88 西日
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 2000年1月号掲載
88 西日
吹きつける北風が頬に小気味よくあたる。そうそう、12月はこれでなくっちゃ。霜が来ないため、道の草はまだ青々として、ところどころでセイヨウタンポポやオオジシバリが花をつけていたりするが、地面に貼りついた越冬葉のロゼットも見られる。まっ赤に色づいたトキワサンザシの実は、例年通りまっ先に食べられて、木によってはもうきれいになくなった。オレンジのタチバナモドキにはまだ手がつけられていない。
草刈りとトラクターがけにただもう必死、という夏から秋への時期がすぎると、あたりを見回すゆとりができてくる。観察路の草刈りもメインルートについては仕上げの段階までもう終わった。残った脇道やあぜの作業も1,2日分で終わるだろう。あとは4月末まで何もしなくてよい。
草刈りは終わったものの、道のでこぼこを直したり、橋やみぞに手を入れたり、あぜを仕上げたり、といった気長な作業はこれからだ。浄化池の水位調整や水の滞留をうながすために、流路のひとつひとつをパイプ埋設に替えるという今年の大目標も、まだまだ先が長い。
この秋は稲架けと同じ要領で丸太を立て、竿を渡してオギやススキ(いわゆる萱)の束をかけた目隠し(フェンスというか、スクリーンというか)を作りはじめている。時間を食うのが難点で、耐久性にも不安があるけれど、背景にとけこんだ仕上がりにはなかなかの味がある。楽しみだ。
あわただしい農繁期には、ゆとり、ゆとりと口には出しているものの、我ながらとりつきにくい表情をしているのではないかと思う。生きもののための保護区管理と銘打った仕事をするからには、まわりへとふくらみ、波及して行かなくてはどうしようもない。そのためには、かかわるスタッフからして、自分がやっていることを楽しめなくてはならない。「ちょっと遊びの要素も入れて」というのは保護区管理には大切だと思う。
ススキの束を作っていると、青空をカモメが舞う。近くの茂みにオオジュリンやウグイスがくる。農閑期の間に、どなたにも手伝っていただけるこうした心楽しい作業の日というのも設けてみたい。
「遊びの要素」を含めてこの秋やった仕事で気に入っているのは、野鳥病院のフクロウ室の改良。5羽もいるフクロウは大部屋の隅の小屋にいたため、外からはほとんど見えなかった。ふくふくしたかわいい連中を来られた方に見ていただくことと、フクロウたちの福利厚生と、両方を生かす手はないものかというのが、4年このかたの懸案事項。
結局、大黒柱1号氏が古いゴルフネット(何かのゴールかもしれない)と切り込んだ大枝を利用して、3日ほどかけて上手に組み上げてくれた。ネットにからまる事故が不安だが(現に「黒」が2回もからまった)、興味津々、といった表情のフクロウを30㎝の距離から眺めることができるようになったし、ぐっと広がった空間でフクロウたちものびのびしている。その割には大部屋そのものが狭くなった感じもない。大満足である。
大黒柱2号氏もぼやぼやしてはいなかった。これまで野鳥病院の入院患者さん(年間4~5百羽)と記録とをきちんと合わせるのは至難のわざで(本来はそんなはずはないのだが)、毎年の「員数チェック」はつじつま合わせに何週間もかかり、それでも結局は合わないことが多かった。2号氏の発案で野鳥病院の鳥1羽1羽の札(種類・カルテ番号・カラーマークを記録)をマグネットシートで作り(目下140羽前後)、部屋ごとにわけたホワイトボードにとめて、移動などが簡単にわかるようにした。こちらは実働後まだ数日だが、その間だけでももう5,6羽の移動があり、即座にその鳥を特定できるありがたみが身にしみた。札とボードの威力はこれからますます増すことだろう。
「自己満足ですよね」 いいんです。どんな瞬間であれ、満足できればそれでよし。
西日にきらきら輝くススキやオギ、ヨシの種子。風に飛んで、地面いっぱいに散りしいている。地に落ちた種子は他の生きものに食べられたリ、地を肥やしたり、いずれどこかで発芽したりする。見るだけでなぜか満ち足りる晩秋の光景だ。




