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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
37/95

37 SOS 8月8日

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1995年10月号掲載


37 SOS 8月8日


「ちょっと来てくれますか」

 隣室の石川君から声をかけられた。バイト生大ベテランの彼はなんでも心得ていて、私よりよほど頼りになる仕事人である。その彼が人を呼ぶとはよくよくのことだ。なんだろう。

 一見して事情はあきらかになった。中部屋(時にリハビリ室)と呼んでいる傷病鳥の放飼室の床にキジバトのバラバラ死体があったのだ。頭、翼、両足、骨のかけらが少しあった他、胴体は全くなかった。調べると、4年前に現在の傷病鳥舎ができるよりも前から飼育している古くからの入院鳥である。この部屋の他の住人は白鷺類とオナガやヒヨドリなどの小鳥で、唯一危険そうなものといってもウミネコが一羽。キジバトが殺されることがありえないとは言えないが、バラバラにして食べてしまうような犯人はどう考えてもいない。密室バラバラ事件!

「わかった、あれよ!ほら」

 隣の治療室の天井裏と中部屋の間の鉄骨のすき間は金網を詰めてふさいである。その金網が少し持ち上がっている。2日前、傷病鳥舎の網戸が少しあいて、おとなりの黒猫が入っているのを追い出した。翌日になって、ひそんでいたもう1匹が鉄骨の上をこっそり伝い歩いているのをちらりと見かけた。背中が黒とら、おなかが白い大きな雄猫で、たぶん野良さんだろうが、顔なじみのきれいな猫である。2、3時間窓を開けておいたので、たぶんもう出ていったものと思っていた。鳥のいる部屋に廊下側から入ることはできないが、治療室の天井裏に入るのは別にむずかしいことではない。食べるものが見つからず、中部屋に侵入してキジバトを殺して食べ、また同じところから出たに違いない。

 この日のSOSはこれに限らなかった。カラス室を掃除していた新米のバイトさんの山田君がうわーっと悲鳴を上げたので見に行くと、床のすのこを持ち上げたらゴキブリとアリがざーっと逃げたとのこと。まあ、このくらいは大したことではない。

 夕方近く、治療室のものかげで放し飼いのスズメの子がいきなり悲鳴を上げはじめた。床のすきまに足でもひっかけたのだろうと思ってはずそうとしたが、はずれない。板を持ち上げてもびくともしない。おかしい。ふと床をみると、うねうねとのびるまだら模様、蛇だ!「石川君、SOS!助けて、大至急」

 私がスズメを、石川君が蛇を持ち上げた。たっぷり1mはある青大将で、子供のまだら模様がそのまま残っているところを見ると、昨年生まれのものだろう。鉄棒くらいの太さがある。胴体が2ヵ所ほど固くふくれているところを見ると、もうネズミの子を2匹ほどのんでいるようだった。捕まると蛇はすぐにスズメを放したが、鋭い歯でがっぷりかまれたスズメは腸がそっくり見えるような大裂傷を負っていて、縫合を始めて間もなく死んだ。50㎝ほどの当歳の青大将が入ったことはこれまでに何度かあったが、こんな大きな蛇が入るなんて。波板でできた壁面の地面近くにすきまがあると思われたが、こちらの侵入路は確定できなかった。「さらさらしてるんですね。いやあ、頭さえおさえててもらえばこっちのものです。けっこう手触りいいじゃないですか」と山田君がおっかなびっくり蛇をなでまわしていた。

 猫さんは、結局5日間いすわって、みなからかわいがられていた観察舎の「営業さん」こと、馴れすぎていて何度放しても戻ってきてしまうオナガを食べたあげく、夜の間に窓をぜんぶ開け放しておいて、ようやくご退散いただいた。

 ともかく、この仕事に「退屈」という言葉はない! 毎日毎日が飛ぶようにすぎる。ただただあせるばかり、ということもある。




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