4 やぶの中
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1993年1月号掲載
4 やぶの中
わが家、つまり行徳野鳥観察舎の管理人棟のすぐ横はメダケのやぶだ。正しくは、竹やぶを切り開いて管理人棟を新築したことになる。幅20m、延長50mほどの竹やぶは雑木がしげったやぶに続く。行徳高校のバス停がある30m幅の車道に出るまで、丸浜川沿いのじゃり道の脇は約600mにわたって草や竹や雑木のやぶが続いている。
鳥を見るにはなかなかよいところだ。木の実や草の実が豊かにみのり、隠れ場も十分なので、アオジやウグイス、ジョウビタキなどはいつもいる。モズが巣を作ったしげみもある。キジバトが路上で餌を食べ、夕方になるとヒヨドリやツグミが集まって鳴きかわす。丸浜川にはコガモやハシビロガモがいるし、運がよければカワセミやセイタカシギを見かけることもある。行徳高校のバス停で下りて、両側の草やぶや人影の少なさにちょっと心細い思いをしながらじゃり道を歩いていると、10分もしないうちに保護区の水面が目に入り、広々とした視界が開ける。カワウやカモやカモメが飛ぶ。わるい眺めではないな、と思う。
しかし、このやぶは長年にわたるもんちゃくの種でもあった。当初は管理方針ともぶつかった。放りっぱなし、体裁が悪い、風紀が悪い・・・・痴漢が出たり、シンナー遊びに使われたこともある。
ぶつかり合いをくり返しながら、竹やぶはだんだん育ってきた。はじめはセイタカアワダチソウの中にしょぼしょぼと生えていただけのものが、今では5mをこす丈にのび、ぎっしりと茂っている。近くの学校が七夕に使う竹を取っても問題にはならないくらい、本数もふえた。
竹藪や雑木やぶのすぐ後ろには住宅地がある。クレームの大半はこの自治会から出るようになった。木や竹をかってに切るお宅がある。庭がわりに使うお宅もある。そうかと思えば、蚊が出るからなんとかしろとも言われる。そのたびにかろうじて対応を続けていたが、この春から事態は更に深刻になった。放火である。
最初は通りがかりの方が教えてくださった。消火器を持ってとんでいくと、道路脇の枯れ草が燃え上がり、じわじわと火が広がって行くところだった。半月もたたないうちにまた同じところで出火した。この時は草だけでなく松の木や境界の木杭まで燃え移り、消火器を何本か空にしてほぼ消し止めたところで消防車が到着し、ぶすぶすと煙を上げている地面や杭に水をかけてまわった。住宅地との境に植えられたキョウチクトウのやぶで火が食い止められ、人家に被害が及ばなかったのは幸いだった。これは子供たちの火遊びであることがすぐにわかった。
日照りが続いて乾燥しきっていたこの9月の朝にも放火があった。消防車のサイレンで飛び起きるまで気づかずにいたが、なんと5箇所にわたって火がつけられ、毎回被害を受ける同じ場所をはじめ、道路脇のやぶが点々と燃えた。風のない日だったことと発見が早かったことで救われたが、風が強かったらと思うと今でもぞっとする。
10月10日の昼間、消防車のサイレンがどんどん近づいていつもの場所で止まった時には、心臓が止まりそうになった。1キロほど離れた別の場所が燃えたそうだが、度重なる出火に消防車が気をきかせて見にきてくれたようだ。
「ほったらかしのみっともないやぶ」「きれいに刈払って芝生にした方がずっとまし」「キモチワルイ、キタナイ、キケン」、小鳥たちから見たやぶの中は、安全で餌の豊富なかけがえのない生活の場であるはずなのに。
火で枯れた松がそのままになっている火災現場は、見事なオギ(荻)のやぶになった。ふわふわした白い穂はわずかな風にもなびき、夕陽を受けて光る。草やぶは遠からず刈払われることだろうが、竹と雑木のやぶはいちおう残る。
人間のエゴと鳥たちのエゴ。結局はどこかで折り合いをつけてゆくしかない。




