10 風かおる
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1993年7月号掲載
10 風かおる
どこを見ても新緑があざやかだ。落葉樹の若葉のやわらかい緑ばかりでなく、常緑樹の新芽もうつくしくのびている。ついこの間まで枯草色だったアシ原が、じりっ、じりっとせりあがる若芽に押されて黄色と緑の染め分けになった。オオヨシキリが去年の茎に止まって盛んにさえずり、コアジサシが胸のすくようなダイビングを見せる。生きものの活動が一年でもっとも盛んな時期だ。
丸浜川の河原ではスイカズラの花が満開になった。開いたばかりの新鮮な花は純白だが、1日たつと黄色になるので「金銀花」の別名がある。風が吹くとあたりが清冽な香りで満ちあふれる。スイカズラのさわやかさに比べると、ノイバラの香りはずっと甘くやわらかい。私が好きなのはトベラで、黄白色の丸っこい小さな花はそのままで香水にできそうだ。なぜか「全体に臭気がある」と書かれた樹木図鑑があるが、トベラの香りをきくたびにこの記載を思い出してひとりで憤慨している。
にわか雨に傘を出そうとニセアカシアの木陰に自転車を止めたら、大きな雨粒といっしょに白い花がぽたぽたと落ちてきた。ころっとした花はなんとなくおいしそうだ。かすかに素朴で甘い香りがある。これが「アカシアの雨にうたれて」なのかな、とロマンチックな気分になった。
あたりは一面の花盛り。台湾桐のうす紫の花穂はいかにも高貴な感じだが、緑白色のタチバナモドキのこまかい花はごく庶民的。親類のトキワサンザシは花期が遅いらしく、まだつぼみだった。
暖冬に続いた寒い春。5月も下旬というのに、夜などまだコタツが活躍している。これだけ低温が続くとそろそろ繁殖への影響が気になる。毎年かならず巣をかけていた消防署のツバメがまだこない。巣立ち失敗ヒナたちの入院ラッシュはふつうは5月中旬からだが、今年は幸いにまだ始まらない。
暖帯の日本で繁殖する鳥はまだよいが、北極圏で雪解けが遅れたり、海の水温が低かったりすると、渡り鳥の繁殖は重大なダメージを受ける。アラスカやシベリアの気象状況はどうなのだろう。
4月末まで、保護区には30羽近くのカラスが居座っていた。ハシブトガラスが中心だが、ハシボソガラスもまじり、つがいのカラスがとっくに巣づくりをはじめているのに、いかにも暇そうに徒党を組んであちこち飛び回っていた。この群れがいるかぎり、今年のセイタカシギやサギの繁殖は絶望的なのではないかと心配した。ところが、餌場のセグロカモメの渡去とほとんど同時に、4月28日からカラスの群れがぱたっと姿を消した。そして4月29日、繁殖場として草を刈り、新しく島を作りなおしておいた保護区内の上池にようやくセイタカシギが入った。5月中旬になって2つがいが卵を抱きはじめたが、これまででもっとも遅い繁殖開始と言えるだろう。5月22日現在、4組が抱卵中。カラスやヘビの被害が少ないことを祈る。
5月21日、上池で11羽のヒナを連れたカルガモを見た。オカヨシガモも残っている。オカヨシガモはこのあたりでは繁殖種として定着したようで、浦安のシェラトンホテルの玄関に入り込んだというカモのヒナが21日に持ち込まれたが、大きさからオカヨシガモかもしれないと思われているところ。
4月上旬、千葉県が造成してくれた池は、依然として水をひくためのパイプやポンプ、伝染などの設置の許可申請に手間どっている。書類を提出するたびに、あそこがだめ、ここがまずいとクレームがつき、会長さんはほとんど毎週有給休暇をとっては役所がよいを続けている始末。まああとひと息で申請から許可にこぎつけ、それから配管等のしんどい作業を終えて、この記事が活字になるころには池に水が入っているはずだ。どんな池になるのだろうか。




