12 カルガモ異変
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1993年9月号掲載
12 カルガモ異変
「あれっ、これはカルガモ?オカヨシガモ?」
私と主人はかりそめにも鳥のプロである。鳥でお給料をもらい、三度のご飯をいただいているありがたいご身分である。羽根いっぽんとか骨ならさておき、五体満足なカモを手にとって、こんなことを言ってよいわけはない。
ことの発端は5月28日。今をときめく浦安市舞浜のシェラトン・ホテルの玄関で、たった1羽でうろうろしていたというカモの赤ちゃんが入院した。どこから見てもふ化後1~2日のカルガモのヒナだ。保護された状況や保護者の住所氏名といった型どおりのカルテ記入をすませ、いざ体重をはかってみたところ、ぎょっとした。20グラムしかない。日齢1~2日の健康なカルガモのヒナは、体重が30グラム前後と相場がきまっている。25グラムを割ったヒナは、これまでに助かった例がない。
どの鳥もたいていそうだが、体重がある限度をこえて減少すると、いくら手を尽くしても死んでしまうので、この限界を「餓死ライン」と勝手に呼んでいる。つまり、カルガモの幼いヒナの餓死ラインは25グラムということだ。20グラムしかないヒナは、これまでの例では確実に死ぬ。しかし、このヒナは今にも死にそうに弱った感じではない。
そして、ヒナは生きのびた。これといった問題もなく、死ぬか生きるかと気をもむ必要もなく、簡単にぐいぐいと育った。そこで、オカヨシガモではないか、という冒頭の迷いが生じたのだ。このあたりで繁殖しているカモといえば、この2種類しかいないからだ。
オカヨシガモのヒナはどれも嘴のへりがピンク色、目が小さく過眼線が1本(カルガモは2筋)、顔の色も少し灰色がかっていて、一見してカルガモとは区別がつく。姿形から見れば、このヒナはカルガモとしかいいようがない。ではなんで体重が軽いのか。
餓死ラインを割ったにもかかわらず生きのびたヒナは、この1羽だけではなかった。一腹8羽で入ったヒナのうちの6羽、一腹9羽で入ったうちの3羽。死んだのは2羽だけで、他はあっさり育った。そのうちに一腹7羽のオカヨシガモが入院し、明らかに見分けがつくことがわかり、体重の謎は深まるばかり。さらにややこしいことには、ふ化直後であることはまちがいないはずなのに、32グラムの1羽を除き34~38グラムもある11羽組の一腹ヒナが入った。重すぎる。一方には軽すぎるのがいる。
六週間後、謎はあっさり解けた。すっかり大きく育ち、そろそろ風切羽がのびはじめたヒナたちを丸浜川に放すため、一羽一羽つかまえて標識足環をつけている時、ふと見ると次列風切の先端が白いのがいる。翼帯だ。カルガモは三列風切が白いだけで、白い翼帯はない……正確にはほとんどない。あるのはマガモ。つまり、このヒナたちはアヒル(原種はマガモ)の血がどこかでまじった混血児だったのだ。
軽すぎたり重すぎたりするわけもようやくわかった。アヒルは体の大きさがまちまちで、卵のサイズもずいぶん異なる。一定サイズのカルガモと違って、ヒナにばらつきがあるのも当然だ。
池に放し飼いにされているアヒルやアイガモ(マガモが家禽化されたもの)。雄は攻撃的だしセクシーで、人慣れしたカルガモの雌に言い寄ったり、強姦することも稀ではない。ユーラシア中北部から北米にかけて分布するマガモ、アジア中部に分布するカルガモ。この2種はもともと分布域がかなり異なるし、日本ではマガモは北海道と山岳地帯、カルガモは平野部とはっきりすみわけている。カルガモが人をあまり恐れなくなり、人との距離が近づいたことが、アヒルとの交雑の機会をふやすという結果を生んだ。
今年入院したカルガモのヒナは、7月15日現在41羽。そのうち確実にアヒルの血が入っているものが少なくとも33羽。日本のカルガモに将来はあるのか……ちょっと心配になってしまった。




