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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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82 大きくなあれ

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1999年7月号掲載


82 大きくなあれ


 4月なかばから、日本獣医畜産大学(註 現在は日本獣医生命科学大学)2年の元気な学生さんたちが、月曜の午後のボランティアで来てくれるようになった。彼女たちにとっては、観察舎の仕事はどれも物珍しく、楽しくてたまらないようだ。貝殻まきや干草集めといった人手のいる仕事を中心に手伝ってもらっている。

 カルガモのヒナの体重計測とカラーマークの付け替えは、彼女たちの大好きな日課作業になった。

 まっとうなカルガモのヒナは、ふ化直後の体重が30グラム程度。その日のうちに親鳥に連れられて水辺へと移動する。迷子のヒナが保護されるのは、この最初の旅の途中ということが圧倒的に多い。はぐれビナの入院は毎年恒例で、今年は新宿のマンションの5階のベランダでふ化し、親といっしょに出してやることができなかったという8羽を筆頭に、もう23羽が入院、うち21羽が育っている。

 人の手で飼育する場合は、適切な餌えらびや保温が大切なポイントになる。以前は死んだり、栄養障害で翼が曲がるものが少なくなかったが、今は9割以上が無事に育つようになった。同じような姿でもカルガモとマガモはヒナの食物がかなり異なるらしく、アヒルのヒナ(原種はマガモなので、餌もマガモと同様)はヒヨコ用の配合飼料と青菜で育つが、ふ化したてのカルガモのヒナの代用食は、高たんぱく食である金魚用の浮き餌である。最近はこれに糸ミミズをたっぷり含んだ泥をやるようにしている。泥を与えると発育がとてもよい。

 保温のためには、餌や水入れを置いてある位置よりも一段高いところに、発泡スチロールのトロ箱を利用した出入り自由の保温箱を置き、タオルを敷き、ヒーターとして金網でおおったヒヨコ電球を入れるようにしている。保温箱の中は40℃近くになるが、体重50グラムをこえるまで(順調なら4~7日)は真夏でも保温は欠かせない。このころから餌にヒエを加え、体重が100グラムをこえれば保温をやめて、大きい囲いや室内に移す。金魚の餌は徐々にヒエや鶏の餌に切り替え、本羽がのびてくるふ化後1カ月ころは、動物性たんぱくの過剰摂取にならないように、特に気をつけなくてはならない。

 さて、1週間でヒナは倍以上のサイズに育つ。体重ばかりか嘴や足の成長も著しく、ふ化した時は13ミリ前後の嘴峰長は毎日1~2ミリものびる。個体識別用の足のカラーテープは、たっぷり余裕をとっても、太くなった足に食い込んでしまうことがある。例年はつけなおすひまがないが、学生ボランティアさんがいる今は絶好のチャンスだ。

「10羽いるはずなのにデータが9羽分しかありません。おかしいな。(黄)がいなかったみたい」

 飼育囲いのヒナをつかまえて体重をはかり、テープをつけ直すだけの単純作業だが、相手がすばしこい生きものとなると、いろいろと予期しない事態が起こる。この時は脱走したヒナに気付かず、記録も少々あやしかったため、結局ぜんぶを計りなおす羽目になった。

 目下の課題は、毎日のようにぐいぐい大きくなってゆくヒナたちをどのように禽舎内に配置したらよいかということ。グループごとにきっちりかたまり、きわめて排他的になる連中だ。大きなヒナのところに小さいのを入れようものなら、よってたかっていびり殺されてしまう。そろそろ小さいヒナグループもプールつきの中部屋に出したいのだが、大きい方を大部屋に移すとなると、巨大なアオサギや、妻殺しの前科があるコサギといった危険な連中が一緒になる。もっとこわいのは、魚食性の鳥たちにやっているアナゴのアラ。翼の発育にはひどく危険な餌なのに、カルガモのヒナはとびついて食べるに決まっている。いずれにせよ、次の月曜には結論を出して、学生さんたちに手伝ってもらうことになるわけだ。

 「もう415グラムもありますよ。19日間で12倍!」 ヒナたちを放すまで、あと1ヶ月以上。飛べるようになるのはふ化から10週間ほどだが、いつも8週間ほどで丸浜川に出すことにしている。もしかすると、この期間中にめざましい成長をとげるのは、カルガモのヒナだけではないかもしれない。みんなそろって、大きくなあれ。



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