29 焼きがえる
29 焼きがえる
みなと新池の手入れ作業。次なる目標はヨシ(アシ)のコントロールである。関西ではアシ、関東ではヨシということが多く、(悪し)(良し)の語呂合わせによる。標準和名は「アシ」、鳥名とのかねあいで今回はヨシと呼ばせていただく。
ヨシ原と湿地は切っても切れない縁だ。ヨシ原に隠れるオオジュリンやツリスガラ、上を舞うカモ、ねぐらをとるツバメ。ヨシがないと困るし、一面のヨシ原の光景はすばらしい上、減ってきた大切な環境だけれど……水面全体がヨシにおおわれてしまっては、絶対的に困る!
オオヨシキリはヨシに巣をつくるが、ヨシゴイはガマのほうが好きだ。バンやオオバンはガマのしげみやヨシ原のふちに巣をつくる。湿地の鳥は一般にヨシをおおいや風よけに利用するが、ガマやマコモといった茎や葉の間を泳ぎ抜けることができるしげみの方を好み、びっしりとヨシがしげっただけの場所を利用する鳥は限られる。そこで、ヨシの進出をくいとめ、開けた水面を残すというのが、水鳥のための湿地管理のかなめとなった。
ただ単にうまずたゆまず耕しさえすればよいわけだが、ヨシが元気よく繁る時期は、鳥も元気よく育つ。野鳥病院と銘うって傷病鳥救護に手を出した以上、5月から8月の繁殖時期は野戦病院のような状態が定着してしまい、観察会と草刈り以外、保護区に入る時間などとれない。
さて、いざ、せめて……みなと新池については計画段階から責任があるし(他の池もそうだけど)、今年はフルタイムでアルバイトをしている佐藤達夫くんというつよーい味方もいるし、みなと新池の棚田一枚は約百坪で、人力でやれなくもなかろう、ともかく耕してみよう、ということになった。
最初は草刈り。揚水をストップし、適当に干上がったところで全体の草を刈った。次は刈った草の処理。棚田の中で焼くのがいちばん合理的である。佐藤くんがいて、私の休日で、更に風がない日、消防署にも連絡をとり、火つけに踏み切った。
火つけといっても野焼きをするわけではなく、刈ったヨシをくまでやレーキで集めて積み上げ、焚火をするだけの話。野焼きの方が楽ではないかとは思ったが、万一火がひろがったらたいへん。二人しかいないのに無理をしても仕方ない。
ホテイアオイ引きも最初の日はお先まっくらという気分だったが、焚火も最初はしんどかった。地面に枯葉が残る間は、風が出たとたんに火が広がる。用意したおいもを焼く間もなく、ただひたすらくまでを使った。まつ毛が長い証拠に、先っぽを焦がしたほど。そのうち灰が積もって炎の位置が地面より高くなった。そのころにはまわりの枯草はきれいにかきとられて燃え広がる心配もなく、落ちついて作業ができるようになった。
しかし、つい先ごろまで水があった棚田の中。枯れ葉のすぐ下で、手足をきっちりおさめて冬眠しているウシガエルがいくらでもいる。草刈りの時点で既にあわれな「切り干しガエル」を何匹も作ってしまったが、くまでにかけたものも少なくない。ひとかかえ枯れたヨシを引きずってきて、火に投げ入れたとたん、ぴょん、と飛び出してくるもの。一度など特大級の1匹が穴からのっそり出てきたかと思うと、ひと跳ね1メートルもの見事なジャンプでいきなり焚火の中へ飛び込んでしまった。大あわてで捕まえて池の水に放り込んだが、無事だったろうか。皮膚が粘液でおおわれているとはいえ、中にはやけどで死んだカエルもあったに違いない。カエルにはいい災難で申し訳なかった。
最初のくらーい見通しとは裏腹に、3日、計8時間ほどで草焼きは終わった。いよいよ「楽しい」耕耘作業が待っている。私とおなじくいたって脳天気で楽観的な佐藤くんをして、「けっこうてごわいですね」と言わしめた重労働だ。来年こそ小さいユンボーかトラクターを手に入れよう、でも今年は人力。お正月にがんばろう、と今から「楽しみに」している。




