2 夏から秋へ
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1992年11月号掲載
2 夏から秋へ
8月30日、日曜。連日連夜のうだるような暑さにぼーっとした頭で望遠鏡をのぞく。干潟にならんだカルガモの中に、ひどく小柄なのが1羽、コガモだ!毎年この週、正確に姿を見せる。早い年で26日、遅い例は9月6日。あまりの暑さに探す元気も起きずにいたが、いきなり秋の到来を宣告されたような気がした。
毎年この時期になると、季節の変わり目はどうしてこうもくっきりしているのかと思う。だんだんに涼しくなる、なんてものではない。暑い暑いとうんざりしていると、ある日突然気温が10℃前後も下がり、肌寒い冷気に驚く。ふと気づくと赤紫のクズの花が甘くおいしそうな香りを漂わせ、ススキの穂が開き、かつん、かさっとドングリが落ちてくる。
9月6日の日曜、一挙に気温が下がった。4日には「室温35℃!」とあきれていたのに、翌日から北風。6日の最低気温は21℃。6日の朝から、それまで百羽以上も群れていたウミネコが姿を消した。渡って行ったわけではない。海で青潮が発生し、魚が死んで浮いたため、ごちそうめがけて集まっているに違いない。
青潮というのは広範囲にわたる海の酸欠で、水が青白い色に変わることからついた呼び名だ。夏から秋の年中行事のようになってしまったが、東京湾以外ではそれほど普通のものではない。
夏の気温低下と青潮の発生はぴったり一致している。夏の東京湾奥はほとんどいつも赤潮の状態だ。赤潮は植物プランクトンの大発生のことで、栄養塩類(要するに水の汚れ)が豊富な海ではしょっちゅう起こる。もし赤潮の海中から見上げたとしても、濁った海からは太陽が見えない。つまり、海底には日光が届かない。この暗い海底で青潮のもと―酸欠水―が発生する。植物プランクトンの死骸をはじめ、流入してくる有機物の分解のために、水中の酸素が使い果たされてしまうためだ。
冬は表面の海水が冷たい大気で冷えるので、絶えず水の対流が起こり、酸欠水ができる暇がないが、夏は逆に高い気温で表面の水温が高くなるため、対流が止まってしまう。酸欠水がたまった海底(航路や埋立時に土砂を採取した穴など、不規則な地形には特にたまりやすい)は、生物が住めない死の世界になる。このまま水が動かなければ、無生物状態は底だけですむのだが・・・・。
そこに急な気温低下が起きると、表層の海水が冷やされて、底の温かい水と入れ替わる。おまけに気温低下はたいてい北風とともに起こるので、酸素を含んだ表面の水は南を向いた東京湾の口へと押しやられ、底層の酸欠水がいやでも上がってくる。これが「青潮」。還元状態で発生した硫化水素が硫黄粒(白黄)や硫酸銅(青)となるため、独特の青白い色と腐臭をもつ。
さて、今のところ、沖で発生し、魚の大量死をもたらしている青潮は保護区内には入っていない。このまま秋になだれこんでしまえば、なんとか今回は被害をまぬがれるかもしれない。
でも実は、もう1つ心配なことがある。この夏の日照りのため、保護区内の池は次々に干上がって、わずかに残った水もひどく状態が悪い。こういう年は、これも酸欠水がひきがねの一つになるボツリヌス中毒が発生しやすいのだ。
9月6日、どうもそれらしい急性の中毒症状を見せているカルガモとオオバンが、保護区の中の旧淡水池から持ち込まれ、どちらも間もなく死んだ。他に淡水の池がほとんどないので、渡ってきたばかりのコガモたちは旧淡水池に群れている。早く雨が降って水がきれいにならないと・・・・台風でもなんでもいいから降ってくれえ、と焦ってしまう。
9月9日、浦安市美浜を自転車で走っていて、団地上空を飛ぶタカを目にした。とがった翼や長い尾、着実な翼動から見て、たぶんハヤブサと思われた。9月8日にははやばやとチュウヒも見られている。
干潟に集まるムナグロやソリハシシギは、渡りをひかえてころころに肥ってきた。台風の接近とともに急に数がふえたウスバキトンボが、路上せましと軽快に飛びまわり、同じく渡ってきたイチモンジセセリも吸蜜に忙しい。
もう、どこを見渡しても本当に秋。あとは雨さえ降ってくれればねえ。