遊んでられないの。」
「そうなのか?一体なんのために?」
「内緒……」
そう言う千華の顔は暗く、影がさしていた。理由は……キズに関係がありそうだ。放ってはおけないし、だからといって聞き出すのはダメだ。キズっていうのは誰にも触れられたくないものだから……
「あんたはどうなの?夏休みの予定。」
いつもの表情に戻った千華は俺に夏休みの予定を聞いてくる。
「あー俺も似たようなものだな。バイトとみんなで行くお祭りしかないな。」
「あんただって同じじゃないの……」
「まぁそうなんだよね。」
思わず苦笑いになってしまう。この休みにお金稼がないとなんだよなぁ……少しでも余裕のある暮らしをするために。
「でもさ、葉月には感謝してるよ。部のみんなでお祭り行こうって企画してくれたから。」
「まぁそれはそうね。バイト三昧のなか、楽しみな予定を立ててくれたのは感謝しかないわ。」
この時、俺と千華の間に優しい雰囲気がうまれる。
「そういやさ、バイト三昧ってことは冬とも遊びに行かないのか?」
千華の事だからこの休みに冬とたくさん遊ぶだろうと思っていた俺は思わず聞いた。
「行かないわけないでしょ?絶対一回は遊びに行くわ。」
やっぱりというべきか、千華はさも当然といった様子で答える。
「てか私はあんたにその事を聞きたかったわ。冬とどっか遊びに行くわけ?」
すっごい高圧的に聞いてくる。いや怖いよ……
「来週あたりどこか行こうねって話はしてるよ。……睨むなよ。」
「なんで冬はこんな奴と遊びに行くのよ……冬に変な事したら殺すから。」
千華は睨みながら言ってくる。
「いやしないから。安心していいよ。」
「心配だから私も付いていこうかな……」
「それやっていいのか?」
「冗談よ。冬はあんたと二人で遊びに行きたいみたいだし、大人しくしてるわ。」
千華は不服そうにしているものの、仕方ないといった表情でそう言った。
「そろそろ出ましょうか。」
話をしてご飯も食べたので、会計をして店を出る。
「送ってもらって悪いわね。」
「いや、だいじょぶだぞ。」
店を出た後は千華を家まで送る。
「それじゃあね、和人。」
「あぁ、じゃあな。」
家のなかに入っていく千華を見て、思う。もしあの子のキズについて触れる機会があったら……そのときは絶対力にならなきゃな。
俺は蝉の騒がしい鳴き声を聞きながら駅へと向かった。
「ただいま……」
私は家に入るなり沈んだ気持ちになる。こんなところに帰ってきたくないな……
母親は今、どうやら出掛けているようだ。おそらくパチンコだろう。
母親がいないことを喜びつつ、自分の部屋に入る。
「……楽しかったな……」
ベットに仰向けになって呟く。
彼といる時間は正直言って楽しい。冬といるのも楽しいが、彼と一緒にいると気持ちが落ち着くし、変に演技しなくていいので素でいれる。
だんだん私は和人に対して変な感情を持ち始めた。なんというか、彼の事を考えると少し幸せな気持ちになるし、他の人からの可愛いは全然何も思わないのに彼が言うと恥ずかしいような嬉しいような……
(恋……なわけないよね?だって私が和人なんかに惚れるわけないし。)
私は自分で勝手に納得し、別の事を考え始める。
(夏休みはバイト頑張らないと……ほぼ毎日入れたし。)
私が夏休みをバイト三昧で過ごす理由……それは自立資金を貯めるためだ。
大学進学と一人暮らしの為のお金を今のうちから貯めておき、高校卒業と同時に親元を離れる。大変なのはわかっているが、最低な親から離れられるのならばこれぐらいなんともない。
(父親は自分に不利な情報が少しでもでないように、私との絶縁は絶対しない。だから一人暮らしする以外に親から離れる方法はない。)
最低な親の事を考えていると、ふと彼が脳裏をよぎる。
(なんで和人なんかが出てくるわけ!?あいつになんとかできる問題じゃないし、それに……この事を知ったらあいつは……)
もしかしたら事故に遭ってしまうかもしれない。その事が頭から離れない。
(和人の事だから私を助けるために首を突っ込んで、父親によって事故に遭うかもしれないし。)
そう考えた瞬間、動悸が激しくなる。自分自身で意味がわからず困惑する。胸が締め付けられるように痛む。
(なんでこんな苦しいの?確かに和人はいい友達だけど、だからってこんな……)
原因不明の動悸と痛みを抑えるために深呼吸をする。大きく、ゆっくり。
(とにかく、和人にはこの事は言わないでおこう。)
私は、ようやく冷静になり始めた頭でそう決意するのであった。




