36 ひしめくふとんわた
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1995年9月号掲載
36 ひしめくふとんわた
チーッ、ツチーッ。さっきからカワセミの声がする。窓から首をのばすと、チーッ、チーッと鳴きながら飛んで行く姿が見えた。ま横から双眼鏡なしで見たので、光る背のるり色ではなく、濃い赤茶色の小鳥が一直線に飛んで行く、という姿に見える。あれ、今チーと鳴いたのは場所が違う。少なくとも2羽はいるわけだ。親子かしら。
梅雨が明けてからいきなり気温35℃。かっと照りつける太陽にまだ体がついて行かない。暑い暑いとアゴを出しているのに、なぜかやたらに忙しい。今日は休日、一日原稿書きができるぞう、と思うと妙にうれしくて、りんけんバンドのCDをかけながら洗濯機をまわし、お礼状を書き、遠くの友人へ電話をかけ、あいまにカットを描き、あーっ、もう12時じゃないか、とあせっているところ。
もちろん休日であるからして、気持の上ではゆとりが十二分にある。カワセミを見ようと外に出たが、声がやんでしまった。朝からすぐ前の丸浜川でセイタカシギが何羽も鳴きまわっているし、イソシギやコチドリ、セッカの声もしきりにする。オレンジ色のウスバキトンボがゆうゆうと飛ぶ。
風通しのよい場所を探して、ふろ場やトイレでごろごろしている猫どもは幸せそうだが、私もそれなりに幸せな気分でワープロに向かっている。義務として提出する短い原稿がふたつ終わったし、この東京支部用の原稿が終わって、郵便局の用事を済ませ、すずがも通信のチラシ用のワープロ入力を終えさえすれば、やりたくてたまらない翻訳の方にかかれるのだから。
こうして列挙してみると、自分でもけっこう忙しいのかなという気分になってきてしまった。ヤバイ! あ、でもまたセイタカシギの声がする。忙しがって心を亡ぼすのはやめよう。
今、保護区のみなと新池はなかなか楽しい様子になっている。なにしろ、生活排水が水源なのだから、肥料がたっぷり効いた水である。そこに昨年せっせと植物を導入した。ありがたいことには、大半がしっかり定着してくれたらしい。ガマ、マコモ、トチカガミ、ミズアオイ、オモダカなどは肥やしを有効利用して実にみごとに育った。ガマやマコモが背丈ほどあるのは当たり前だが、ミズアオイやオモダカがカンナの葉のようになっているのはちょっとものすごい。5週間ほど前に1株だけ入れたホテイアオイは、もう30株くらいにふえて、1週間で倍増の実績をあげているが、まだあまり大型化していないので、ミズアオイの影に隠れて目立たない。
意外だったのはヒシ。昨年の8月末、千葉県の最南部に近い丸山町の堂谷堰からポリ袋にいくつかもらってきて入れたものだが、あっさり消えてしまった。やはり定着は無理なのだろうと思っていたが、5月になって、水底から小さな芽がのびあがってきたのに気づいた。私はなんとなく、ヒシはホテイアオイやウキクサのようにいきなり水面から出るような気がしていたのだが、泥底から発芽して茎をのばすものなのだ。初めて気づいた時にはまだ水面下20㎝ほどで、葉の形からどうもヒシらしいという程度だったのだが、1ヵ月もたたないうち、あちらでも、こちらでも水面にヒシが目立つようになった。
堂谷堰で驚いたのは、広いため池全体がヒシで埋めつくされ、水面に広がる余地がなくて、空中に葉がぎっしりと立ち上がっている様子だった。ああ、これが「ひしめく」なんだ、とひどく感心したものだ。この調子でヒシが育つと、「ひしめく」水面が何か所もできるかもしれない。
現実には、湊新池本体を埋め尽くしているのはアミミドロという糸状藻類である。ふとんわたをかぶせたように水面のほとんどを占拠していて、「アオサギが上を歩ける」と言われるほど。水面がないと鳥が入らず、トンボも少ない。目下体力のある有志がこの除去にとりくんでいる。いやあ、たいへんな作業だ。でも、もしこれがヒシだったら、と考えると、少々ぞーっとしてしまった。ロープのような水中の茎との格闘……水を吸ったふとんわたとの格闘、・・・・・・どっちが楽だろう。お志のある方、試してみませんか。




