119話 神尾先生とお話
神尾先生はお茶の用意が済むと、話を続ける。
「わしは基本人を取らん。自分の研究と嗜好の品探しで忙しいからな。だが、天夜は研究室に入れた。その理由はわかるか? 」
「その時間を切り詰めてでも教えたいと思ったからですか? 」
「いや、その年の希望生にむっちゃ可愛い美女がいたから」
神尾先生はそう言い切ってお茶をすする。理由がシンプルで酷い……
「その子を取るのに他は取らないってのは、ちょっと体裁的によくないから……譲歩して3人だけ取った。さっきお前が言ったことは3割ほど正解だ。この3人は、それぞれが個性的で、どんな成長をするのか楽しみだったからというのも事実だ」
「なるほど……」
天夜さんの他に2人いるのか。どんな人なんだろう……
「1人はとっても可愛くて美しくて、掴みどころのない子でな! もう目の保養になり過ぎてなり過ぎて! 」
「すみません、それはわかったので他の人をお願いします」
ハッスルするこの人をどうにか抑える。下手すれば女子生徒の話題でこの時間が終わってしまうところだった。
「コホン……もう1人はなんというか……危ない奴だった。頭はよく思考力も柔軟、だが極論じみた思想を持っていた。
天夜はまぁ……眩しいやつだと思った。真っ直ぐな目で『能力者の助けになりたい』なんて言っていた。わしのようなジジイにはとんでもなく眩しく見えた……イケメンなところがマイナスだが」
「あのっ……そこの評価基準はいらないです」
いい話なのに最後の一言で台無しになった。私怨が混じってる。
「まぁあの3人と過ごした時間はなかなか悪くなかった。楽しいと思える人付き合いができたからな」
「そうなんですね……ところで、先生の研究室って基本的にどんなことをしてるんですか? 」
「大体は自由だ。各々がやりたい分野を突き詰めていけばいい。わしの研究を手伝ってもらうこともあるが」
神尾先生の研究室はかなり自由でこれといった制限はないようだ。有名な人みたいだし、きっちりしていると思ったから意外だった。
「天夜は日本での教育制度や教育の為の支援制度、各家庭の幸福度などを調べてまとめていたな。いずれ学校に勤めるからと張り切っていた」
「そういう努力をしていたのは納得です。じゃないとあの歳で、理事長になんてなれていないと思いますし」
天夜さんの努力の影が知れて、彼がどんな思いでここまでやってきたのかが少しわかった。天夜さんにはより一層頭が上がらなくなったな……
「ところで柊、お前は父親は雅人、母親は文香で間違いないな? 」
「はい、そうですけど……」
いきなり両親の名前を言われて戸惑う。急にどうしたんだろう……?
「……わしはお前の両親とも面識がある。特に文香ちゃんとはな」
「母さんと……本当ですか!? 」
母さんは研究者だったから、先生と面識があっても不思議ではない。本当だとしたらそれはとても興味のあることだ。
「本当だ。……雅人のことはいいのか? 少ししか話したことはないが、わしの知っていることなら教えられる」
「それは……」
俺は自分の開いた手をじっと見つめる。父さんのことは少し苦い程度の思い出になった。それでも__
「……自分から足を踏み入れられないんです。まだ、そこまで行っていないですから」
自分から知ろうとはしなかった。というよりできなかった。
身体全体が苦手意識を共有しているものなので、どうしても足が止まってしまう。
「……天夜から聞いているが、色々とあったようだな。それなら、文香のことだけ話しておく」
先生に気を遣わせてしまったかな……、今は無理でも、いつかは父さんのことを深く知れればいいな……
「文香ちゃんは大学からの仲でな。もう可愛いのなんのって研究室にいれたんだ。美人で明るいが身体が弱い……そんなあの子に対して親心に似た感情を持っていた。
大学卒業までは特に目立ったことはなく、いつの間にか文香ちゃんが大学を卒業してから2年ほどが経っていた。
ある日文香ちゃんから連絡が来てな、なんでも合同で研究をしないかという誘いだったんだ。わし、その時飛び上がって喜んだものだ」
母さんのことを語る先生の表情は穏やかで、楽しそうだった。
「それに加えて、結婚したと聞いた時には腰を抜かした。というかぎっくり腰をやって寝てた」
「あはは……」
「わしは文香ちゃんの家庭の事情を少なからず聞いていたし、幸せになれるかヒヤヒヤしていたが、声や表情の限りではとても幸せそうだった。打ち合わせの時も笑顔を絶やさず、悩みごとはないとホッとしたものだ。
まぁ、ことあるごとにお前の写真を見せられ、惚気られた時にはむしろ幸せすぎて死ぬんじゃないかと思ったがな」
「すみません、母さん親バカで」
舞さんにもだけど、どんだけ俺のこと話してまわってたんだ。確か俺が小さい時もそんな感じだったな。親バカなところが凄かった。
「そんな文香ちゃんも死んでしまったわけだが……あの子は最期まで笑顔だったぞ」
「そう……だったんですね……」
俺が立ち会えなかった最期、その時の詳細が、母さんの様子が知れただけでとても嬉しかった。しかも笑顔なところが母さんらしいなと思える。
「まぁ、お前自身の人生だ。母親の、信頼できる人間の所属していた学校を選ぶのもいい。それとは違う道を選ぶのもいい。
だが、ここに来るのであればわしはお前を歓迎するぞ、和人」
「……はい、しっかり考えて悔いのない選択をします」
俺は先生にお辞儀をすると、部屋を出る。
自分のことをわかっている人……そのたった1人がとても大きな魅力に感じてしまった。




