45 コアジサシ
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1996年6月号掲載
45 コアジサシ
「ほら、あそこ! コアジサシが飛んでる」
細長い翼でひらひらとはばたく軽やかな白い姿。キリッ、キリッと甲高い声が聞こえてくる。
「あ、飛びこんだ。2羽いるじゃない」
春の先駆けのツルシギや秋の到来を告げるコガモのように、季節の節目を知らせる鳥はいくつかあるけれど、初夏の先触れになるコアジサシはいつも鮮烈な印象を与えてくれる種類だ。春一番とともに姿を見せてくれたツルシギの赤い足は、残念ながらもう何年も見ていない。今年は久々に2羽のツルシギが何度か保護区で記録されているが、見られたのは飛ぶ姿だけだった。それでもコアジサシがまた来てくれた。毎年のことだけれど、再会は無性にうれしい。
今年はコアジサシの到着に対してもう一段の思い入れがある。12月以来の保護区の再整備工事は3月に終了した。大規模な工事の難点や利点の勉強が十分にできて、それなりにたいへん面白いものだった。さて、その中に「コアジサシ誘致工」という項目がある。これは、観察舎前の延長600m、幅6m弱の導流堤の上に薄く砂と砂利を敷き、コアジサシが繁殖できる状態にするというものである。アイデア自体は悪いものではないし、むきだしのコンクリートといういわばむだな空間が、鳥にとっていくらかでも利用しやすくなることは間違いない。ただし、この導流堤にはコアジサシが止まったことすらほとんどない。なんで止まらないのかよくわからないが、ともかくあまり好かれてはいない。
コアジサシは世界的に見ても存続が危ぶまれている種類のひとつで、日本でも何か所かコアジサシの誘致計画が実行に移されているが、成功例はない。もともとは、川の中州の砂利場や、海岸の砂浜などに小さいコロニーで繁殖する例が多かった。ところがこうした場所は人間の侵入、車の侵入、川ではダムによって流量が減り、砂利場が薮地から林になったりしたことなどからどんどん繁殖に適さなくなった。1960年代後半から、コアジサシの繁殖場の主力は海岸の埋立地になってきた。東京湾の広大な埋立地では、数千つがいが繁殖した時期もある。
ここ何年か、東京湾内で最大のコアジサシのコロニーが見られているのは、なんと幕張メッセの臨時駐車場の一角である。砂利を敷き固めた駐車場は広大で、水たまりもあり、谷津干潟、三番瀬と主要な餌場に出るのも楽だ。カラスや犬といった捕食者が多く、ヒナの巣立ち率は決してよくないようだが、こうした人工的な環境でもこの種の繁殖が可能であるというよい例になっている。
わが観察舎前の誘致場は、繁殖はまず期待できないけれど、少なくとも降りたり止まったりしてくれれば大成功であろう、という程度のものだ。しかし、砂と砂利を敷き、ところどころはこんもりと小高くした上、魚港から拾った貝殻を何トンもまいてもらった仕上がりは、見た目には決して悪くない。ここまでやってもらったのだから、できるだけのフォローはしなくちゃ、というわけで、2月以来せっせと粘土でコアジサシのデコイを作った。その数は百以上。もっとも、ツバメチドリやコチドリといった繁殖可能種や、まず見られないクロハラアジサシ、ゼッタイいるはずがないインカアジサシ等々も遊びをまじえてまぜる予定。
先々週から、低い部分にビニールシートを敷いて大きい水たまりを作るという作業を進めている。作業の常、あまり楽なものではない。しかし、わが観察舎の戦力は、よき相棒の石川君に、イギリスの保護区域でボランティア・ワーデンとして1年をすごして帰ってきた佐藤君をくわえ、目下いたって充実している。ともかく、やるだけのことはやってみようというつもりだ。
あいにく、ためしに置いてみた6羽のデコイはハシブトガラスのよいおもちゃになって、1週間もしないうちにぜんぶ姿を消した。ひとりものらしいひまそうなカラスの群れがまだ残っているのだ。カラス君、はやく消えてくれえ。




