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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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20 三番瀬の3月

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1994年5月号掲載


20 三番瀬の3月


 海面は曇り空をうつして白く、かすんだ空と水の境がはっきりしない。船橋の漁港を出た与平丸は勢いよく水をけたてて走り、航跡に乗り上げては小気味よくしぶきを上げる。

 3月の東京湾奥に船で出るのは初めてだ。NHKの取材のおかげで、時ならぬ船による三番瀬の観察会が実施の運びとなった。野鳥の会東京支部会員を中心にした20名あまりの一行の中には、ふだん毎日の散歩がてらに観察舎付近のゴミ拾いをずっと続けておられる森田真一郎さんをはじめ、会長夫妻、事務局長と行徳野鳥観察舎友の会のメンバーもまじる。

 習志野の茜浜のあたりから、海面をおおうスズガモの群れが目につくようになった。2万羽、いや3万羽・・・・・・うすくひろがって、延々と見渡すかぎり続く群れだ。手前にぱらぱらと散らばるのはハジロカイツブリで、距離が近い時には顔の明るい色の飾り羽が見える。カンムリカイツブリもいる。岸近くにはホシハジロやキンクロハジロ、ヒドリガモ、オナガガモなどがぱらぱらと群れている。

 幕張メッセの沖をまわってから、船は方向を変えて三番瀬へと戻りはじめた。そろそろ潮がひいてきて、遠くでハマシギの群れが飛ぶのが見えた。突堤の端に船が横付けされ、ぞろぞろと一行が上陸したあと、船頭さんは豚汁の用意をはじめられた。ふだんはとりたてのアサリ汁をごちそうになるのだが、この時期ではまだ深くもぐっていてとれないとのことだ。

 潮のひいた干潟は砂質でわりあい固い。今にも雨になりそうだったお天気もいくらか回復し、うっすらと青空が出ている。ひさびさに見る干潟の光景はやはりいい。通り過ぎる船の音、遠くで鳴くカモメの声、潮のかおり。こんな光景が東京湾の奥にしっかり残っているなんて、知っている人はどれだけいるだろう。

 昼食後、船は三番瀬の外縁をまわって塩浜沖へと向かった。塩浜の海に面した「エース・スポーツプラザ」の高くそびえたゴルフネットがどこへ行っても目立ち、あの奥に保護区があるという目印になる。ゴルフネット、ホテル、高圧線、その下にはJRの京葉線と湾岸道路。海面から眺めると、これだけの障害を越えるのはカモにとってはおおごとだ、というのがはっきりわかる。

 立ち並ぶ海苔ひびの沖にはブイで海苔網を浮かせた漁場が続き、海苔を収穫している舟もあった。船はみおを通って岸に近づく。寄せ波で干潟のへりがよくわかり、長靴をはいた人が貝をとっていた。

 浦安の入船側の干潟と塩浜側の干潟の間のみおは、塩浜埋立地のすぐ沖を通って、江戸川放水路へと続いている。塩浜沖のもと潮干狩り場には干潟が露出し、みごとなハマシギの群れがついていた。その中にはミヤコドリ4羽の姿もあった。そして、これまでで最大のスズガモの群れがいた。船に驚かされた群れは移動しはじめ、端からめくれ上がるように飛び立ったが、どう見ても7,8万は確実にいただろう。かつてこれほどの大群が保護区の狭い海面にひしめいていたとは、日常親しんだ光景だったのに、信じられないような気がする

 高谷の埋立地手前の水路をたどって、船は船橋漁港へと向かった。また一回、三番瀬との出会いができた。しかし、この干潟に来るたびに、これが最後のチャンスになったらどうしよう、という痛みがつきまとう。もう30年も前から「こんな大切なところが簡単になくなっていいものか」と思う場所が次々に失われるのを何度も何度も目のあたりにしてきた。三番瀬の埋立計画は既に発表され、その計画図には、これだけ豊かで生命にあふれた干潟が残るという保証などどこにもない。

 干潟を埋め立てて得られた土地の売却代金は、坪にして何十万円という額になるのだろう。しかし、ほんとうにその方が得なのか。いつの日か、坪にして何十万円という額をかけても干潟を再現したいと願う時がくるのではないか。

 この干潟はなくならない、大丈夫・・・・・・安心感を持って干潟に出られる日がいつかはくると信じたい。心底から願う。



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