105話 傷音
弓道部の朝練が終わると、片付けて教室へ向かう。
朝から弓を引き、集中したためか小腹が空いてしまった。リュックにはラムネしかない。ないよりはましだな。
「柊くん、私が近くにいるのによく校則違反ができたわね。歩きながら食べない」
「ごめん! 」
俺は立ち止まり、急いでラムネを噛み砕く。迂闊だった……気をつけないとな。
ラムネを飲み込むと、自分の教室に向かう。
「おはよう」
その道中で葉月たちとばったりと出会う。
「おはよう皆、今日は早めに家出ちゃってごめんな」
「全然いいわよ。あんたは普段から色々やってるんだし、たまには弓道でもやってリフレッシュしたらいいわ」
「そうです! それに教室一緒ですからいつでも遊べますしね! 」
いつでもはやめろ……その言葉が外へ出そうなところで止まった。
教室に着くと、自分の席に座り、三宅と雑談をしたりして時間を潰す。
いつも通りだ……そう思ったのもこの時までだった。
抑圧されていた不満はいつ爆発するかわからない。
生徒会は生徒の信頼があってこそ成り立つものだ。議院内閣制の関係のように、責任をもって活動しなければ、信頼を損なうような行動をとれば、辞めさせられることもできるのだ。
昼休み、突如として校内放送が行われた。内容としては単純で、「今の生徒会は行き過ぎた行動が目立つ。これでは生徒たちが安心して生活できないだろう。だからこそ、生徒会長の不信任及び、生徒会の再選挙を求める! 」というものだった。
この校内放送がきっかけで、クラス内はたちまちざわつく。今のは冗談なのか本当なのか……それが確信できないから「どうなんだろう? 」といった具合に疑問が大きくなっていく。
そして、程なくして校内放送の主犯だと思われる人物が教室に入ってくる。その人物に見覚えがあった。生徒会の副会長だ。
「皆さん、放送で伝えた通り、私たちは現会長を罷免し、再選挙を行おうと思っております! 認証された暁には、是非とも多田元成をお願いします!! 」
その言葉によってさっきの放送が本当だと確信に変わった。
そして、クラス内はどっと湧き上がる。皆現状に不満をもっていたようだ。
優秀で人気の高かった耀音先輩、蒼音はその妹ということで、期待値が高かったために不満は通常よりも高まりやすかったように思える。
俺の心にはちょっぴり寂しさが浮き上がってきた……
放課後、湧き上がる校内での話し声をBGMに、俺はある場所に向かった。
千華や葉月には「今日の部活行けないかも」と予め断っておき、人を探しに生徒会室に来た。
探している人間はもちろん蒼音だ。あいつ泣いてたり……してないだろうな。逆に怒ってそう。
俺は生徒会室前のドアに手をかけ中に入ろうとすると突然ドアが勢いよく開く。
とっさに手を離して後ろに下がったのでなんともないが、何事かと思ってしまう。
「すみません! びっくりさせちゃいましたか!? 」
「あっいえ大丈夫です、なんともないですから」
中から出てきたのは女子生徒だった。黒髪で背が低く、小動物のような雰囲気を持っている。胸についているリボンの色からして1年生か、生徒会の人間じゃないからなにかの用事だったのかな?
「それならよかったです……あっ、じゃあ失礼しますね」
女子生徒は丁寧にお辞儀をすると、急いでいるのか足早に去っていく。
その去り際に、「会長さんどこなんだろ……」と呟いたことが長い間耳に残っていた。
彼女も蒼音を探しているのか? 一体なんの為に……?
その疑問は、すぐさま答えが出るようなものでは無いので、ひとまず置いておくことにした。
それより蒼音を探さないと……ここにはいないみたいだし。あいつどこ行ったんだよ……
俺は蒼音を探すために校内をくまなく回っていった。
……私はやっぱり生徒会長の器ではなかった。生徒のためと思って行ったものは反感を買い、結果として不信任案を通されてしまった。
再選挙になってしまったが、今の私ではもう勝てないだろう。なぜなら姉のブランド力はもう使えない。人の気持ちも考えられない無能と思われただろう。実際その通りだ。
生徒のため、学校のために利益を優先して行動してしまった。そこにある一人一人の意見は無視して。
「なに……やってたんだろ……」
姉に対してムキになって、蒼音として見られたいからと生徒会に入った。そこは私なんかが入っていい場所ではなかったのに。背伸びしすぎた結果がこれだ……情けない。
私は屋上で独り、グラウンドを眺める。そこでは部活動に打ち込む生徒たちが眩しいぐらいに映っていた。
私はそれをうらめしそうに見る。私はなんのために今までやってきたんだっけ……? 今まで打ち込めてきたものってなんだっけ……?
私は……なんのために……
「やっと見つけたっ」
屋上の扉が勢いよく開き、息を切らした人が入ってくる。
その声色から誰かは容易に想像がついた。私の嫌いな人、柊くんだ。
「なにしに来たの? 笑いにでも来たのなら笑えばいいわ……無能だってね」
「別にそんなことしに来たわけじゃないよ」
彼は私の隣に来ると、なにも言わずに私と同じ景色を見る。
「なぁ、こんなこと言うのは酷かもしれないけどさ、再選挙、出てみないか? 」
彼の口から出た言葉は衝撃的で、私は頭を殴らたような感覚に陥る。
彼は馬鹿なのか? 私が再選挙に出るとして、メリットも勝算もない、そんな人間はただ見世物にされて恥をかくだけだろう。
「あなたは……」
なにを考えているの、続きの言葉は彼の目を見たら自然と出なくなっていた。
私をわざわざ探してこれを提案する辺り、恐らく助けたいのだろう。再び生徒会選挙で勝たせようとしてくれるのだろう。
だが……
「断るわ」
私にはもうその気がなくなっていた。私はもう、下でいいと思ってしまったのだ……




