次世代CM形態の一例
好奇の熱に教室が酔い痴れる中、少年は登校の路、腹痛に襲われた時のような絶望的な気分だった。先生の努力も虚しく、一度煮え立った彼らはそう簡単に収まることを知らない。
少年の前に置かれた原稿用紙。その格子模様一つ一つに自分が閉じ込められており、助けるためには大変な言葉探しの旅に出なければならない。少年はただ用紙を見つめながらこの喧騒が過ぎるのを待っていた。
病人のような彼の横顔へ、遂に友人は無邪気な質問を投げかける。
「お前の父さんは何してるの? おれの父さんは消防士だよ。火事から人を助けるんだ。あんな熱い中へ飛び込んで行くんだって。死ぬかもしれないのに……。すごいでしょ」
なお俯いたまま、沈黙を守る少年の態度は友人を傷つけ、同時に少年の父がとんでもない仕事をしているのではないかという疑惑が俄かに教室中の感心を恣にした。
少年は言い知れぬ悔しさのあまり、いっそ原稿用紙を破ってしまおうかと思ったが、宿題ができなくなるのは困る。いつも家にいる父。猫のように寝てばかりの父を火に立ち向かう消防士と重ね合わせ、情けなく、決して仕事を明かさない父にそれでも一筋の期待を抱かずにはいられなかった。感情の渦に飲み込まれた少年は、
「ぼくが知りたいよ!」といつになく息んでしまい、ひどく居心地が悪かった。
終わりの会の後、友人も待たずに帰りを急いだ。中庭を出て校門をくぐると、赤すぎる夕陽は妙に白々しく、嘲笑を含んでいるかのようだ。
唯一、金曜日であることだけが少年を救った。先生にも、友人にも合わなくて済む。しかし、もう学校へは行けないような気分に校舎を仰ぎ見る時、視界が僅かに揺らいだ。
急がなくては追い付かれてしまうと思いつつも、もう通ることのないであろう帰途を踏みしめていく。電柱は既に長い影を伸ばしている。少年は道の所々にある段差や、横断歩道に目も呉れなかった。それらは急に色褪せてしまったからだ。
その先に少年の住む団地のある、緩やかな傾斜を描く狭い商店街にさしかかった時、友人のNが肩で息をし、走ってきた。Nは、冬だというのに大きな水滴を額一面に載せている。少年の二回りも大きい体は、入浴したてのように湯気立っていた。
「どうしてそんな早く帰っちゃうんだよ。ランドセルつめてるうちにもういないんだもん。いつも待ってくれるのに」
「だって……」
自分を追いかけて息を荒げるNが気の毒に思え、呼吸が整うまで商店街の入り口に佇んでいた。
やがて二人は歩きだした。
「作文やだなあ。おれの父さん、肉切ってるだけだもん」
この無垢な丸顔は再び屈辱を与えに来たのではという恐怖が少年を暗くしたが、それでもNを置いて走り出す気にはなれなかったのは彼の矜持に依るところが多い。
「肉切ってるだけましだよ」
自分でも驚くほどの悲痛を秘めた声にきまりが悪く、あるとも知れない小石を思い切りけってみるふりをした。
半透明の天蓋から射す茜色は、木造商店に鮮やかなコントラストを見せ、二人を感傷的な気分にする。
理由を聞くくせに敏感に察していたのだろう、
「まあ、父さんの仕事なんておれらに関係ないさ。そりゃ消防士とか警察官とかの方がかっこいいけど。だからっておれらが恥ずかしがるわけはないんだ」
ポケットに突っ込んだ少年の手は彼自身を表すかのごとく、母が何かあった時のためとくれた百円たちを転がしている。Nらしくない大人びた慰めが却って少年に刃を向けたのだ。
団子屋と花屋の間に押し込まれた狭いながらけたたましい電飾で年中主張している玩具屋に近づいた時、少年は幾分明るさを演じ、
「ちょっと待って。ぼく、これやるよ」
少年の指先には今流行りのアニメキャラクターのゴム人形が出てくるガチャガチャがあった。
「学校にお金持ってきたら駄目だよ」と言いつつ、少し恨めしそうな色がNの顔を曇らせる。
「学校に持ってきたんじゃないよ。帰り道で拾ったんだ」
「でもやっぱり使ったら駄目じゃない。警察に届けないと。捕まっちゃうよ」
それが嘘であることを知っている少年にとって、こうした警告は、彼が百円玉を機会に入れるのを何ら躊躇わせなかった。もどかしそうなNをよそに機械は小気味良い音を立てながらカプセルを吐き出した。
カプセルの中身は少年を至極満足させ、沈鬱たる気分もつかの間、遠くへ脱ぎ捨てられたかのように思えた。すると狡猾な考えが忽然と浮かんできた。
少年は嫉妬のあまり不貞腐れているNへ百円玉を差し出したのだ。
「どうして? いや、怒られるからもらえない。父さんにバレたら、ミンチにされちゃう」
「ほら、十秒数える内に取らないと、ぼくが使っちゃうよ」
緊張の汗を流しながら硬貨へ手を伸ばすNに、優越感と安寧が少年を包んだ。
「いいの、本当に?」
少年は頷いた。
Nは機械に硬貨を入れ、祈るような厳粛な仕草でカプセルを出した。透明な球体を通して見える内容物が早くも彼の肩を落とした。
「ちぇ、また同じの」
この言葉が皮肉にも、興奮と狡知から少年を救ってしまった。唐突な悪寒の襲来に思わず彼は上着のチャックを閉めた。軽く叩かれた機械の頭が間抜けな音を出した。
「何個目?」
「もう三個。いやになっちゃう。おれのおこづかいも全部吸いこんじゃった……。貯金箱じゃないんだぞ」としかめつらをする。
「いらないなら返してくれてもいいんだよ」
Nは少年の渾身でさり気ない申し出を一笑に付してしまう。
「……でも三個もあるんだろう?」
「いや、この調子で五個集めてやるんだ」
少年は喉にこぶを感じた。もう少しでNの肉屋に着いてしまうという焦りが先刻の昂揚など疾うに漂白してしまった。この控えめなカーブの先にあるはずの肉屋が、いくら歩こうとも辿りつけない遥か彼方にあったら……。
「……でもさっき同じのが当たってうれしくなさそうだったけど」
「そんなことないよ」
「ぼく、それ持ってないんだ」
「駄目だよ。欲しければ、それと交換しよう」
「ぼくが百円あげたんだ」
特有の清潔な甘い香りが肉屋への到着を告げる。
Nは慌ててポケットをカプセルで膨らませ、ガラス棚の向こうで忙しげな父親へ駆け寄った。
「どこで道草くってたんだ」
少年の姿を認めるや否や、その威厳に満ちた声色と顔に愛想を漲らせ、
「おや、どうしたんだい? 浮かない顔だね」と後ろめたさに早くも通り過ぎようとする少年を呼びとめた。そして、面映ゆく会釈する少年の手にできたてのコロッケを持たせた。
「お母さんによろしくね」
これで自分の罪は帳消しになるだろうか? それともこの罪業を永遠に背負わなければならないのだろうか? 渡されたコロッケは罪か否か……。少年にはこの問題はあまりに難しすぎた。
思い切りかぶりつくと甘味が広がり、ふと哀しくなった。
ソファに寝転がる父を見て作文のことを思い出した。父は四十二型テレビに釘付けで、時折笑いを零している。
「……続いてスポーツです。十六日未明、十一月初めから肘の痛みのため療養中であった北朝鮮ですが、朝鮮中央テレビによると、病後初の『アーノルド・パーマーインビテーショナル』で、日本海に向け自慢のドライバーが繰り出す三百五ヤードのミサイル二本、二位の韓国と一打差をつけ、十二月八日にはフロリダ州ミサイル試験場からドームすれすれの第六号アーチを打ち上げる計画を発表した中、この試験台が阪神首都、テヘラン東部のものと酷似していることに喜びました……」
父は折角の四十二型を改造した。二画面テレビの音声は本来、片方はスピーカーから、もう一方はヘッドホンから出力されるが、彼の施術は両面の音声が同時にスピーカーから排出される偉業を成し遂げた。しかし、これにはあまりに大きな犠牲が払われた。もはや一画面を選択することは許されず、左右異なる番組から放埓な音声が湯水のように迸り、時には同番組同士がその声を強め合うという後遺症が残ったのである。
「おもしろいの?」
「お父さんと一緒に観ないか」
「つまらないから」少年は口を尖らせた。
「大人になればわかるさ」
元より計画の一部だったのか、大画面テレビは後遺症を患ったまま、実質父の占有物となり、普通のテレビが別の部屋に置かれる羽目になった。父はニュースの組み合わせが気に入っている。
「……お父さんは何してるの?」
父は怪訝な顔を少年に向けた。
「……今日、作文の宿題が出たんだけど」
優しい母は洗い物をしながらいつにない険しい表情だ。重々しい沈黙の中、テレビは高々と声を張り上げる。
「インタビューに答えた北朝鮮ミサイル専門家石井豊選手は、『本当にみなさんのおかげです! ひとえに、北朝鮮のアウトソーシング! 期待に応えるようなミサイル増加が懸念されています』次の五百本目のミサイル! は恐らく発射されないでしょう、石井選手はポストモダン的ですから」
「……いつまでも子供じゃないんだし……なあ」
母への懇願の視線は拒絶に迎えられ、不器用に宙を彷徨った末、再びテレビへ写る。不意の重々しさに耐えられなくなった少年は、自分の部屋へ逃げた。
その夜、早く床に就いた少年は、いつもなら添い寝する母の来る様子がないのに、不信を抱いた。クリスマスのような落ち着かなさを感じていた。
リビングから煌々と光が洩れている。僅かばかり襖を滑らし、その光を大きくするに従い、微かな会話が伝わってくる。
「……もう八歳じゃないか」
「まだ八歳よ? ……あなた、登にどんな影響があるかわからないの?」
「でも学校で恥をかくんじゃ……子供でも一応男だから」
「そもそも適当にはぐらかせばよかったのよ……小説家なんだよ、とか何とか言ってれば、登もそう書けたはずなの」
「それならいつまで隠してればいいんだ。一体いつまで俺は情けない父親を演じ続ければいい?」
少年は戦慄していた。胸があまりに早く鐘を打ち、聞こえるのではと危惧した。父と母がこれ程静かな辛辣を滾らせている様が信じられないのだ。
「父親は越えられなければならないんだ。乗り越えるべき壁がないのは登にとって可哀想じゃないか」
「だからって、今である必要はないわ」
「登が宿題を出せなかったらどうなると思う? その矛先は俺に向けられる。そうすると、もう俺は父親どころか唯の居候さ」
「まだ子供よ……生死の問題なんて早すぎるわ」
父も消防士なのかな、と少年は少し胸を膨らませた。
母の小さな肩が発作的に動いている。
「行ってくるよ」
父は立ち上がり、言葉にならない嗚咽を漏らす母を後に、視界から消えた。
見るに堪えなかった。少年は既に冷めきった布団を頭まで被り、不安と一抹の期待に丸めた体を震わせた。寒くて熱くて到底眠れない気がしたが、間もなく安息へ落ちてゆくのだった。
目が覚めて飛び起きた。母は隣でまだ眠っている。襖を勢いよく開け放すと、鋭く張りつめた冷気が今にも割れそうだ。少年は冬の朝特有の痛みを鼻に感じた。
ベランダへの窓は開き、その先に据えられた大きなビデオカメラを父が覗いている。少年の気配を感じ取った彼は、
「顔を洗ってきなさい。目をパッチリ開けるんだぞ」
少年はあれ程のカメラが家にあるとは思ってもみなかった。今までどうして隠しおおせていたのだろうと不思議に思いながらリビングへ戻ると、父が暖かいジャンパーを着せてくれる。
「カメラマンなの?」
逞しい手で少年の髪をくしゃくしゃに乱し、
「焦りは禁物だ。ちゃんと覗かせてやるから」と目尻を下げる。
次第に白みつつある空の下、立派な三脚に誇らしげなビデオカメラは未だひっそりした駅の方角を眺めている。やや下向きの体躯の先に、一体何を見ているのだろうと少年の胸は高鳴った。
父は少年を低い台の上へ招いた。
「カメラに触っちゃ駄目だよ。さあ、覗いてごらん」
極めて厳粛な気分だった。これは仕事なのだ。
拡大された視覚に古い洋館を認めた。格子窓の多い五階建て。木製の鈍い庇が玄関の上にせり出している。壁面に沿って不法投棄されたらしいタイヤのない自転車。建物全体が靄掛かっている。すると、突然視界へ闖入してきた男が玄関の鍵を開け、ひどく狼狽した様子で中へと消えた。洋館は驚くほどの白煙を吐き出す。
「男の人が入って行ったよ」少年は声をひそめている。
「音は録れないようにしてるから。どれ、少し替わってくれ。位置を調節しないといけないからね」
父が慎重にカメラを動かしている間、少年は洋館を探していた。ひしめく建物の中、それはあまりに遠く小さく、先程の澄明な像が嘘のようだった。
少年は落ち着かなかった。
「ここからが見ものだから、瞬きもしちゃいけないよ」と父は悪戯っぽく言った。
次に覗き込むと、拡大された格子窓の一つが映っている。落ち着いた色調で整えられ、丸テーブルが一脚、ドア近くに置かれた簡素な部屋。その片隅で対照的な赤が揺らめいている。
「さあ来るぞ!」
誰かが入ってきた。格子窓で顔は区切られていたが、それは紛いもなく先程の男だった。無精鬚をたくわえ、髪を梳く暇もなかったと見える。男はこちらへ駆け寄り、威勢よく窓を押し開けた。すると、冬の乾いた空気を孕んだ焔が彼の後方で激しく燃え上がった。そのはぜる音に驚いたのか振り返る様は俊敏たるものだ。男が視界から消えた。彼が逃げたよう祈る気分だった。
少年は今にも手に届きそうな凄まじい光景に目を奪われながら、
「助けないとまずいよ! ほら、火が、火がドアに移って……」
「もう消防署には連絡届いてるんじゃないかな……それよりあの男誰だと思う?」
依然姿を見せない主の影が赤光に可憐な舞踏を披露する。
「知らない……ああ、もう逃げ道が……」
「彼は芸術家なんだ。今に見てろ、作品を取って来るだろうから」
父の言う通り、男は両手一杯に額縁に入った作品を持ち視界へ戻って来た。まだ火の移っていない丸テーブルを手繰り寄せ、その上に彼の背丈程もある作品群を置いた。まさか作品を持ち運ぼうとでもしているのだろうか、男は考え込んだ。
「何の芸術家なの? ねえ、あの人は助かる?」
「助かるかどうかは消防士さんに掛かってるんじゃないかな。それは父さんの仕事じゃないんだ。父さんはカメラで撮ってテレビにあげる、それだけさ。テレビも良い餌をあげないと早く死んじゃう。動物みたいなものだよ」
気でもふれたのか、男は不意に昂然と作品の一つを鷲掴み、再び窓の方へ近づいたかと思うと、それを窓一面に掲げた。全てを隠匿する一枚の画。
「あれは何? 絵みたいなんだけど」
「どれどれ……」父はいつもの笑いを漏らしたが、いつになく陽気に響き渡った。「白い物のことかい? 登には何に見える?」
少年は少し考えて、「……トイレ? でもトイレが絵になるの? 自分の顔とか花の絵なら僕だって学校で描いたんだけど」
父は優しく少年の頭をたたき、
「そう、あれは男子用小便器なんだ。ただ、絵じゃなくて……」更に拡大すると全体図を犠牲に一部が見え、「写真なんだ」
言われてみてやっと少年は確信を持てた。その小便器は今のものと形状の違う、古びた公園などでたまに見かけられるタイプのものであったからだ。
ふと父の顔を仰ぐと、ひどい隈の上で精悍な瞳が爛々と、焔の輝きを宿している。
「マルセル・デュシャンという芸術家が『泉』と名付けたあの便器をニューヨークの美術館に持ち込んだ。後に有名になったんだけど、その時は展示を断られてね」
「それじゃあの芸術家はマルセル……って人なの?」
父は首を横に振り、
「マルセル・デュシャンの作品は壊されたんだけど、あの便器そっくりの絵を描いたマイク・ビドロという芸術家がいてね。便器にR. Mutt 1917って署名してあるの見えるかい? あれはマルセル・デュシャンが書いたもので、そこまで忠実にマイク・ビドロは真似たんだな。そして、『これはデュシャンではない』とタイトルをつけた」
「それじゃあの写真は誰のなの?」
「間違いなく、さっきの芸術家の写真だよ。この前観に行ったら、『≠これはデュシャンではない』と書かれているじゃないか。傑作だった」
少年は既についていけなかった。しかし、その距離にビターチョコレートに似た甘さを覚えた。
「これはデュシャンではないことはない、そんなタイトルをつけたんだ。でもこれがおかしくてね……」父は含み笑いを交え、「デュシャンであるはずなのに、やっぱりデュシャンじゃないんだなあ。それどころか肝心のデュシャンの『泉』はもうどこにもないという有様さ。……よし、もう一度窓全部が映るよう、登に調節してもらおうか」
少年は目を輝かせた。
父の手ほどきを受け、窓全体が視界に入るよう合わせると、壁面を伝った火が蔓のように伸び、今にも芸術家の部屋へ入ろうとしている。芸術家に知らせてやりたかったが、聞こえるわけもなく、かわりに粘着性の唾液を飲み下した。
少年は思わず声を上げた。焔の舌が丁度白い便器に接吻したのだ。便器は熱情の火を上げて応えた。とても綺麗だった。赤の泉は、凄烈に湧出し、白く滑らかな肌に間もなく充満する。内奥に深く宿った焔が、水面に落ちた滴のように、ゆるやかな波紋を描く。しかし、それは消え入ることを知らず、陶器を激しく包み込むのだ。実際に便器が燃えるなら、間違いなくこのようになるだろうと思わせるところがあった。
もう便器はなかった。あったはずの場所にはひどい虫歯のような穴が茫漠としている。波紋が今にも作品全体を飲み込む勢いだ。
ややあって芸術家は作品が燃えているのに気づいた。既に火の海と化した部屋のテーブルにそれを映すと、目を血眼にして作品の上を遊ぶ漣を手でうち消そうとした。彼のやつれた服へ、体へ火が伝播する。それでも彼は止めようとしない。
やっと火が作品を諦めた時には、何も残っていなかった。男は燃えながら、燃え残った額縁と台紙の上へ覆いかぶさる。まるで雛を守る親鳥のようだ。
映画の幕引きさながら、カメラが次第に退いていく。消防士たちの懸命な放水活動が洋館の処々に白煙を出した。大火事を一目見ようと野次馬がちらほら斑を作っている。洋館から十分離れて視界が途切れた。
空は澄み渡り、曙光が仄かに色づけ始める。
父が隣で微笑み、少年は月曜日が待ち遠しい。
彼は父に抱きついた。父の匂いがした。
雀が啼いている。
『僕の父』
日曜日、父の仕事を見せてもらった。父はずっと仕事のことをヒミツにしていたので、教えてくれるか不安だった。
起きると、父はベランダに大きなカメラをおいていた。テレビで見るような大きなカメラだ。のぞくと、遠くの建物がはっきり見えた。すぐ目の前にあるみたいだった。
建物はもえていて、中に男の人が入って行った。四階だった。父は、その人は芸術家だと言った。ややこしい物を作っているらしい。僕にはさっぱりだったけど、父の説明はすごかった。
男の人は便器の写真を持ってもえていた。写真に火が移って、もえはじめていた。男の人はなくなった写真を守っているみたいだった。
父はテレビへあげるんだと言っていた。これが僕の父の仕事だ。
――――原田君のお父さんはカメラマンなのかな? ドラマのさつえいを見せてもらったのかな? 今度何のドラマか教えてくださいね。
Make it possible with Canon.