17 クリスマスのごちそう
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1994年2月号掲載
17 クリスマスのごちそう
12月に入ると、わが家はわりあい気ぜわしくなる。年末から年始にかけて、クリスマス会、忘年会、初日の出とスズガモを見る会と食べたり飲んだりする行事がいくつか重なるからだ。もっとも私が自分で一から準備をするのは初日の出の会だけで、忘年会は部屋を片づけてスペースを提供すればあとはお客さんたちが適当にやってくれるし、クリスマス会は司会をうまく若手に押しつけたので、全体の進行を見ていればよくなった。それにしても、プレゼントを準備したり、出ない声をふりしぼって歌の練習をしたり、なんやかやと気ぜわしいことに変わりはない。
私が育ったのは文京区の護国寺の近くで、父方の親戚4軒が一つ庭で暮らしていた。年頃が近いいとこが10人もいたので、何かというと集まって遊んだものだ。クリスマス会はそのころからの伝統行事で、もう30年以上も昔の話だが、当時は一人100円位のプレゼント交換が楽しみだった。文具や小物など、探せば100円で買えるものはいろいろあったが、まともなものだけではつまらない。いちばんうけたのは大根で、きれいに包装したプレゼントを受け取った1つ年上のいとこは大にこにこだったが、あけてびっくり、怒り心頭。
観察舎に来てからは、集まった常連の子たちを中心にクリスマス会を開くようになった。プレゼントは始めた年からずっと300円程度。年がたつうちに子どもたちも世代がかわり、いたずらプレゼントもじゃがいもや白菜、くずかご、トイレットペーパーとだいぶ出尽くして、このごろはしごくまっとうなものを選んでいる。パッケージだけは中身がわからないよう少しは工夫しているけれど。あと二年もたてば、かつての常連さんが子連れで参加してくれそうだ。
今年はケーキにキーボード持参で来て下さった方もいて、歌にゲーム、プレゼント交換と順調にお楽しみが終わった。子どもたちが帰り、残った何人かを前にして、百瀬邦和さんが言った。
「晩ごはんはまだでしょ。みんなでエミューの卵を食べない?」
えっ・・・・・・・・・・!?
百瀬さんは山階鳥類研究所に勤める20年来の友人。国際ツル財団で鶴の保護や調査の中心となり、ロシアやベトナム、中近東など海外に出ていることも多く、今年はアホウドリの保護活動で何回か鳥島にも行っているという忙しい人だが、顔が会えばいつものどかな話題がつきない。
「なにそれ、どうしたの、いったい」
「標本用に多摩動物公園からもらったんだ。標本にするのは卵殻だから中身を抜かなくちゃいけないんだけど、食べなければ捨てるしかない。一人じゃとても食べきれないから、人がいっぱいいるところで食べるのがいちばんいいと思って。ほら、ちゃんと殻に穴をあける道具をもってきた。」
前代未聞、エミューの卵の試食会になった。わが家からバターと大きいフライパン、塩こしょうを持参。重さ500から700グラム、鶏卵の十倍はあるでっかい暗緑色の卵が3個。ふつうの卵とは似ても似つかない、まるで陶器のようなざらついた硬そうな地肌だ。1㎝弱のきれいな丸い穴がドリルで開けられ、注射器で空気を吹き込んで中身がどんぶりにあけられた。やや白っぽい。卵1個で大皿いっぱいのスクランブルエッグができ上がり、みながおそるおそる口に運んだ。
おいしい!鶏卵の卵くささがまるでなく、卵にクリームかミルクを足したような味だ。1個目の卵はさっさとお皿から消え、2個目はキーボード持参の土井さん宅へ。カップケーキになったとのこと。3個目は百瀬さんと私の晩ご飯になった他、翌日も何人かのおなかにおさまった。まさに印象的なクリスマスのごちそうだった。
ちなみに、エミューの卵をたべるのにもっともちゅうちょしたのは、タケちゃんことわが主人であった。意外な一面を見た、とみんなで感心した。




