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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
5/95

5 幸か 不幸か

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1993年2月号掲載

 

5 幸か、不幸か


「いやあ、こいつはほんとに運がよかったよ。プレス機の枠にひびがはいったんで、修理に入ったの。ふつうなら見に入るなんてことはまずないんだから。そうしたらこいつがいたんだよ。」

 機械油のにおいがぷんぷんしていた。段ボール箱の中にぐったりとうずくまっているのは、鉄さびだらけのフクロウの成鳥。すきまから飛び込んで出られなくなったらしい。機械の故障がなければ、遠からず餓死してミイラになるところだった。

 幸いにけがはなく、回復は順調だった。つかまえて餌をやるたびにぱらぱら落ちる鉄さびや、羽にしみこんだ機械油が気になって、思いきってお風呂に入れることにした。流しにお湯をはってフクロウを入れ、手早くシャンプーをかける。フクロウはなかば放心状態で、頭から背中、翼、尾、お腹と洗っても全く無抵抗なので、おそろしい爪がついた足指まで洗ってしまった。ぼろモップのようになったフクロウの体は思いのほか小さい。お湯を何度もかえてゆすぎ、お次はドライヤー。バスタオルにくるんだフクロウを抱え、まんべんなく熱風をあてる。お腹の羽毛はたっぷり10㎝もの長さがあり、ぬれた毛糸のようにからみあっていて、ふわふわに乾くまでずいぶん時間がかかった。鉄サビ色にくすんだ体羽はフクロウらしい褐色にもどり、機械油のにおいもシャンプーの香りで消えた。たっぷり1時間もの試練にあったフクロウは、ふだんにも増してぼうぜんとしていた。

 それで油断したのだが・・・・夜の給餌に来てみると、フクロウが箱から抜け出して椅子にとまっている。嘴に羽と血がついているではないか。はっとして同室の患者たちを調べた。どの箱の住人も無事。しかし、確かにどれかが犠牲になっているはずだ・・・・嘴についた黒白の羽色からツバメたちのかごに目をやると、いつも2羽くっついて寝ていたイワツバメが1羽しかいない。桟のすきまから無理やりひきずり出して食べてしまったのだ。

 この「幸運な」フクロウ君は、まだ飛び方がぎこちないため、個室に収容されている。先週の日曜、強風で隣室との仕切りがはずれ、フクロウ君が隣に押し入って、長期飼育のキジバトをはじめ、患者さんを3羽も殺してしまった。被害者となったキジバトは、同室の何羽もの鳥に傷を負わせ、それが原因で死んだものもいるという前科者で、他の2羽も一生野外復帰の見込みがない鳥だった。ひと思いに殺されたことが必ずしも不幸だったとは言いがたい。しかし、なにもフクロウに食べさせるために養っていたわけではないのに。

 相棒を殺されたイワツバメは、このごろ同室のツバメたちとけんかばかりしている。凶悪なフクロウ君の一刻も早い野外復帰を望んでやまない。

 フクロウのちょっと前に釣糸事故で入院したセグロカモメとカワウも明暗を分けた。セグロカモメは足と嘴に釣糸がからみつき、観察舎前の餌場で動きがとれなくなっていた。見たところ大きな傷もなく、つかまえて糸をはずすのも簡単だったが、足首が糸に締めつけられ、みずかきが赤く腫れているのが気がかりだった。マッサージはしたものの、血行が止まった時間が長すぎたらしく、足先は黒く変色しミイラ化してしまった。いずれ折れ朽ちて落ちてしまうことだろう。カワウの方は10㎝もある赤いルアーを嘴から垂らして飛んでいた。2日後に衰弱して保護されたが、ルアーについた2個の錨型の大きなギャング針が嘴の中と外にがっちりと突き刺さっていた。下嘴には穴が開き、舌や喉は腫れ上がって呼吸も苦しそうだった。幸い、計6本もの針先を全部うまく抜き取ることができ、半月ほどで無事に放鳥した。

 完治に近い状態で放せたカワウはともかく、片足欠損のハンディを背負ったセグロカモメには、これから厳しい暮らしが待っている。しかし、生あるかぎり精いっぱい生き抜こうとし続ける鳥たちにとっては、幸とか不幸とかいう概念など、およそ関係ないに違いない。



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