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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
28/95

28 冬じたく

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1995年1月号掲載


28 冬じたく


 しつこい鼻かぜがようやく快方にむかっているらしく、われながら妙に元気がよい。研修旅行の後遺症で10月中ぐんにゃりしていた反動かしらん。筋肉痛だ、手足がつった、咳が出る、声がかれる、と肉体的には全然ベストではないけれど、あれをやろう、これもやろうと精神的にはきわめて快調だ。この期を逃す手はない。

 2日続きの休み。1日は「すずがも通信」をはじめとする原稿書きにとっておくとして、ずっと気にしていたみなと新池のホテイアオイ抜きに出かけることにした。霜が下りると、腰までの高さにぎっしりと繁っているホテイアオイはぐずぐずになって、池から出すのがむずかしくなる。枯れさせてから地面を耕してすきこんでしまうというのもよい手だろうが、けっこうな重労働になりそうだ。何しろトラクターどころか耕運機もないのだから。とりあえず、運べるうちに池から出して堆肥にしておこうと考えていた。

 軍手、なた鎌、泥だらけになる覚悟の服装、ついでに水質調査用のサンプルビン。日除け帽をかぶり、双眼鏡をさげていざや出発。保護区の中は刈った草や落葉のかおりがして、鼻かぜでにおいが十分楽しめないのが残念だ。きれいな黄色に色づいたキカラスウリの大きな実がいくつも下がり、アオジやウグイスの声がする。冬鳥たちはこの半月あまりで続々と到着しているようだ。

 みなと新池の水はきれいに澄み、水面に群れていたキンクロハジロが飛び立った。どの棚田もみごとに植物に被われている。全面耕耘はおおごとだ。ひとまわりして水のサンプルをとり、汗ばむような日ざしに合わせて服をぬいでから、おもむろに作業にとりかかった。まず土手の外側の一角の草を刈り、置き場所を確保した。セイタカアワダチソウのごつごつした茎は直径が1㎝近くもある。なた鎌で15分ばかり格闘を続けると、こじんまりした穴のように草のない一角ができた。ここに抜いたホテイアオイを積み上げる算段である。

 ホテイアオイは土中に根を張らない浮性植物なので、抜き取りは簡単だが、まあ、きりもなくみごとに育っている。最初は2、3株ずつ抜いては持ち運んでいたが、すぐに手いっぱいにつかんで引きずる方式に変えた。面白いように片づくのだが、いかんせん多い。ぬるぬるした泥の上を引いてきては土手の外側に放り出す。1時間ほどで置き場は土手の上までいっぱいになってしまった。踏み沈めようと上に乗ってはねてみたが、びくともしない。なかなかどうしてたくましいものだ。

 「翼よ、あれがパリの灯だ」という気分を味わいたいばかりに、幅12メートルほどのジャングルの中で、ジャンボホテイをつかんでは引きずり、つかんでは引きずり、まあともかく対岸の畔には達したというところで、本日はギブアップ。たっぷり500キロ分のホテイアオイは池外に出したつもりだが、開けた水面は本当にちょっぴりだった。ものの15分の1も終わっていない。土手で息を入れながら青空を眺めていると、チイー、チイーとはるかな高みからメジロの声が降ってきた。1羽だけだが、150メートルほどのあまり高くないところを西から東へ飛ぶものも見えた。北寄りの風に乗って、こんな日に渡る小鳥も多いのだろう。

 泥だらけの長靴とズボンを洗うついでに、池本体に踏み込んでみた。ほんのひと月前、水面の一角をおおいつくしていたトチカガミの姿はどこへやら、きれいさっぱり消えている。 棚田の部分をおおっているウキクサも、池本体にはもうない。枯れて水底に沈み、分解して土に帰ったのだろうが、カモに食べられた部分も少なからずあるに違いない。オオカナダモはまだだいぶ残っている。無数の小魚が逃げ、15㎝ほどの魚の姿もちらりと見えた。いい池だ。

 このあと夕方まで干草集めの手伝いをして、4時間ほどの冬じたくのボランティア作業を終えた。なかなか楽しかった。こうした楽しみ、いろんな人に分けてあげたい、どうやったらいいだろう……と言ったら、みんなあわてて逃げ出すかな?



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