7 春立つころ
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1993年4月号掲載
7 春立つころ
2月18日、午後6時。たそがれの時刻もすぎ、あたりはだいぶ暗くなってきた。西の空にはわずかに赤みが残っている。ふと目の前を黒い影がかすめた。ひらひらと飛んで行く。明るさを残した空にくっきり浮かんだのはアブラコウモリだった。もう起き出してきたようだ。そういえば前の日の今じぶん、自転車を走らせていて沈丁花の香りをきいた。ニワトコの丸い芽もそろそろ目だちはじめている。
春一番が吹き荒れた2月6日には、気温が一挙に20℃をこえ、夜になると気の早いヒキガエルが何匹か起きてきた。ヒキガエルは地表の温度が6℃をこすと目をさまし、産卵をすませてからまた冬眠を続けるそうだ。昨年も2月上旬に気温が上がり、ヒキガエルが一斉に産卵をはじめた。ところが1週間もたたないうちに厳しい寒気がもどり、オタマジャクシはとうとう1匹も育たなかった。
一昨年はオタマが大豊作で、夏から秋にかけてそこら中で3センチから6センチくらいの小さなヒキガエルがぴょこぴょこ、のそのそしていたものだ。無事に冬をこしたものも多く、昨年夏は街灯の下や玄関灯のまわりに毎晩のようにヒキガエルが集まった。落ちてくる虫をねらっているのだ。11月いっぱい、いや、12月のはじめにも見かけている。
冬眠というからには、ちゃんと穴を掘ってこもるものと思っていたが、ヒキガエルたちの冬眠場所は案外お手がるで、落葉の下でじっとしているだけというものが多かった。これなら起き出すのもまた眠りにつくのも簡単だ。寒くないのかと気にしたら、変温動物は外気温に合わせて体温が変わるので、寒いと感じるわけがないと笑われてしまった。本当かしら?
気温の上昇は2月7日まで続き、7日には観察舎中が結露でびしょびしょになった。館内の大半は暖房がないので、冷えきったコンクリートの建物に暖かい南風が入ると、床じゅうに水滴がつく。まあ、年中行事のようなものだ。
7日の夜には風が北に変わり、気温は急降下した。暖気が残っていた宵のうちは、建物のすぐ後ろでココココ、ココココとヒキガエルが鳴いているのが聞かれ、友人の車の下敷に なったヒカレガエルまであらわれた。翌朝は北風の吹く寒い日で、こんな状態で産卵したらどうしようと気をもんだが、幸いに抱接しているカエルは見られなかった。
このあたりのヒキガエルのご先祖さまは、もう10年以上も前に文京区の実家の池から持ってきたオタマジャクシだ。何回も世代を交代してどうやら定着したらしいが、早すぎる目覚めが続くと、生態系の攪乱を反省したくなる。産卵期になると、300メートル以上も離れたところから、カエルたちがぞろぞろと生まれ故郷の餌場の池に戻ってくる。しげみやじゃり道ばかりか、2メートルの高さの石垣をもものともせず、ちゃんと池までたどりつく。中にはもう抱接しているおんぶがえるもいる。おんぶしたままで垂直に近い石垣をどうやって下りるのか、まだ確かめたことはない。
啓蟄はまだ先。しかし暖房の入った治療室では、窓に衝突してまだ自力採餌をしない若いウグイスが、小声で囀りの練習をはじめた。それはいいけれど、小柄なヤマトゴキブリが床を歩いた!
芝生ではムクドリのペアが餌を探している。2羽が連れだっている時は、はっきりと雌雄の違いがわかる。雄は頭の黒色がつややかなばかりか、体つきもなんとなくがっしりしている。芝生に下りているムクドリは、たいていご近所のお宅で巣づくりをするつがいで、そろそろ去年の営巣場所を物色しはじめているらしい。陽だまりでオオイヌノフグリが咲きはじめた。ユリカモメが桜吹雪のような乱舞を見せるようになった。アオサギの脚が赤みを帯びてきた。
春立つころ、陽光がふりそそぐ時期。季節の変化がまぶしい。