都合のいい女の子
・これは放送禁止となったテレビドラマを再現したものです。
「――私、君をずっと騙してきたの」
「はぁ?」
遊園地デートの終盤、観覧車にて。
ボクの彼女、宇宙はきれいなひとつ結びをほどき、そう言った。
「い、いきなり何言ってんだよ。冗談きついぜ」
「冗談なんかじゃないわ。本当の事よ。私は君が思うような女じゃないの」
淡々とした表情を崩さず言い放つソラ。
その様子は雲の様に表情豊かな普段の彼女からは想像もつかない。
「……まさか、浮気か?」
「近いけれど違うわ。それよりもっと酷い事よ」
気配りができて、やさしく、頭も良いソラは本当によくモテる。冴えないボクには出来すぎた彼女だ。
だから、浮気を疑ったのだが……。
「実は私、とある機関の研究員なの。そして細胞にしか興味がないの」
「ハァッ!? いきなり何を言ってんだよ。厨二ジョークにしても面白くないぞ」
「私、つまらないジョークが一番キライって言わなかったっけ。……もう少し分かりやすく言うといろんな男の細胞を集める美人局って認識でいいわ」
清楚で可憐で何でも言うこと聞いてくれる普段のソラの口から、「ビッチ」なんて言葉を聞いたことは無い。
眼の前にいるソラはまるで別人の様だ。
「……本当なのか。それは」
「ええ、とある研究のためにね。男に気に入られる演技をして、多くの男の細胞サンプルを集めてきたの。君もそのひとりなの」
「……じゃあ今までのはすべてウソだったって事なのか」
「そうね。大抵ウソよ。『都合のいい女』を演じただけ。あとはサンプル採取のためね。過度なボディタッチやディープ・キス、それに――」
「もういいって。もう十分理解したよ……」
ボクはそう言ってソラの言葉を遮った。
これ以上は聞きたいとは思わない。だけど、不思議と納得している自分がいた。
ゲームやアニメから抜け出してきたような美少女とボクが対等に付き合っていたことが異常だったのだ。
「……ていうかはっきり言ってくれよ。……別れたいんだろ。今日のデートは全然楽しそうじゃなかったし」
「……」
ソラはしばしの間夜景を眺め、やがてゆっくりと唇を震わせた。
「……私は今まで星の数ほどの男と付き合ってきた。イケメンにブサイク、CEOに派遣社員、小学生に後期高齢者、マッチョにデブ、日本人に外国人、男の子に男の娘。石油王にホームレス。……誰とでもね」
「そうかい。研究熱心だな」
「その中のひとり、君は性格面でも肉体面でも遺伝子面でもこれといって特出した点は無かったわ」
「……酷い言いようだな」
「そうね。あえて言うならば研究データの母数が1つ増えたことかしら。――けれど」
ここでソラは、なにかを思案するように言葉を止め、小さな笑みを浮かべた。――”いつもどおり”の笑みを。
「ふふっ、だけれども、私のためになれない手付きで朝食を毎朝作ってくれて、頬を真っ赤に染めながら私の下着を洗濯し、研究に疲れた私を労り、どんなに誘惑しても私に手を出さなかったのは君だけだわ」
「……褒められた気がしないな」
「最後のは褒めてないからよ。『据え膳食わぬは男の恥』ってコトバ、知らないの? この意気地なし」
ソラはわざとらしく肩をすくめ、小さくため息をついた。
べ、別に襲う勇気がなかったわけじゃないんだからねと心の中で言い訳をする。……みっともないな。ボク。
「クソっ! だったら別れちゃえばいいだろって」
「……それもアリっていうか、そもそもそうするつもりだったし」
「まあ、そうだよな」
どうやらボクの細胞サンプルは回収し終えたようだし、これ以上付き合う意味もないのだろう。ごもっともな意見だ。
「でもそうするとさ、また新しい男を探してイチから彼の好感度をあげないと。それって凄く面倒くさいの」
「……確かにそうだよな」
誰かに好かれるって凄く難しいこと。
ボクは、よく理解しているつもりだ。
「それにもう目標は達成したし、こんないちいち猫をかぶりたくないでしょ? 意外と大変だし」
「まあ、わからなくも無いな」
しかし、今日初めて「猫をかぶっていない」彼女と話をしているがこれがなかなか悪くない。確かに今までの彼女のほうが可愛げがあり好みであった。けれど、どこか壁を感じていた。
しかし、今の彼女は無愛想で無面目だが、ありのままの姿を見せてくれる。それが何より嬉しいと感じていた。まあ、このあとに振られてしまうのだが……。
「――というわけで、今日1日中考えて思いついた良いアイディアがあるのだけど」
「……なに?」
「結婚しましょう」
ソラは今まで見たことのない顔をしながら右手を差し出す。
ああ、なんだ。交際破棄かと思ったけど、ただの告白か。驚いて損した。
ボクは、返答として彼女の握手に応じ――
「……って、ええぇぇぇぇっ!?」
ボクはあまりに驚いて、天井に頭を打ち付けた。ゴンドラがゆらりと揺れる。
「……大丈夫?」
「なんとかね……」
ボクは頭をさすりながらなんとか答える。
……正直もう何がなんだか良くわかんなくなってきた。
「心配することは何も無いわ。まず今の仕事辞めたの。だから家事は任せてちょうだい。完璧にこなしてみせるわ」
「――えっ、ちょっと待って。研究の為に細胞サンプルを集めていたんじゃ……?」
「そうよ、だけどもう必要ないから。今までの研究データは某国の科学アカデミーに売却済みしたわ」
漢字だらけの書類を見せながら、涼しい顔でそう言いのける彼女。
ボクは彼女の「素顔」をきちんと知らないが、この研究が彼女にとってどれほど重要だったのかは今日の会話でうかがえる。
そんな大切な研究を売っぱらったなど到底信じられない。けれど、眼の前の書類が真実だと証明している。
「その売り上げの一部でこれを買ったの。開けてみて」
「えっ、あ、うん」
彼女はポケットから白く小さな箱を取り出した。
勧めれられるがままに開けてみると、中には金剛石の結婚指輪。
「……これ、今日思いついたアイディアじゃないだろ」
「うん、それはウソ。ホントは半年以上前からずっと考えてた」
半年以上前って付き合い始めて二ヶ月ぐらいのときからか。
まさか、そんな前からこんなことを考えてた上で「都合のいい女の子」を演じていたとは。
そんなの惚れ直しちゃうだろっ。常識的に考えて。
「……そろそろ答えを聞きたいんだけど」
「そんなの決まっているじゃないか。こちらこそよろしくおねがいします」
「……ありがと」
ソラは赤く染まった頬を隠すようにして俯いた。
……正直、以前のソラの百倍可愛いと思うのはのろけであろうか。
「君が承諾してくれて良かった。この子もきっと喜んでいるよ」
ソラはぼそりと呟くと、自身の腹をやさしくさすった。
まるで大切なものを抱える様に。
「ま、まさか、だよな。ソラ、いや、そもそも……」
「ううん、そのまさかだよ。私と君の間の子供さ」
「いつから分かっていたんだよっ。というか今、何か月なんだ?」
「さあ、いつ気づいたのか忘れてしまったけど。多分八か月だと思う。……もっと早く言えば良かった?」
ソラは小首を傾げながら、自身の腹部をゆっくりとさする。
すると上着がめくれ、腹部が露わになってしまう。
白い肌とくびれ。
「……な、なあ、ソラ、き、聞きたいことがあるんだけど」
「あ、赤ちゃんの名前? 百八にしようと思うの! いい名前でしょ」
ゴンドラが一周し、係員が扉を開けた。
ソラは僕の発言を遮り、先にゴンドラから降りていった。
……夢の時間はどうやらここまでの様だ。
・視聴者から寄せられた疑問点(と言う名のネタバラし)
・彼女がしていたとある実験。
・「どんなに誘惑しても手を出さなかった」
・中国の研究所、クローン猿作成に初成功(2018/1/26 BBC)
・妊娠八か月のくびれ
・「中に誰もいませんよ」
・試験管ベイビー
読んでいただきありがとうございました。
以上が、自身の知れぬ間に自身の子が出来ていた主人公のお話でした。
今回の小説の出だしのネタはつぶらこーや様より拝借させていただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。