52 泥沼にはまって
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1997年1月号掲載
52 泥沼にはまって
バキバキッと丸太が折れて、泥といっしょに持ち上がった。ああ、だめか。重い丸太を引きずりながら、途中で息をついていると、「ありがとうございました!」という石川君の声が聞こえた。声がはずんでいる。やった。抜けた!
11月11日から保護区の再整備第二期工事がはじまった。今年度の工事で保護区中央のセイタカアワダチソウの原野の大半は浅い浄化池(棚田)にかわる。深めの池もあり、ここで掘り上げた砂を観察舎正面の干潟に入れて底質改良をはかる。さらに4ヵ所の観察壁と、青潮対策の溶存酸素量自動測定装置を設置することも含まれている。
広大な浅い池ができるのはありがたいが、これを開けた水面や泥地、まばらな植生といった水鳥の好む状態に保つのは楽ではない。わずか1500平方メートルの棚田すら、手作業の限界だった。一挙に15倍になる棚田をどう管理すればよいのか
小さいユンボー(パワーショベル)を借りて使わせてください、と頼み込んでいた。私はいちおう、3トン未満の「小型車両系建設機械」を動かす資格(18歳以上で2日間の講習を受ければ、誰でも取得できる)がある。必死になって食い下がり、「前向きの返答」にこぎつけたが、さて、ほんとうに借りられるのか、操作ができるのか。
見上げるような大型のブルドーザーやユンボーが工事のために搬入されてきた。中に、見るからにかわいらしい小型のユンボーも1台あった。最初の週のうちに、古なじみの現場監督さんから、「練習させてやれって言われてるからよ、おもちゃのユンボーが空いてる時は、いつでも使ってよ」と言われた時は、仰天してしまった。うわーっ。
保護区内の工事現場には電線もガス管も、車や人も、石すらない。まわりはベテランのオペレーターさんぞろい。こんな理想的な練習環境はない。私の次には相棒の佐藤君と石川君、そして職員の富田さんや主人まで練習をはじめた。
少し慣れると実際の仕事をやりたくなる。棚田の天地がえしをやって感激した。スコップでは1枚耕すのに10時間近くかかるものが、1時間ちょっとで軽く終わったのだ。天地がえし、道づくり、水路づくり。どれも何日もかかる力仕事のはずが、2、3時間、それも体力を必要とせず、わけもなくできる。こんなかわいいユンボーでも、何十人分もの働きをしてくれるのだ。手助けをしてくれるトラクターや草刈り用のパーツを手に入れさえすれば、棚田が何十倍にひろがっても、恐るるに足らず。なんと明るい見通しだろうか。
11月24日。練習を兼ねて、ウラギク湿地への淡水の流れを作ろうということになった。夕方遅く、快調に動いていたユンボーがすとんと止まった。動く気配がない。ちょうど昔の水路のあたりだ。どうやらがっちりと泥にはまったようだ。脱出の爪のかかりに丸太を打ちこもうと、重たい掛矢を背負って門にたどりつくと、泥だらけになった石川君が走ってくるところに行きあった。「スコップも丸太も棚田にあるから、一緒に行こうね」
さて、それからが悪戦苦闘になった。なんとかして自力で泥から出そうとして、丸太や板を運び、杭を打ち、キャタピラのまわりの泥を掘り……「今日は満月だからずっと明るいよ。あせらなくても大丈夫。息を入れながら、のんびりやろうね」
肘まで泥んこになったわが相棒二人。2時間半、必死で働いて、ともかくキャタピラにもブレードにもぜんぶ丸太をかうところまでこぎつけた。次はアームで車体をつっぱり、傾けて車体を泥からはずし、少しずつ車体を上げる。しかし、練習をはじめてやっと10日、未熟者の我々3人には、あと一歩という度胸と気合いがなかった。「機械を沈めるわけには行かないよ。ここまでがんばったのに残念だけど、プロにお願いしましょう」
翌朝。30分もかからずあっさりと泥から抜け出してくれた監督さん。「今のうちにどんどん埋まっておぼえなよ。また引き上げてやるから」
「ここではまって本当によかった。こわさもたいへんさも身に沁みましたから。勉強になりました」
くじけず。めげず、あきらめず。鳥の保護区管理に欠かせない資質が、また育った。




